二 約束を咲かせる日
二 約束を咲かせる日
朝露を帯びた桜の花びらが、きらりと光る一瞬を見せた。
公園の奥、いつもより少し早く訪れた人々の気配は、遠くの鳥の鳴き声と混ざり合っていた。桜並木の下、木漏れ日は淡く揺れ、花びらが静かに舞っている。
蕾と誠司は、約束の箱を前にして立っていた。
「ふたりきりって、やっぱり緊張するね」
蕾は目を伏せて笑みをこぼす。
「あぁ。でも……これが、俺たちの今なんだよ」
誠司は優しく彼女の手を取り、桜のアーチの下へと導いた。背筋が伸び、胸の奥で何かが弾けるような温かさを感じながら歩く。
***
アーチをくぐると、灯りが揺れる小さなステージが用意されていた。そこには二脚の椅子と、丸卓の上に置かれた花瓶、約束の箱、そして桜ノートが整然と並んでいる。
「演出まで…こだわりすぎだろ?」
誠司が小声で抗議するが、蕾は真剣なまなざしで返した。
「最後だからこそ、丁寧にしたかったの。これまでの章に、きちんと区切りをつけたかったんだもの」
言葉の端々に、成長した彼女の覚悟が宿っていた。誠司は静かに頷き、椅子をふたり引き寄せた。
***
桜吹雪が舞う中、蕾はノートを手に取り、ページをめくる。最終ページには今年のメッセージが待っている。
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「誠司へ
桜の花は、散るからこそ美しい。
そんな季節に、君と――
これから先も一緒に歩き続けたい。
咲き続ける私たちへ。
蕾」
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ページを閉じると、誠司はそっと花びらを摘んで箱の上に置いた。
「……ありがとう。お前と一緒に、この瞬間を生きられたこと、ずっと誇りに思うよ」
誠司の言葉を聞き、蕾はそっと顔を上げた。
「誓いは?」
誠司は少し照れながら答える。
「俺の誓いは、ずっとそばにいること。花のように、一日だけでも、数年でも、君を咲かせ続けたい」
彼の言葉に、蕾の瞳が揺れた。
***
ステージの周囲には町の人たちや友人たちも集まっていた。ひなたのリボンを胸に、笑顔を見せる山田さん、押し花のワークショップを手伝う商店主の女性、あの日の少女たちもいた。
「皆さんに――」
蕾が意を決して箱を開けると、中には桜の花びらがぎっしり詰まっていた。歓声ともに、花びらがふわりと舞い上がる。
誠司もそっと箱を抱え、蕾と目を合わせた。
「――ありがとう」
ふたりの手が自然と重なり、温もりが広がった。
***
そこで、ふたりは近くの石畳に腰かけた。桜の花びらがふたりの肩に散り、その場がふんわりと包まれる。
「これで、全部終わった…んだね」
蕾が呟く。
「うん。でも、終わりじゃなくて、始まりだと思う」
誠司は深呼吸しながらうなずき、さらに続けた。
「そうだな。これまで…花の謎を辿ってきた意味も、全部この瞬間のためだったんだと思う」
「花がくれたもの……記憶、祈り、誓い、そして今の私たち」
蕾の言葉を聞き、誠司が真剣な眼差しで言った。
「俺、この先もずっと一緒に…花を追いかけていきたい。どんなに遠くても、どんな風が吹いても」
「私も、あなたの花になりたい」
蕾はそっと答えた。
***
夕暮れが近づき、桜の花はやわらかな夕陽に染まっていった。
桜のアーチがオレンジ色に輝き、花びらは黄金色の雨のように降り注ぐ。
「ねえ、誓司」
蕾がぽつりと言った。
「…これから、最初に咲かせる花は、なんだと思う?」
「うーん…」
誠司は顔を上げて桜を見上げ、さらに言った。
「たぶん……空を見上げる花かな」
「……空を見上げる?」
と、蕾が繰り返すと、誠司が手を彼女に差し出した。
「一緒に、見てみて?」
誠司はそう言いながら蕾の手を取り、ふたりは立ち上がった。
並んで桜を見上げると、ひらりと一枚、大きな花びらがそっと二人の間に落ちた。
「わあ…」蕾が声を上げた。
「これが、次の花の始まりかもな」
誠司は花びらをそっと掌に乗せ、ふたりは静かに見つめ返す。
重なる鼓動と共に、夜の帳がゆっくり降りてきた。
──桜は散ったけれど、花は終わらない。
光りの中で、二人の約束は、紡がれていく──




