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九十三話 重なる想い

 青い光を纏った装備型魔道具フルドライブとともに、ミリアは高く跳躍し――

 一気にノイスとの距離を詰めていった。

 

「ノイス君!」


 飛んでくる魔法を鉤爪で裂きながら、ミリアは叫ぶ。


「本当はね……

 僕たち、部室で会うよりずっと前……

 もっと昔に出逢っていたんだよ!」


 ノイスの魔法が無慈悲に放たれる。


 ミリアはそれを鉤爪で引き裂き、なお前へ進む。


「それでね……ガーナウスで、僕と君は……

 結婚の約束だってしてたんだ」


 照れくさそうに頬を赤めた。


「……それは、ノイス君じゃなくてユーリスだった時だから、覚えてるわけないんだけどね」


 その青い瞳に少し影が落ちる。


 ノイスは飛び上がるミリアに熱線を放つ。


 熱線が装備型魔道具フルドライブを掠めた。


 装甲が焼け、砕けた部品がぼろぼろと下へ落ちていく。


 本来なら、とっくに動かなくなっているはずだった。


 しかし——


 装備型魔道具フルドライブの青い光は、ミリアの想いに応えるように消えずに灯ったままだった。


「それでもね……

 僕は君のこと、忘れたことなんてなかったよ!」


 ――ドヴァンッ!!


「……っ」


 掠める熱線の痛みに顔を歪めながらも、ミリアは涙を流しながら前へ進む。


「ねえ……

 君は、僕のこと……どう思ってるの?」


 涙で潤んだ瞳で、ミリアはまっすぐノイスを見つめた。


「厄介な先輩?

 頼れるお姉さん?

 それとも……

 少しは、特別に思ってくれてたのかな……?」


 かすかに笑って、すぐにその顔を曇らせた。


「なーんて……

 こんなことに巻き込んだ張本人の僕のことなんて……

 きっと、嫌いだよね……」


 浴びせられる熱線が、ミリアの肌を掠めて焼く。


 それでも止まらない。


「――でもね」


 ミリアは震える声で続ける。


「今はこんなことになっちゃったけど……

 僕は、ノイス君のこと……

 本当に特別に思ってたんだよ……」


 身体をひねり、ぎりぎりで魔法をかわす。


「僕が今まで本気で心を許した男の子は……二人だけ」


 涙が宙に散る。


「ユーリスと……

 ノイス君だけなんだから」


「……ミ……

 リア先輩……?」


 ノイスの魔法が止まった。


「何をしている! お前に記憶などないはずだ!

 始祖オリジン!」


 ヴォルテスの声に、焦りが滲む。


「ノイス君!」


 ミリアが必死に手を伸ばす。


「僕のことはもう許してくれなくてもいい!」


 青い光が点滅し、装備型魔道具フルドライブから煙が上がり始める。


「でも……

 絶対、学園には戻ってきてよ!」


 限界を迎えた装備型魔道具フルドライブが光を失っていく。


 ミリアの身体が、ゆっくりと落ちていく。


「それと——

 どうしても……伝えたいことがあるんだ!」


 涙混じりの声が、空気に溶けた。


「好きだよ……ノイス君。

 出逢う前から……ずっと……」


 ミリアはノイスへ微笑みかけるように、その言葉をぶつけた。


 宙に舞うミリアの身体を、蒼き牙を持つ狛犬が優しく受け止めた。


「それが……先輩の本当のお気持ちなのですね……」

 

 その横を、紅き牙を持つ狛犬に跨ったルーシーが追い抜いていく。


「あはは、恥ずかしいところ聞かれちゃったな……

 でも、僕は……もう伝えたよ」


 ミリアは満足そうな笑みを浮かべていた。


「私の想いも……負けてませんから!」


 ルーシーはノイスへと視線を向ける。


「ノイスくん!

 ノイスくんは、いつも私を助けてくれますよね……」


 ノイスは手をかざしたまま、動かない。


「ええい!

 始祖オリジンよ!

 何故、動かないのだ!」


 ヴォルテスが苛立ちを露わにし、拳で壁を殴りつけた。


「私……

 最初は、絶詠の魔女様に近づけると思って……

 その弟子であるノイスくんに付きまとっていました」


「こうなったら……制御できるかわからんが――

 出力を上げるしかない!」


 ヴォルテスが焦ったように、懐から小さな魔道具を取り出す。


「そんな不純な動機で近づいた、どうしようもない私を……

 ノイスくんは、友達だと言ってくださいました」


 ルーシーの声は震えていた。


「ロウくんと三人で始めた勉強会……」


 ゆっくりとノイスへ近付く。


「あんなに楽しい時を過ごしたのは、生まれて初めてでした」


「二人は、憧れの絶詠の魔女様のことを否定するどころか、私の話を楽しそうに聞いてくれました」


 一度、息を吸う。


「ルキウス様の時も――

 私はもう、自分で何かを選ぶことなんてできないんだって……そう思っていました」


 少し言葉を詰まらせる。


「このまま誰かの言う通りに生きて……

 自分の気持ちなんて、なかったことにするしかないんだって」


 ぎゅっと胸元を握る。

 

