九十二話 親友との約束
ミレイユとユミナが、全身全霊でノイスへ想いをぶつけた。
その姿を見て、ロウは限界を超えた身体を無理やり起こした。
「ミレイユ! ユミナ!」
ロウが叫ぶ。
二人の身体は、ルーシーが必死に操る風獣によって、間一髪のところで受け止められていた。
「……くそっ。
ノイスのやつ!」
ロウの奥歯が、ぎり、と鳴る。
ゆっくりと顔を上げる。
その視線の先にいるのは――
仲間の想いを受けてもなお、何一つ答えを返さないノイスの姿だった。
「おい……」
声が低く沈む。
「いい加減にしろよ、ノイス」
怒りを押し殺した声だった。
「ルキウスも、ミレイユも、ユミナも……
みんな、こんだけボロボロになってんだぞ」
拳を握りしめる。
「いい加減……
目を覚ませよ、ノイス!!」
ロウの叫びは、虚しく空間にこだまする。
「ルーシー、ちょっとこいつ借りるぞ」
返事を待たず、ロウは風獣の背へ荒々しく飛び乗った。
風獣が大きく羽ばたき、そのままノイスへ向かって宙を駆け上がる。
「ちょっと、ロウくん! そんなに傷だらけなのに……
無茶しないでください!」
「大丈夫だ」
ロウは振り返りもせず言い返す。
「ただ寝ぼけてる親友を……
叩き起こしに行くだけだからな」
そう言い残すと、剣を構えてさらに上昇していく。
「蒼炎よ……剣に纏え!
《ファイヤーエッジ・サファイア》!」
ロウが剣に蒼炎を纏わせると、ノイスから無数の魔法が降り注いだ。
「こんなもんで……止まれるかよ!!」
風獣に乗ったまま、ロウは豪快に蒼炎剣を振るう。
蒼炎剣が唸りを上げ、迫る魔法を次々と薙ぎ払っていく。
「なあ! ノイス!!
忘れたわけじゃねぇよな! 俺との約束!」
ノイスは飛び回るロウを叩き落とすように、さらに魔法を連発してくる。
「何があっても、一緒に卒業するって言っただろ!!」
ロウの想いに応えるように、蒼炎剣の火力がさらに増していく。
「なあ? いつものお前に戻ってくれよ!」
しかし、ノイスに反応はない。
「お前の優しさは、俺が一番知ってんだ」
魔法を斬り払いながら、なお叫ぶ。
「ルーシーが一人で貴族寮に行った時も!
俺がブラムを追いかけて捕まった時も!
暴走する魔道具を止めた時も!
ルーシーがルキウスに連れて行かれた時だって――」
「馬鹿者め!」
ヴォルテスが怒鳴る。
「どれも、面倒事を起こさないよう魔女が植え付けた意思に従い、反射的に動いていただけだ!
そこに始祖自身の意思などない!」
さらに強く、ヴォルテスがノイスへ魔素を流し込む。
ノイスの周囲から魔素が溢れ出し、放たれる魔法の威力も一段と増した。
「黙れ!」
ロウが吠える。
「俺は信じねぇ!」
圧力が増す魔法を蒼炎剣で受け止める。
だが、受け流しきれずに大きく体勢を崩した。
「っ……!」
それでもロウは踏みとどまる。
「ノイスの優しさは……
植え付けられたもんなんかじゃねぇ!!」
声を枯らしながら、なお叫ぶ。
「なあ!!
本当は聞こえてんだろ!?」
ロウは大きく跳んだ。
「俺たちとの学園生活を……
全部忘れたなんて言わせねぇからな!!」
ミレイユがこじ開けた魔素の穴へ、蒼炎剣を叩き込む。
――ザシュッ!!
その裂け目をさらに広げながら、ロウは一気にノイスへと接近した。
「この間は、目の前で攫われるお前の手を――
掴めなかった……!」
剣をしっかりと握りしめる。
「目の前にいたっていうのに……なんて情けねぇ!
親友失格だ!」
押し寄せる魔法を蒼炎剣で退けながら、ロウはさらに前へ前へと出る。
「でもな……今度こそ、絶対にお前をこの手に掴むんだ!!」
だが、ノイスから放たれる刃が容赦なく全身を斬り裂いた。
肩が裂ける。
頬が切れる。
腕から血が飛び散る。
それでもロウは止まらない。
「届け……!
