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003話 カップ焼きそば、三十個が一瞬で消える



 アストリア辺境領の街『ラグナ』は、悠真の創造より遥かに活気があった。


 石造りの城壁。

 荷馬車。

 露店。

 怒鳴り声。

 焼けた肉の匂い。

 人の熱気。


 ゲームみたいな世界だ、と思った。

 ただし、衛生環境は最悪だった。


 家畜の臭いと泥の匂いが混ざり、現代日本ではまず嗅がない空気が街全体を覆っている。


「……すごいな」


「何がだ?」


 隣を歩くレティシアが怪訝そうに聞く。


「いや、色々」


 悠真は周囲を見回した。


 道端には干し肉を売る屋台。

 黒ずんだパン。

 塩漬けらしい肉。


 どれも保存性重視なのがわかる。

 逆に言えば”美味しさ”は後回しだ。


 そこで改めて気づく。

 

 カップ焼きそばは、この世界では異常だ。

 温かく、味が濃く、保存できる。

 しかも調理が簡単。


 現代ではただのジャンクフードでも、この世界なら十分すぎるほど価値がある。


「……売れるな」


「まだ言ってるのか」


 レティシアは半ば呆れたようだった。

 だが否定はしない。


 実際、昨日の反応を見ればわかる。

 あれは”珍しい”程度ではなかった。

 衝撃だった。


 悠真は背負ったリュクを軽く叩く。

 中にはカップ焼きそばが三十個。

 本当はもっと持ってきたかった。

 だが、初日から大量に出すのは危険だと判断した。

 

 まずは相場を知る必要がある。

 それに、この世界の商人がどれほど敏感かもわからない。


「露店って勝手に出していいのか?」


「無理だな」


 レティシアは即答した。


「場所代がいる。許可も必要だ」


「やっぱりか……」


 世の中そんなに甘くない。

 すると。


「おい、そこの兄ちゃん」


 低い声が飛んできた。


 振り向くと、大柄な男がこちらを見ていた。

 腹の出た体格。

 日に焼けた顔。

 商人だろう。

 

 男の視線は、悠真のリュックへ向いていた。


「見ねぇ格好だな。旅人か?」


「まあ、そんな感じです」


「商品持ってんのか?」


 悠真は少しだけ考える。

 ここで隠しても意味はない。

 むしろ興味を引けるなら、その方がいい。


「食べ物です。」


「食べ物?」


 男の眉が動いた。


 悠真はリュックからカップ焼きそばを取り出す。

 その瞬間、周囲の視線が自然と集まった。


 無理もない。

 この世界には存在しない形状だ。

 紙容器。

 密封包装。

 印刷された文字。

 どれも異質だった。


「……なんだそりゃ」


「保存食です」


 男は露骨に怪しむ顔をした。

 当然だった。


 悠真だって逆の立場なら警戒する。


「食べてみます?」


「は?」


「試食です。無料で。」


 無料。

 その言葉に、近くにいた人間たちが反応した。

 露店文化があるせいか、”タダ”には敏感らしい。


 悠真は周囲を見回す。

 少し離れた場所に、大鍋でお湯を沸かしている屋台があった。

 銅貨一枚を払って、お湯を借りる。

 その様子を、周囲の人間たちは不思議そうに眺めていた。


 容器に直接湯を注ぐ。

 その時点でざわつきが起きる。

 さらに三分待ち、湯切りしてソースを絡めると、空気が変わった。


 香りだ。

 肉の脂。

 濃いソース。

 刺激的な香辛料。

 この世界の料理よりも遥かに匂いが強い。


「……っ」


 男の顔つきが変わる。

 周囲の人間も、思わず鼻を動かしていた。

 悠真は少しだけ笑う。


「どうぞ」


 割り箸を渡す。

 男は警戒したまま麺を口へ運んだ。


 そして、動きが止まる。

 一口。

 もう一口。

 さらにもう一口。

 無言のまま食べ続ける。


 周囲がざわつき始めた。


「おい、どうなんだ?」


「美味いのか?」


 男はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……なんだこれ」


 その声には、はっきりと驚きが混じっていた。


「こんな味、初めてだ」


 空気が変わる。

 周囲の目の色が、一気に変わった。


 悠真はそれを敏感に感じ取る。

 欲しがっている。

 興味ではなく、食欲として。


「兄ちゃん、それいくらだ」


 男が真剣な顔で聞いてくる。

 来た。

 悠真は内心で息を整える。

 

 根付け。

 商売で一番難しい部分だ。

 

 安すぎれば損をする。

 高すぎれば警戒される。

 だが、この世界の相場はまだわからない。


「……銀貨一枚でどうです?」


 本当は適当だ。

 だが、反応を見るには十分だった。


 周囲がどよめく。

 高いのか。

 それとも安いのか。


「買う」


「早っ」


「いや待て、あといくつある?」


「三十個ですけど」


「全部よこせ」


 レティシアが目を見開く。


「本気か?」


「本気だ」


 男は真剣だった。


 悠真はそこで理解する。

 この世界では”温かくて美味い保存食”の価値が想像以上に高い。


「待て、抜け駆けするな!」


「俺にも売れ!」


「なんなんだその食い物!?」

 

 人が集まり始める。

 殺気が生まれ始める。

 悠真は思わず一歩引いた。


 その時だった。


 少し離れた場所から、一人の男が静かにこちらを見ていた。


 細身。

 高級そうな服。

 そして胸元には、天秤も紋章。


 レティシアの表情が変わる。


「……商業ギルド」


 男は群衆の向こうで、小さく笑った。


「面白いもの商品を持ち込んだな」


 その視線は、獲物を見る目に近かった。



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