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花語探偵、蕾は囁く  作者: Futahiro Tada
第三章 ひまわりは空を見ない

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一 田舎の夏と旧校舎

一 田舎の夏と旧校舎

 

 列車のドアが開くと、むわっとした湿気が全身を包んだ。

「……これぞ、ザ・夏って感じだな」

 白石誠司が汗をぬぐいながら、駅のホームに降り立った。蝉の声がひたすらに響くなか、遠くに見える山々は霞がかかったように青く、空はどこまでも抜けて高い。

 隣で荷物を持っていた花咲蕾は、日傘を差しながら周囲を見渡していた。

「懐かしい。小学生のとき、一度だけ来たことがあるの」

「この町に?」と、誠司。

「うん。母の友人の実家。……ここは音無町っていうの。名前は静かそうだけど、実際はセミがうるさくて眠れないくらい」

「皮肉ってるな」

 ふたりは駅から歩いて15分ほどの小さな集落へと向かった。

 誠司が宿泊予定の民宿は、蕾の母の友人――安西のり子という女性が経営していた。今回の滞在は、部活の合宿……ではなく、夏休みを利用したとある個人調査のためだった。

「……で、本当にこの町で少女が消える事件があったのか?」

 誠司が真顔で訊くと、蕾は頷いた。

「うん。十年前、小学五年生の女の子が、家の近くのひまわり畑で姿を消した。いまだに行方不明のままなの」

「警察は動いたんだろ?」

「もちろん。でも、証拠も足跡も出てこなかった。まるで最初からいなかったみたいだって」

「……不気味だな」

「それだけじゃないの。ね、誠司。ひまわりの花って、太陽のほうを向いて咲くって、知ってるよね?」

「まあな。向日葵って書くくらいだし」

「この町の畑に咲いているひまわりはね、全部、空を見ていないの」


 ***


 民宿「ひまわり庵」は、木造二階建ての素朴な建物だった。外観は古いが手入れが行き届いており、看板の下には実際に咲き誇るひまわりの鉢植えが飾られていた。

 出迎えた安西のり子は五十代半ばの朗らかな女性で、初対面の誠司にも気さくに声をかけてくれた。

「いらっしゃい、白石くん。蕾ちゃん、久しぶりね。お母さんにそっくりになったわぁ」

「ありがとうございます。こっちの子が、今回一緒に調べる子で……」と、蕾は少し恥ずかしそうに答えた。

「ふたりとも、無理しちゃだめよ。あの事件のこと、町の人は今でも敏感だから。なにか気になることがあれば、私に聞いてね」

 部屋に荷物を置いてから、ふたりは早速、事件の舞台となったひまわり畑へと向かった。


 ***


 畑は、民宿から歩いて二十分ほど。小高い丘の斜面を利用した段々畑のような構造で、現在は半分ほどが休耕地になっていた。

 残された畑には、無数のひまわりが咲いていた。

 だが――

「……全部、下を向いてる」

 誠司の言葉通り、咲き誇るはずのひまわりたちは、まるで空を拒絶するかのように首を垂れていた。

「やっぱり変わってない」

 蕾は静かにしゃがみ込み、ひとつの花に触れた。

「向日葵の花言葉、知ってる?」

「憧れとか、情熱……だったか?」

「そう。だけどね、偽りの愛っていう意味もあるの。太陽に向かって咲いてるように見せかけて、実は自分の影を見ている」

 誠司はじっと花を見つめた。

「……これが、本当に自然の咲き方なのか?」

「私もわからない。でも、十年前に少女が消えたのは、この中央の畝だった。いちばん花が密集していて、畑の中でも少しくぼみになっている」

 ふたりは畑の中央へと進んだ。

 そこには、明らかに不自然な円があった。

 土がわずかに凹み、周囲のひまわりはその円に沿って中心を避けるように咲いている。

「なあ、これ……」

「私が見たときと、同じ形。少女が最後に目撃された場所」

 蕾はその中央にそっと手をかざした。空気がわずかに冷たかった。


 ***


 その夜。ふたりは民宿の食堂で夕食をとったあと、のり子に再び事件の話を聞いた。

「……あの子、名前は早瀬ひまりちゃんって言ったの。夏休み中、朝に散歩に出て、それっきり。ひまわり畑で見たって子はいたけど……そこから先が、まったく」

「何か、変わったことはなかったんですか?」と、蕾。

「そうねぇ……あの日の午後、旧校舎の鐘が鳴ったって話はあったわ」

 誠司が顔を上げた。

「旧校舎?」

「今は使われていない、町の廃校よ。昔は小中合同校だったけど、十五年前に廃止されて……今は立ち入り禁止になってるわ」

「でも、鐘が?」と、誠司は不思議そうに呟いた。

「ええ。誰もいないはずなのに、あの日だけ、ゴォーン……って、あの重い音が鳴ったの。しかも、ひまりちゃんが消えた午後三時ちょうどに」

 蕾は静かに息を吸い込んだ。

「誠司。明日、その旧校舎を見に行きたい」


 ***


 夜。月は雲の合間からわずかに顔を覗かせていた。

 蕾は窓辺に立ち、ノートを広げて花言葉のメモを書いていた。


 【ひまわりの花言葉】

 ・憧れ

 ・熱愛

 ・偽りの愛

 ・あなただけを見つめる


 その下に、彼女はそっと一行を書き足した。

 ――けれど、彼女たちは誰も見ていなかった。

 外では、夜風にあおられて、遠くのひまわりがかすかに揺れていた。

 月に背を向け、空を見ずに咲く花――

 まるで何かを拒絶するように。

 彼女たちの沈黙の中にこそ、答えはあるのかもしれない。

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