表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花語探偵、蕾は囁く  作者: Futahiro Tada
第一章 沈黙のスズラン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/25

三 亡き人からの手紙

三 亡き人からの手紙


 夜風が、屋敷の窓ガラスを揺らすように叩いていた。

 花咲蕾と白石誠司は、八重垣邸の一室、使用されていなかった応接間に身をひそめていた。先ほどの男はすでに姿を消していたが、ふたりの心には警戒の火がまだ灯っていた。

「……さっきの声、覚えあるか?」

 誠司が小声で訊いた。蕾は首を横に振る。

「わからない。でも、あの人……スズランのリボンを持ち帰った。足がつくって言ってた」

「ってことは、やっぱり誰かが意図的に花を置いたってことだよな。つまり、あの自殺は――」

「演出よ。花を嘘の象徴に仕立てた誰かがいる。……そして、八重垣さんはそれに気づいていた。だから、残したの。手紙も、花も」

 蕾は立ち上がり、部屋を見渡す。家具はどれも古く、時代が止まったままのようだった。

「……あの写真に写っていたスズランの庭、気になる」

「庭? 確か……裏側だったよな」

 ふたりは靴音を殺し、そっと廊下を抜けて勝手口を開けた。すると、そこには静かな月明かりに照らされた小さな庭があった。

「ここか……」

 木々の影が揺れるなか、一角にだけ、白く浮かぶように咲いている草花があった。

「……あれ、スズラン?」

 蕾はそっと近づき、手を伸ばして花に触れた。ひんやりとした感触。だが不思議なことに、よく見ると本物のスズランではなかった。

「これ……造花よ。よくできてるけど、茎の接着に人工樹脂が使われてる。香りも、ない」

 と、蕾が言うと、誠司が静かに答えた。

「じゃあ、写真のあのスズランも?」

「きっと庭が偽物だったんだわ。……何かを隠してたのかもしれない」

 そのとき、蕾はふと地面に目を留めた。

「ここの土だけ、色が違う」

「掘ってみるか?」

 誠司がスコップ代わりに傘の柄を使って掘り始める。数分後、何か固いものにあたった音がした。

「……木箱?」

 古びた木箱が、ひと抱えほどの深さから現れた。誠司が慎重に持ち上げると、表面には薄くカビのようなものが浮いている。

「開けるぞ……」

 パキン、と蓋が外れる。中には布にくるまれた小さな包みがひとつと、手紙が数通入っていた。

「……手紙?」

 蕾は、震える手で包みを開いた。

 便箋には、癖のある達筆でこう綴られていた。


『由子へ』


 あなたがこの手紙を読む時、私はもうこの世にいないのでしょう。あなたは私を許さないかもしれません。でも、どうしても伝えたいことがあります。

 あの日、あなたが家を出た夜のことを、私は一生後悔しています。あなたの声を遮り、何も聞こうとしなかった私は、母親として失格でした。

 あなたは何かを言おうとしていた。私に伝えたいことがあったはず。それを私は拒絶してしまった。

 だから、私はこの庭にあなたの帰り道を残しました。スズランのように、再び幸せが訪れることを信じて。

 もし、これを読んでいるのがあなたでないのなら――どうか、誰かがこの言葉を届けてくれますように。

 花咲くとき、母はまだ、あなたを想っていました。


――八重垣貴子


 読み終えたとき、蕾の指先がわずかに震えていた。

「……由子、って」

「娘さんの名前じゃないか?」と、誠司。

「ええ。……きっと、あの人は最後の最後まで、娘さんに帰ってきてほしかったんだと思う。けれどそれを言葉にできなかった」

「だから花を使った?」

「そう。花言葉に込めたの。自分の声を。……本当の意味で、自分の人生を閉じるために」

 蕾は、そっと木箱を閉じた。 

「でも、邪魔をした誰かがいる。あの電話の男。彼は花を偽装した」

「何のために?」

「わからない……けれど、おそらく八重垣さんの死を利用しようとした人間」

 そのとき、誠司が箱の底に張り付いていた封筒に気づいた。

「……これも手紙か?」

 中には、未開封の封筒が一通だけあった。宛名もなく、表にはこう書かれていた。

「届かなかった最後の手紙」

 開くと、そこには震える文字でたったひと言。


 『あなたの帰りを、まだ待っています。母より』


 その瞬間、蕾の目にうっすらと涙が浮かんだ。

「……花は、すべてを語らない。でも、こうして残された言葉は、沈黙を超えるの」

 誠司は、言葉を失ったように空を見上げた。

 月明かりのなか、庭の造花は本物のように揺れていた。

「この手紙、どうする?」

 と、誠司が尋ねると、蕾は静かに答えた。

「……届ける。由子さんが生きているなら、必ず。これが最後の願いだから」

 ふたりの背後で、古い家の扉が軋んだような音を立てた。

 まだ誰かが、この家に来ていたのかもしれない。

 けれどそれは、次なる謎の始まりに過ぎなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