「でも――」


 顔を上げる。


「ノイスくんは、私に言ってくれました」


 ルーシーは、まっすぐノイスを見つめる。


「好きなようにすればいいって。

 今の私にも、良いところはたくさんあるって」


 声が、少しだけ震える。


「ルキウス様に……

 そう言ってくれたんです」


 涙がこぼれた。


「私自身も知らなかった……

 私の良いところを、ノイスくんはたくさん見つけてくれたんです」

 

「そんな娘の言葉に耳を貸すな! 始祖オリジン


 ヴォルテスは取り出した魔道具に魔素を流し込み、強引にノイスへ命令を叩き込む。


「……うがああ、……ああ!」


 頭を抱えるノイスへ、ルーシーは震える声で呼びかけた。


「聞いてください、ノイスくん!」


 涙をぐっとこらえ、ルーシーはまっすぐノイスを見つめた。


「私……

 ノイスくんと友達になれて、本当に嬉しかったんです」


 胸の前で、ぎゅっと手を握る。


「一緒に勉強して……

 一緒に笑って……

 ノイスくんが何気なくかけてくれる言葉に、何度も救われました」


 ルーシーの頬が、ほんのりと赤く染まる。


「友達だって言ってもらえた時……

 本当に嬉しくて、胸がいっぱいになったんです」


 一度、言葉を飲み込む。


 けれど、もう目を逸らさない。


「でも……

 私は、悪い子ですから」


 少しだけ困ったように笑う。


「友達でいられるだけで、十分幸せなはずなのに……

 それだけじゃ、足りないって思うようになってしまいました」


 その笑みを消して、ルーシーはまっすぐノイスを見つめた。


「ノイスくんとの関係が……

 友達のままで終わってしまうのは、嫌なんです」


 そして、震える声で、それでもはっきりと告げる。


「ノイスくん……

 好きです」


 紅き牙の狛犬が、ノイスの正面へと躍り出る。


 ルーシーは身を乗り出し、そっとノイスを抱きしめた。


「友達ではなくて……

 私は――

 ノイスくんの恋人になりたいんです」


 その瞬間――


 ノイスの瞳に、はっきりと色が戻った。


「……ル、……シー」


 閉ざされていた唇が、わずかに動く。


「僕の名……は……

 ノイス……?

 みんなは、……友――」


 ――ドクンッ!


 ノイスの身体が大きくのけぞった。


「ノイスくん!!」


 ルーシーが悲鳴のように叫ぶ。


「戸惑うな! 躊躇うな! やれ!

 始祖オリジン!」


 ヴォルテスの顔が歪む。


「ふははは!

 魔素伝達の感度を最大まで引き上げてやったぞ!」


「ぐわあああああああああっ!!」


 ノイスが頭を抱え、苦悶の叫びを上げる。


「お願いです!

 もうやめてください!」


 ルーシーが涙声で叫ぶ。


「ノイスくんに、酷いことしないで!!」


 ノイスから溢れ出た熱線が、ルーシーの乗る紅き牙の狛犬を貫いた。


 ――ドォンッ!!


「きゃああっ!」


 その勢いのまま、ルーシーの身体も弾き飛ばされる。


 宙に投げ出されながら、それでもルーシーは必死に言葉を投げかけた。


「大丈夫ですよ……ノイスくん。

 私たちが、必ず助けますから……」


 涙が風に散る。


 落下しながらも、なお手を伸ばす。


「ノイスくんなら記憶を取り戻せるって、私は信じていますから!!」


 ルーシーは震える手でフルートを鳴らし、呼び出した風鳥に受け止められるように着地した。


「……そうよ、ノイス」


 瓦礫の中で、かすれた声がした。


 アリスが、深い傷を負いながらも、血に濡れた腕で身体を支えていた。


 焼けた指先が瓦礫を掴む。


「私たちは、あなたを信じてる」


 震える足で、何とか立ち上がる。


「だから……

 ここまで無茶できるのよ」


 それでも、その瞳だけはまっすぐノイスを見つめていた。


 その姿につられるように、ルキウスも、ミレイユも、ユミナも、ロウも、ミリアも、しっかりと立ち上がった。


 傷だらけでも。


 息が上がっていても。


 誰一人、もう目を逸らさない。


「ヴォルテス……」


 アリスは鋭く睨みつける。


「あなたの思い通りになんか……

 絶対にならないんだから」

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