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九十七話 平穏に過ごしたい

 あまりにも拍子抜けするその答えに、その場にいる全員が、思わず耳を疑った。


 皆の視線を受けて、ノイスは困ったように眉を下げる。


「だから……

 僕はただ、平穏に学園生活を送りたいんだ」


 もう一度、はっきりとそう言い切った。


 ――その瞬間。


 アリスが、堪えきれずに吹き出した。


「あはははははは!」


 傷だらけのまま、お腹を押さえて笑い出す。


「なによ……ノイス。

 開口一番が、それなの?」


 涙を浮かべながら、くすくすと笑う。


「ほんと……

 なんて色気のない子なのかしら」


「あれ?

 師匠じゃないか」


 ノイスがきょとんと目を瞬かせる。


「こんなところで何してるの……

 って、あれ?

 ここ、どこだっけ?」


「ノイス……

 何も覚えてねぇ……のか?」


 ロウが傷だらけの体を引きずるようにしながら、なんとか立ち上がる。


「ロウ!」


 ノイスが目を見開く。


「ボロボロじゃないか!

 それに、みんなも!」


 周囲を見渡し、困ったように眉をひそめた。


「一体……

 誰がこんなことを……」


「それは、ズバリ――

 ノイピ自身っしょ!」


 ユミナがその場にへたり込みながら、力なく突っ込む。


「あんだけ緊迫してたってのに……

 ノイスの声聞いたら、一気に気が抜けたよ……」


 ミレイユも苦笑しながら、その場に倒れ込んだ。


「まったく……

 相変わらず、見ていて飽きない男だ」


 ルキウスは小さく笑った。


「ノイス君!

 本当にノイス君なんだね!

 よかったぁ!」


 ミリアが勢いよくノイスに抱きつく。


「ちょっ……先輩。

 服、破けてるじゃないですか!

 その……くっつかれると、いろいろと危ないですよ」


 ノイスは視線のやり場に困ったように目を逸らした。


「先輩!

 ノイスくんが困ってます!

 離れてください!」


 ルーシーが慌ててミリアを引き剥がす。


「わわわっ!」


 引き離されながら、ミリアが情けない声を上げた。


「ノイスくん……」


 ルーシーは少し頬を赤らめながら、そっと微笑む。


「おかえりなさい」


「……ルーシー」


 ノイスも小さく微笑み返す。


「ああ、そうだね。

 ただいま」


「ちょっと!

 なんで僕を置いて、いい雰囲気になってるのさ!」


 ミリアがすぐさま口を尖らせる。


「そんな……長年連れ添った夫婦みたいだなんて。

 さすがに、少し気が早すぎますよ」


 ルーシーが真っ赤になって慌てふためく。


「いや……ルーシー。

 誰もそんなこと言ってないと思うよ?」


 ノイスは困ったように頭を掻いた。


「ありえない……こんなことで……

 長年積み上げてきた計画が……」


 ヴォルテスは呆然と呟き、やがて杖を握りしめる。


「ええい!

 疲弊した貴様らなど、私一人で十分だ!」


 ヴォルテスの足元に魔法陣が展開される。


「絶対零度の氷獄よ……

 すべてを覆い、凍てつかせろ!

 《コキュート――》」


「危ないじゃないか……

 おじさん」


 ノイスが静かに手をかざした。


「人に魔法を向けちゃ」


「なっ!?」


 ヴォルテスの魔法陣が音もなく霧散する。


 込められていた魔素ごと、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せた。


「こんなことは……あってはならない!

 あまりに理不尽だ!!」


 ヴォルテスが顔を歪める。


「ヴォルテス……

 あれほどノイスの力を利用しておいて、今さら何を言うの?」


 アリスは冷ややかに、どこか憐れむような目を向けた。


「うるさいっ!」


 ヴォルテスが怒鳴る。


「こんな危険なやつが、平穏に学園生活を送りたいだと?

 ふざけるのも大概にしろ!!」


 ノイスはきょとんとした顔で、ロウたちを振り返った。


「なんか……

 このおじさんすごく怒ってない?

 僕なんかした?」


「はっはっは!

