後編
淳はいつものようにスマホのアドレス帳を開き、母・博子へ電話をかけた。
しかし、電話に出たのは愛知県に住んでいる父の兄だった。物心ついたときからほとんど付き合いがない叔父。父・孝之の訃報を知らせるときも連絡先が分からず父のスマホのアドレス帳から調べた。
父の墓を納骨した墓を叔父は「弟がくれると言っていた」と言い、そそくさと霊園で名義変更していた。墓のことも家の財産も全て叔父が相続した。淳たちは生前ずっと孝之の虚言と奇行と借金の取り立てに振り回されていた。そのため、父の死後は家庭裁判所で相続放棄の手続きをしなければならないと強迫観念に陥っていた。
裸一貫で家を出された。
父の虚言で、父が死んだことにより結局は住宅ローンなどの借金はほとんどなくなった。叔父は相続し、家も売却したことも何も連絡してこなかった。
淳は慌てて電話を切った。
以前、母のスマホへ電話をかけたら自宅の固定電話にかけていたことがあり、母に指摘されたばかりだった。
その時は電話帳に母の名前でスマホの番号と自宅の固定電話の番号をプロフィールに登録していたので、自宅の固定電話にかけた送信履歴をリダイヤルしたことが原因であったのだ。
なので、今回は電話帳から母のスマホの番号を選択して確認しながら電話をかけたのに、愛知県の親戚にかかったことに淳自身驚愕した。
親戚の叔父へ誤ってかけてしまった後に直ぐに再度母へ電話した。
そして、母にそのことを告げた途端に母が動揺し始めた。
「いつのこと? いつ電話したの?」
「この電話をかける前だけど……」
「丁度その頃、家にまたお父さん来てたのよ!」
博子はそう言うなり、会話が成り立たない程に取り乱した。
半狂乱状態でもう淳と会話をすることさえ困難な状態で、突然通話を切られた。
何度も母のスマホと自宅の固定電話へ電話をかけ続けたが出てくれない。
淳はふと思った。もしかすると父が愛知県の叔父に電話をかけさせたのではないかと考えた。
北海道にある先祖のお墓は淳の父・孝之が管理していた。だが父が亡くなった後に父の兄がお墓の名義変更をし、父の遺骨もその墓に納骨した。
七年後。
淳たちは父の相続放棄をしたのち、今の相続人が父の兄に7年前に既に移行していることを最近になって知ることとなる。
父の死後、財産調査を依頼して調べた訳ではないが住宅ローンも終わっている。債権も差押えでほぼないかと思われる。父の株式会社会社の解散やら登記と相続税の問題は不明だが。叔父は愛知県に家族と住んでいる。北海道に戻って住む予定もない。家を売却して現金に換えたのだろう。疚しいことがあるから淳たちには連絡してこなかったのだ。
淳たちはあの実家にはもう二度と住みたくないし関わりたくない。
だが、父・孝之はあの家に執着していた。生前から「俺の家」「俺だけが死ぬまで住めればいい」と言い続けていた。その残留思念が霊的な何かを災という霊障を駆使しているようだ。
淳の友人・幹人が「あの家に棲みつく何かが、次の獲物を探していてる。それが淳の弟・隼人だ」と言った。七年という月日が過ぎてもいまだに脳裏を過る。
あの家に棲みつく何かが常に、あの手この手と誘き寄せるように操っているようだ。
新築であの家に家族で暮らしていた頃は、母の趣味のたくさんの観葉植物は直ぐに枯れた。
新たに観葉植物を買い足していっても全て枯れていた。
水道水がドブ水のような悪臭と味がした。
母の趣味の園芸で庭には40本のいろんな薔薇が咲き乱れていたが、全て枯れた。
昆虫も直ぐ死んだ。
動物も直ぐに死んだ。
二階寝室のクローゼットの扉はガタガタと音をたてていた。家族ですら気味悪がって近づかなくなった。
クローゼットの奥には――
赤い目をした女がいる。
この家に淀みをもたらしている正体なのか。
それとも澱みが招き寄せてしまった怨霊なのか。
赤い目の女はカタカタをクローゼットの扉を揺らす。
二階の真暗なテレビの液晶画面に、女の顔が突然浮かびあがった。淳は心底恐怖した。女は音も立てずじっと淳を見ていた。やがて泡が消えるように画面から姿を消した。
あの家が――
もしくはあの家に澱む霊。
この土地――
忌まわしい性根の悪い家。
命や運気を根こそぎ吸い上げる事に気づくのに淳たちは何年もかかった。
盛塩をして霊的な現象が鎮まるようにもした。だが、結果的には盛塩は真っ二つになっていた。
水やお酒を供えても――
黒く変色した。
やがて淳たち家族も諦めてしまい、気にしないように生活を続けてしまっていたのだった。幸せな家庭は音をたてて崩れていった。
今となって思えば、それが不幸の始まりだったのかもしれない。
そして、現在はあの家には別の家族が住んでいる。
あの家をGoogleマップで調べた時にその事を知った。
あの家は外観を綺麗にリフォームされていた。だが、二階寝室の窓硝子越しには父・孝之が恨めしそうに顔を出していた。
スマホの画面越しに――
画像の父の背後からクローゼットの扉のカタカタカタという音が聞こえたような気がした。
―(完)―




