九十八話 静かな平穏
その後はというと――
スコルドが手配していた救護隊が到着し、アリスたちはすぐに救護施設へと運ばれた。
傷は深かったものの、幸いにも誰一人として命に別条はなかった。
MCRは魔法協会によって制圧され、組織は解体されることになった。施設もまた、徹底的に調べ上げられたという。
そして、事件の首謀者であるヴォルテスはその場で拘束され、魔法協会が身柄を預かった。
これから先、彼は多くの罪を問われることになるだろう。
欠陥魔人たちもまた、魔素の暴走を抑える処置を受けたうえで、魔法協会の厳重な監視下に置かれることとなった。
しかし、アスカナティア魔法学園の学園長であるマグナスとその教員スコルドが、彼らにも学び直す機会を与えてほしいと訴えたことで、学園が責任を持って身元を預かる方針が決まったらしい。
今後は生徒として学園に受け入れられ、正しい魔法の扱い方を学んでいくことになる。
なお、この一連の事件は学園側の根回しもあり、世間に大きく知られることはなかった。
◇◇◇◇◇
そして――一か月後。
アスカナティア魔法学園にも、ようやく穏やかな時間が戻りつつあった。
MCRによって破壊された学園の復旧は進み、校舎は少しずつ以前と変わらぬ壮大さを取り戻していた。
土魔法による補修のおかげで、復旧は想像以上に早い。
とはいえ、まだ完全に元通りというわけではない。
修復中の壁には新しい石材の色が残り、ところどころには木の足場が組まれていた。
それでも、生徒たちの笑い声が廊下に響き、授業の開始を告げる鐘が鳴る光景は、確かに学園の日常そのものだった。
「……平穏だな」
そんな呟きを漏らしながら、ノイスは寮から学園へと続く道を歩いていた。
ロウやルーシーたちはしばらく救護施設にいたため、ノイスは一人で学園生活を送っていた。
誰にも絡まれない。
面倒ごとにも巻き込まれない。
静かで穏やかな、まさに自分が望んでいた学園生活。
夢にまで見た、平穏を絵に描いたような日々だった。
けれど――
ノイスは心のどこかで、物足りなさを感じていた。
(これが……
僕が目指していた学園生活だったのかな)
小さな疑問を抱えたまま、それでも学園へと足を進める。
その時だった。
「ノイスくーん!!」
遠くから、明るい声が飛んできた。
両側で結んだ銀髪を風になびかせながら、こちらへ駆けてくる少女。
「……ルーシー」
「ノイスくん……!」
ルーシーは満面の笑みで駆け寄ると、ノイスの前で足を止めた。
急いできたせいか、それともまだ本調子ではないのか。
小さな肩が、苦しそうに上下している。
「はぁ、はぁ……。
本当に……またこうして会えて、嬉しいです」
ルーシーたちは、設備の整った救護施設で治療を受けていた。
その施設は学園から離れた場所にあり、怪我の状態もあって、ノイスは一度も見舞いに行くことができなかった。
久しぶりにルーシーの無邪気な笑顔を見るだけで、不思議と胸の奥が明るくなる。
「久しぶり、ルーシー。
もう外に出ても大丈夫なの?」
「はい。
日常生活を送るくらいなら問題ないそうです」
そして、少しだけ表情を曇らせる。
「でも、ロウくんはみんなより傷がひどくて……」
「そうなんだ……」
ノイスは小さく目を伏せた。
「ロウと一緒に卒業するって約束したのに……」
その瞬間、後ろから首に腕が回される。
「おい!
勝手に学園辞めたみたいに言うんじゃねぇ!」
「ロ、ロウ?」
ノイスが振り返る。
「怪我、大丈夫なの?」
「ああ……まあ、こんな姿だけどな」
ロウの手足にはまだ包帯が巻かれていた。
「でも、元気そうでよかったよ」
ノイスの視線が、少し柔らかくなる。
「……へへ。
まあ、体だけは丈夫だからな――」
「ノイピ! お久っしょ!」
ロウの横から割り込むように、ユミナがノイスへ抱きついた。
「久しぶりのノイピの背中……
まじ――生き返るっしょ」
「あはは、ユミナも元気そうだね」
振り返らずに、ノイスが答える。
「え!
なんで、あーしってわかったの?
もしかしてこれって、らぶですか?」
ノイスが返すより早く、ロウがユミナを引き剥がそうとする。
「らぶでもなんでもねぇよ!
こんなことするの、お前くらいじゃねえか」
「なにさ……ロウってば。
もしかして、あーしに嫉妬してる?
男の嫉妬は見苦しいっしょ」
「おまえな……!」
ロウの額に青筋が浮かぶ。
「まあまあ、大目に見てやってよ」
呆れたように肩をすくめながら、ミレイユが口を挟んだ。
「ユミナはこれでも、救護施設にいる間は元気なくてね。
ずっと寂しそうにしてたんだ」
ユミナはノイスの背中に顔を埋めたまま、甘えるように頬を擦り寄せた。
「一か月分のノイピを摂取するっしょ!」
「ユミナ……暑いから離れてよ」
ノイスは嫌そうに眉を下げたが、無理に引き剥がそうとはしなかった。
「あははは。相変わらず、モテモテだね。
ノイス君は」
「……ミリア先輩」
ミリアが学園の柱から顔を出した。
「なんだか……僕の入る隙間なんて、なさそうだ」
少しノイスたちと距離を置いたまま、ミリアは寂しそうに目を伏せる。
その表情には、どこか遠慮するような影があった。




