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005話 商業ギルドという壁


 商業ギルドは、街の中央区画にあった。


 石造りの三階建て。

 周囲の建物より頭一つ大きい。


 入り口には天秤の紋章が掲げられ、武装した男たちまで立っている。


「……思ったより物々しいな」


「金の集まる場所だからな」


 レティシアはそう言って扉を押し開けた。

 中へ入った瞬間、空気が変わる。

 神とインクの匂い。

 硬い床。

 忙しそうに歩き回る職員たち。

 銀行や役所に近い雰囲気だった。


 悠真が周囲を見回していると、視線が集まる。

 下人は当然、服装だ。

 パーカーにスニーカー。

 この世界では異質すぎる。


「本当に目立つな、お前」


「自覚はある」


 ただ、視線を集めているのは悠馬だけではなかった。


「レティシア様だ」


「辺境警備隊の……」


「怪我をしているぞ」


 ざわめきが広がる。


 レティシアは露骨に嫌そうな顔をした。


「静かにしろ」


 一瞬で周囲が黙る。

 かなり立場があるらしい。


 二人はそのまま奥の部屋へ通された。

 応接室だった。


 革張りの椅子。

 分厚い机。

 壁には地図。

 商談用なのだろう。


「ようこそ」


 ハロルドが穏やかに笑った。

 相変わらず、笑顔なのに安心感がない。


「お茶でもどうです?」


「……毒入ってません?」


「失礼ですね」


 軽く笑われる。

 

 だが悠馬は少しだけ警戒したまま席へ座った。

 レティシアは壁際へ移動する。

 完全に護衛の立ち位置だ。


「さて」


 ハロルドは机の上に、空になったカップ焼きそばの容器を置いた。


「まず確認ですが」


 細い指が容器を軽く叩く。


「これは、あなたが作った商品ですか?」


「いや、俺が作ったわけでは」


「では仕入れ品」


「まあ、そんな感じです」


 ハロルドは小さく頷いた。

 だが視線は鋭いままだ。


「どこから?」


「……秘密です」


 数秒、沈黙が落ちる。

 まずいか、と思ったがハロルドは怒らなかった。


「なるほど」


 むしろ少し楽しそうですらあった。


「商人には秘密が必要ですからね」


 悠真は少しだけ肩の力を抜く。

 完全に追及されるわけではないらしい。


「銀貨一枚という値付けもおもしろい」


「高すぎました?」


「いえ、安い」


 ハロルドは即答した。


「この街では、宿に一泊すれば銀貨八枚。黒パン一つで銅貨二枚です」


 つまり、

 銀貨一枚は、普通の食事数日分。

 それでもカップ焼きそばには価値がある。


「温かく、美味く、保存できる」


 ハロルドは容器を見る。


「しかも調理が簡単。あれは商品として強すぎる」


 そこで初めて、悠馬は実感した。

 自分が持ち込んだものの価値を。

 現代では、コンビニで数百円。

 どこにでもあるジャンクフード。


 でも、この世界では違う。


「正直に言えば」


 ハロルドは椅子へ深く腰掛ける。


「昨日の騒ぎは、ギルドでも話題になっています」


「もう?」


「情報は早いですよ」


 商業ギルド。

 名前の通り、街の流通を管理している組織なのだろう。


「もし百個売ればどうなると思います?」


「……行列?」


「千個なら?」


 悠真は黙る。

 そこまで考えていなかった。


「ユウマさん」


 ハロルドは穏やかに言った。


「あなたの商品は、すでに商売の範囲を超え始めている」


 レティシアが眉をひそめる。


「脅しか?」


「まさか」


 ハロルドは肩をすくめた。


「むしろ逆です。守ろうとしている」


「守る?」


「はい」


 ハロルドは机の上で指を組む。


「今後、他商会も動きます。貴族も興味を持つでしょう」


 悠真は小さく息を呑む。


「場合によっては、”商品ごと奪う”という発想をする者も出る」


 空気が少しだけ冷えた。

 

 昨日までは、ただのバイトだった。

 それが今は、”商品を持っている”だけで狙われる立場になっている。


「ですので提案です」


 ハロルドは微笑んだ。


「ギルドへ登録しませんか?」


「登録?」


「正式な商人になる、ということです」


 悠真は少し考える。

 断る理由はない。

 むしろ必要だ。


「登録すると、何かデメリットあります?」


「税ですね」


「やっぱあるのか……」


 思わず本音が漏れた。

 ハロルドが吹き出す。


「安心してください。破産するほどではありません」


「いやでも税金か……」


 異世界でも避けられないらしい。

 そんなことを考えていると、


 ピコン。


 突然、頭の奥で電子音が響いた。

 悠真の動きが止まる。


『商業活動を確認』

 

 無機質な声。


『第二段階へ移行します』


 能吏にショッピングモールの地図が浮かぶ。

 暗かったエリアの一部へゆっくり明かりが灯っていく。


『フードコート区画への接続を確認』


『電力供給を開始します』


「……っ」


 悠真は思わず息を呑んだ。

 商業ギルドへ来る前は”解放”で、区画へはいれるようになっただけだった。


 だが今は違う。

 照明。

 厨房。 

 設備。

 少しずつ、フードコートが動き始めている。


『一部設備が使用可能になりました』


 つまり、

 営業できる。


 カップ焼きそばだけじゃない。

 ラーメン。

 うどん。

 牛丼。


 もし現代の”店”そのものを持ち込めたら、

 この世界は、本当に変わるかもしれない。


「ユウマさん?」


 ハロルドの声で我に返る。


「どうしました?」


「……いや」


 悠真はゆっくり顔を上げた。

 

 まだわからないことだらけだ。

 このショッピングモールが何なのか。

 なぜ自分だけ使えるのか。

 

 でも、一つだけわかる。

 この世界は、”現代の食”を知らない。


 そして、それは想像以上の価値になる。

 悠真は静かに拳を握った。


「……ちょっと、試したいことできたかも」


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