004話 商業ギルドがやってきた
人混みは、さらに大きくなっていた。
「並べ!押すな!」
「次は俺だ!」
「まだ残ってるのか!?」
怒号と熱気が飛び交う。
悠真は思わず後ずさった。
想像以上だった。
たかがカップ焼きそば三十個。
だが、この世界では”温かくて美味い保存食”というだけで、人を狂わせるほど価値がある。
「……やばいな」
「言っただろう」
レティシアが呆れたように言う。
「こんな騒ぎになるとは思わなかったけどな……」
悠真は額の汗をぬぐった。
最初に試食した商人は、完全に目の色を変えていた。
銀貨一枚でも安い。
そう言わんばかりの勢いで、次々と買い取っていく。
結局、三十個は本当に一瞬で消えた。
しかも、
「兄ちゃん、明日も来るよな?」
「次はもっと持ってきてくれ!」
「予約できないのか!?」
客が離れない。
露店ですらない。
ただ路地で売っただけなのに、軽く行列になっていた。
悠真はリュックの中を見る。
空だ。
異世界に来て初めて、”売り切れ”を経験した。
「……本当に売れた。」
現実感が薄い。
だが、手の中の効果がそれを否定していた。
銀貨。
銅貨。
ずしりと重い。
「その顔、面白いな」
レティシアが肩を揺らす。
「何が?」
「自分でも成功すると思ってなかった顔だ」
「いや、まあ……」
売れるとは思っていた。
でもここまでとは予想していなかった。
悠真は周囲を見る。
露店の保存食。
干し肉。
黒パン。
どれも保存性重視だ。
対してカップ焼きそばは、味が強すぎる。
この世界の食文化からすれば、半分チートみたいなものだった。
「……あんまり派手にやらない方がいいかもな」
「今さらでは?」
レティシアの視線が、群衆の向こうへと向く。
悠真もつられて振り返った。
そこにいらのは、さっきからこちらを見ていた男だった。
細身。
灰色の紙。
高級そうな外套。
そして胸元の天秤の紋章。
周囲の商人たちとは、空気が違う。
男は人混みを自然に割りながら近づいてきた。
それだけで、周囲が静かになる。
「初めまして」
穏やかな声だった。
だが、目は笑っていない。
「私はハロルド。商業ギルドの監査官を務めています」
「……監査官」
悠真は小さく繰り返す。
なんとなく嫌な肩書だった。
「ずいぶんと珍しい商品を扱っているようですね」
ハロルドの視線が、空になった容器へ向く。
食べ終えたカップ焼きそば。
それを見た周囲の商人たちが、未だにざわついている。
「その食べ物、どこから仕入れたのです?」
来た。
悠真は内心で身構える。
当然の疑問だ。
こんな未知の商品、出所を怪しまれない方がおかしい。
「……企業秘密で」
「キギョウ?」
「えっと、簡単に言うと秘密です」
ハロルドは数秒黙った後、小さく笑った。
「なるほど」
笑顔。
だが、全然安心できない。
「失礼ですが、あなたは商人ではありませんね」
「わかるんですか」
「ええ」
ハロルドは周囲を見回した。
「本職なら、こんな売り方はしません」
悠真は少しだけ黙る。
確かにその通りだった。
今日は半分勢いだ。
相場も知らない。
許可も取ってない。
完全に素人。
「ですが」
ハロルドは続ける。
「商品は本物だ」
その瞬間、周囲の空気が変わった。
商業ギルド。
その人間が認めた。
それだけで意味があるのだろう。
「……あなた、名前は?」
「神代悠真です」
「ユウマさん」
ハロルドは丁寧に頭を下げた。
「一度、商業ギルドへ来ませんか?」
レティシアの眉がわずかに動く。
警戒している。
「断ることも?」
「もちろん可能です」
ハロルドは穏やかに笑った。
「ですが、あなたの商品は既に目立ちすぎている」
その言葉に、悠真は周囲を見る。
視線。
熱気。
興奮。
商人たちの欲望。
完全に注目を集めていた。
「この街で商売をするなら、ギルドを無視するのは難しいでしょう」
面倒くさいな、と思った。
だが、必要なのもわかる。
この世界で生きるなら、ルールを知らなければいけない。
「……わかりました」
悠真は小さく頷く。
「話だけなら」
「賢明です」
ハロルドは満足そうに微笑んだ。
その笑顔を見て、悠真は少しだけ寒気を覚える。
この男は危険だ。
盗賊とは別の意味で。
すると。
ピコン。
突然、頭の奥で電子音が響いた。
「……え?」
悠真にだけ聞こえた。
『初回取引を確認しました』
無機質な声。
『条件を達成』
『ショッピングモール機能を一部開放します』
その瞬間、
悠真の脳裏に、ショッピングモールの地図が浮かび上がった。
暗かったエリアの一部に、明かりが灯る。
『フードコート区画、解放』
「は……?」
「どうしました?」
ハロルドの声で我に返る。
悠真は慌てて首を振った。
「いや、なんでも」
だが内心では、心臓がうるさいほど鳴っていた。
フードコート。
つまり、
「……飲食店エリア?」
もしあそこまで使えるようになったら、
カップ焼きそばどころじゃない。
この世界は、本当に変わるかもしれない。
悠真は無意識に、空になった焼きそばの容器を見つめていた。