届けえぇぇぇ!!」
ついに、足場にしていた風獣も消滅する。
空中で足場を失ったロウは、それでも目いっぱいノイスへ手を伸ばす。
「ちくしょう……なんでだよ!
俺のこの手はまた届かないのかよ!」
ノイスの冷たい視線がロウへと向く。
「まだだ……ぜってぇに諦めねぇぞ!」
ロウは蒼炎剣を振り回して勢いをつける。
「ロウくんっ!!」
ルーシーは、どこまでも諦めないロウを涙ながらに見上げていた。
「どんなに厳しくってもよ……どんなに拒絶されようと……どんな状況の時だって……」
ロウは勢いよく蒼炎剣を投げ捨てた。
その反動で身体を捻り、再びノイスへ手を伸ばす。
「必ず手を伸ばす――
それが親友ってもんなんだよ!」
ロウは、飛んでくる魔法をその身に受けながらも、ノイスへ手を伸ばした。
「戻ってこい!
ノイス!!」
――バシッ!
ロウの手が、ついにノイスの手首を掴んだ。
「……っ!」
その瞬間、ノイスの瞳に光が宿る。
きつく閉ざされていた口元が、かすかに動いた。
「……ロ……ウ……」
かすれた声が、確かにそう呼んだ。
「ノイス!!
俺がわかるのか!?」
ロウの顔に希望が走る。
「始祖!!
そいつを退けろ!
お前は完璧な兵器だ!!」
ヴォルテスの怒号が響いた。
その声に引きずられるように、ノイスが苦しげに頭を抱える。
「う、うわあああああああっ!!」
「おい! 大丈夫か!?
苦しいのか? ノイス!」
ロウが必死に叫ぶ。
「今、助けてやるからな!!」
ロウはノイスの手を引っ張り、無理やり引き寄せようとする。
だが苦しんでいたノイスは急に静かになり、ノイスの瞳から再び光が消えた。
感情のない瞳に戻ったノイスが、掴まれていない方の手をロウへかざす。
「ああ……そうかよ」
ロウは掴んだ手を離さず、真正面からノイスを見据えた。
「いいぜ……
やるならやれよ、ノイス」
その眼差しに、怯えはない。
「早くやれ!
始祖!」
ヴォルテスが怒鳴る。
だが――
ノイスは手をかざしたまま、動かない。
「ノイス……
やっぱりお前は――」
「うああああああ!
だめ……だ。
ロ……ウ……」
「だめなんかじゃねえ! 早く戻ってこい!」
だが、ノイスは魔法を放つことなく、ロウの手を強く振り解く。
「……っ!」
ロウの身体は大きく弾かれ、そのまま地上へ墜ちていく。
「ロウくん!!」
ルーシーが悲鳴のように叫ぶ。
それでもロウは、墜ちながらなお声を振り絞った。
「ノイスが……
俺の名を喋ったんだ!!」
血を吐きながらも、叫ぶ。
「あと少しなんだ!!」
その言葉を聞いたミリアは、軋む身体を無理に起こし、装備型魔道具へ魔素を流し込んだ。
「僕もいくよ……装備型魔道具」
――。
しかし、装備型魔道具は起動しない。
「なんで……どうして……!
あと少しだっていうのに……!」
禁術の歪な魔素の影響で、装備型魔道具は駆動系統がやられ、ぴくりとも動かなかった。
「君は……傷付けるだけ傷付けておいて……
僕が何かを守りたいって思った時は、応えてくれないの?」
ミリアは涙ながらに、愛おしそうに壊れてしまった装備型魔道具を撫でる。
「……違うよね。それは、僕が君を兵器として作ってしまったからだよね。
ごめんね……装備型魔道具」
ミリアの涙は、傷だらけの装備型魔道具へと伝っていく。
――グポォン。
ミリアの想いに応えるように――
もう動くはずのない魔道具が、まるで心を宿したかのように応えた。
「こんな僕の気持ちに、応えてくれるの……?
装備型魔道具」
装備型魔道具が、頷くかのように光を点滅させる。
ミリアは、ぐっと拳を握りしめた。
「ありがとう……じゃあ、行くよ。
今度は、僕の番だ」
装備型魔道具の光が、以前の攻撃的な赤から、青く、どこか優しい輝きへと変わっていく。
そして、ミリアは今までよりも高く――
どこまでも高く跳躍し、一気にノイスとの距離を詰めていった。




