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花語探偵、蕾は囁く  作者: Futahiro Tada
第五章 桜の約束

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二 約束を咲かせる日

二 約束を咲かせる日


 朝露を帯びた桜の花びらが、きらりと光る一瞬を見せた。

 公園の奥、いつもより少し早く訪れた人々の気配は、遠くの鳥の鳴き声と混ざり合っていた。桜並木の下、木漏れ日は淡く揺れ、花びらが静かに舞っている。

 蕾と誠司は、約束の箱を前にして立っていた。

「ふたりきりって、やっぱり緊張するね」

 蕾は目を伏せて笑みをこぼす。

「あぁ。でも……これが、俺たちの今なんだよ」

 誠司は優しく彼女の手を取り、桜のアーチの下へと導いた。背筋が伸び、胸の奥で何かが弾けるような温かさを感じながら歩く。


 ***


 アーチをくぐると、灯りが揺れる小さなステージが用意されていた。そこには二脚の椅子と、丸卓の上に置かれた花瓶、約束の箱、そして桜ノートが整然と並んでいる。

「演出まで…こだわりすぎだろ?」

 誠司が小声で抗議するが、蕾は真剣なまなざしで返した。

「最後だからこそ、丁寧にしたかったの。これまでの章に、きちんと区切りをつけたかったんだもの」

 言葉の端々に、成長した彼女の覚悟が宿っていた。誠司は静かに頷き、椅子をふたり引き寄せた。


 ***


 桜吹雪が舞う中、蕾はノートを手に取り、ページをめくる。最終ページには今年のメッセージが待っている。


 ---


 「誠司へ

  桜の花は、散るからこそ美しい。

  そんな季節に、君と――

  これから先も一緒に歩き続けたい。


  咲き続ける私たちへ。

   蕾」


 ---


 ページを閉じると、誠司はそっと花びらを摘んで箱の上に置いた。

「……ありがとう。お前と一緒に、この瞬間を生きられたこと、ずっと誇りに思うよ」

 誠司の言葉を聞き、蕾はそっと顔を上げた。

「誓いは?」

 誠司は少し照れながら答える。

「俺の誓いは、ずっとそばにいること。花のように、一日だけでも、数年でも、君を咲かせ続けたい」

 彼の言葉に、蕾の瞳が揺れた。


 ***


 ステージの周囲には町の人たちや友人たちも集まっていた。ひなたのリボンを胸に、笑顔を見せる山田さん、押し花のワークショップを手伝う商店主の女性、あの日の少女たちもいた。

「皆さんに――」

 蕾が意を決して箱を開けると、中には桜の花びらがぎっしり詰まっていた。歓声ともに、花びらがふわりと舞い上がる。

 誠司もそっと箱を抱え、蕾と目を合わせた。

「――ありがとう」

 ふたりの手が自然と重なり、温もりが広がった。


 ***


 そこで、ふたりは近くの石畳に腰かけた。桜の花びらがふたりの肩に散り、その場がふんわりと包まれる。

「これで、全部終わった…んだね」

 蕾が呟く。

「うん。でも、終わりじゃなくて、始まりだと思う」

 誠司は深呼吸しながらうなずき、さらに続けた。

「そうだな。これまで…花の謎を辿ってきた意味も、全部この瞬間のためだったんだと思う」

「花がくれたもの……記憶、祈り、誓い、そして今の私たち」

 蕾の言葉を聞き、誠司が真剣な眼差しで言った。

「俺、この先もずっと一緒に…花を追いかけていきたい。どんなに遠くても、どんな風が吹いても」

「私も、あなたの花になりたい」

 蕾はそっと答えた。


 ***


 夕暮れが近づき、桜の花はやわらかな夕陽に染まっていった。

 桜のアーチがオレンジ色に輝き、花びらは黄金色の雨のように降り注ぐ。

「ねえ、誓司」

 蕾がぽつりと言った。

「…これから、最初に咲かせる花は、なんだと思う?」

「うーん…」

 誠司は顔を上げて桜を見上げ、さらに言った。

「たぶん……空を見上げる花かな」

「……空を見上げる?」

 と、蕾が繰り返すと、誠司が手を彼女に差し出した。

「一緒に、見てみて?」

 誠司はそう言いながら蕾の手を取り、ふたりは立ち上がった。

 並んで桜を見上げると、ひらりと一枚、大きな花びらがそっと二人の間に落ちた。

「わあ…」蕾が声を上げた。

「これが、次の花の始まりかもな」

 誠司は花びらをそっと掌に乗せ、ふたりは静かに見つめ返す。

 重なる鼓動と共に、夜の帳がゆっくり降りてきた。


 ──桜は散ったけれど、花は終わらない。

 光りの中で、二人の約束は、紡がれていく──

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