 いつものノイスだな、やっぱ!」


 ロウが満足げに笑う。


 だが、ヴォルテスはなおも喚き散らした。


「これで終わったと思うなよ!」


 唾を飛ばしながら、憎悪に満ちた目でノイスたちを睨みつける。


「その過ぎた力は、いずれまた誰かに狙われる!

 争いの火種となり、必ず災いを呼ぶのだ!」


 声はもはや怒号に近かった。


「お前のような危険なやつが――

 平穏に学園生活など送れるわけがないだろう!!」


 さらに、ロウたちへも怨毒をぶつける。


「それに、お前たちもだ!

 そんな化け物と関わっている限り、命がいくつあっても足りん!」


 さらに嗤う。


「ざまあみろ!

 ふはははははははは――」

 

 ――バシュンッ!


 ノイスの手から放たれた魔導弾が、ヴォルテスを吹き飛ばした。


「――っ!?」


 ヴォルテスは無様に床を転がり、そのまま壁へ激突する。


 白目を剥き、ぴくりとも動かなくなった。


「ああ……ごめん」


 ノイスは少し申し訳なさそうに目を逸らした。


「なんか……

 うるさかったから、つい……」


 その場に、気の抜けた沈黙が落ちる。


 やがてアリスが、ふっと小さく息を吐いた。


「また誰かに狙われる……

 そうなのかもしれないわね」


 傷だらけのまま、それでも穏やかにノイスを見つめる。


「でも、心配はいらないわ」


 その視線の先では、仲間たちがノイスのもとへ駆け寄り、口々に何かを言い合って騒いでいた。


 アリスはそんな光景に、優しく目を細める。


「だってノイスは……

 守るべき大事なものをたくさん見つけたんだもの。もう迷わないわ」


 傷だらけの仲間たちに囲まれながら、ノイスは困ったように頭を掻いた。


「……えっと、よくわかんないけど。

 とりあえず、みんなすごい怪我。

 無事……ではないみたいだね」


「お前のせいでな!」


 ロウがノイスの頭を乱暴に撫でる。


「うわわ! ロウ、やめてよ」


「でも……

 戻ってきてくれてよかったです」


 ルーシーが涙を拭いながら、ほっとしたように笑った。


「あーあ、あんなに頑張って僕の気持ちを伝えたのに……

 覚えてないんだ」


「なんのことですか?」


 ノイスが首を傾げる。


 ミリアが頬を赤らめながら、そっぽを向く。


「それは……また今度――

 部室で二人きりの時に……ね」


「ちょっと先輩!

 抜け駆けしないでください!」


「あーしのことも忘れちゃダメっしょ!」


 ユミナがふらつきながら、ノイスの背中に抱きつく。


「ちょ、ユミナ。重いって……」


「もうマジの限界!!

 このままおぶって学園まで帰ってほしいっしょ!」


「まったく懲りないね、ユミナも」


 ミレイユが肩をすくめる。


「ユミナさん!

 もう! 離れてください!

 ノイスくんも疲れているんですから!」


「嫌っしょ!

 ノイピの背中は、あーしのもんっしょ!

 ルーたんもくっつきたいなら、正面から抱っこしてもらえばいいっしょ!」


「そ、そんな……

 お姫様抱っこだなんて……

 ま、まだ早いような……」


 ルーシーが頬を真っ赤に染める。


 ルキウスは不機嫌そうに目を細めた。


「……っく。ルーシーに、なんと破廉恥なことを……」


 腕を組みながら、ノイスへ視線を向ける。


「ノイス・ノーチラス。

 今日だけだぞ。今日だけ特別だからな」


 そして、きっぱりと告げた。


「ルーシーを君に譲るつもりはない」


「なんか……

 いつもより騒がしくなってるような……」


 ノイスは少し遠い目をする。


「僕の平穏が――」


「ほら、ノイス」


 アリスは騒がしい皆を見渡し、ふっと微笑んだ。


 ノイスが顔を上げる。


「あなたが本当に望んでいた平穏は……

 きっと、この騒がしさの中にあるんじゃない?」


 ノイスは少しだけ目を丸くして、それから困ったように笑った。


「……そうかもね、師匠」


 騒がしい仲間たちを一人ひとり見つめて、ノイスは小さく息を吐く。


「こんな平穏も……悪くないね」

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