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九十話 弱くとも消えぬ光

 ――禁術ラグナロク


 その一撃によって、アリスたちは壊滅状態に陥っていた。

 崩れ落ちた瓦礫の中で、かすかな呼吸音だけが残っている。


 ロウは血に濡れた腕を無理やり動かし、歯を食いしばった。


「くそっ……

 ノイスが目の前にいるってのに……」


 その先の言葉は、喉の奥で潰れた。


 ミリアの目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。


「ごめんなさい……僕が弱いから。

 また、アリスさんが……」


 震える声は、最後まで言葉にならなかった。


 誰も、すぐには立ち上がれない。


 体が動かないのではない。


 ――この現実を、受け止めきれなかった。

 

 崩れ落ちた施設の中心で、六人は自分たちを守るために倒れたアリスの姿を、呆然と見つめるしかなかった。


「ふはははははははは!」


 その静寂を裂くように、ヴォルテスが高らかに笑う。


「これが現実!

 これが世の理だ!」


 ヴォルテスだけは、ノイスが張った魔素の膜に守られ、傷ひとつ負っていない。


禁術ラグナロクは、本来――

 何百もの命を対価に、長い詠唱と巨大な魔法陣を構築して、ようやく成立する禁術」


 恍惚とした目で、宙に浮かぶノイスを見上げる。


「それを、たったの一人で――

 詠唱すらなく発動させるとは……!」


 口元が狂気に歪む。


「まさに神の成せる技……!」


 ヴォルテスは勝ち誇ったまま、愉悦に浸っていた。


 六人は心の支えであったアリスさえ失い、声を上げることすらできなかった。


 だが、その中でただ一人、立ち上がる者がいた。


 ——ルキウス・ファンフォルド。


 彼は瓦礫に手をつきながら、杖を支えに立ち上がる。


 全身は傷だらけで、呼吸も浅い。


 それでも、その瞳だけはまっすぐにノイスを捉えている。


「……ノイス君」


 静かな声だった。


「私にはわかるぞ……

 君は……今、悲しい顔をしているな」


 一歩、踏み出す。


「……何をふざけたことを」


 立ち上がるルキウスを見て、ヴォルテスは鼻で笑った。


 だが、ルキウスはその声に耳を貸さない。


「私が知っている君は――

 図太くて、礼儀知らずで、少し面倒くさがりな男だ」


 口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「だが……

 平気で人を傷つけられる人間ではない」


 ノイスは無言のまま、ルキウスを見下ろしている。


 ヴォルテスが口を挟む。


「お前は……ああ、知っているぞ!

 ルキウス・ファンフォルドだな。

 ファンフォルド家の御曹司」


「……だから、何だと言うのだ。

 ヴォルテス元会長」


 ルキウスは冷たく睨み返した。


「なんだ……そういうことか。

 始祖オリジンによって世界が作り替えられれば、名家の意味も、魔法協会での立場もなくなる。

 君はそれが許せないのだろう?」


 ヴォルテスは煽るように、言葉を投げかけた。


「ふはははは、気持ちはわからなくもない。

 ファンフォルド家は代々、魔法協会に尽くしてきた一族だからな。

 自らの立場や家格にこだわる。実に愚かな一族――」


「そんなことは、今はどうだっていいのだ!!!」


 ルキウスが声を荒げた。


「いい加減、黙れよ……クソジジイ!」


 いつもは礼儀正しいルキウスが見せた剥き出しの怒りに、その場の空気が揺れた。


「私はな……

 ノイス君のおかげで変われたのだ」


 ルキウスは浅い呼吸をしながら、さらに前へ進む。


「使命に縛られ、自分を見失っていた私に……

 自分自身を信じろと、そう言ってくれたんだ」


 杖を握る手に力がこもる。


「そんな君に、本当は感情がなかったなどとは……

 絶対に言わせないぞ」


 光の魔素が徐々に集まる。


「今度は私が、君の目を覚まさせる番だ」


 ルキウスの全身に光が走る。


「閃光よ! 我が身に纏い、力となれ!

 《フォトン・ドライブ》!」


 光を纏ったルキウスは、ノイスへ向かって一直線に飛び上がった。


「虚しいな。

 ファンフォルド家が、ここまで愚かだとはな……」


 ヴォルテスが吐き捨てる。


 ノイスは迫り来るルキウスへ、すぐさま手をかざす。


「ノイス君!

 聞こえているか?」


 ルキウスは熱線を紙一重でかわしながら叫ぶ。


「今、君は……何を感じているんだ?」


 熱線が頬を掠め、焼けるような痛みが走る。


「傷つき、倒れる皆を見て、何を感じる!?

 何を思うんだ!?」


 さらに詰め寄る。


「本当は感情がなかった。

 皆との学園生活に何も感じていなかったなんて……

 そんなこと、この私が絶対に言わせないぞ!」


 次の熱線が肩を掠め、纏う光が削られて体勢が揺らぐ。


 それでも、ルキウスはなおノイスを見上げた。


「もし本当に君に感情がなかったのだとしたら……

 私は――君の何に動かされたと言うのだ!」


 声が、鋭く響く。


「答えてくれ!

 ノイス・ノーチラス!!」


 その瞬間――


 ノイスの手が、わずかに止まった。


「さあ! 君の意志で……君が思うことを言葉にして……

 答えるんだ!」


 ノイスの瞳に光が灯ったかのように見えた。


「ええい……

 早く沈めろ! 始祖オリジン!」


 ヴォルテスの怒声が飛ぶ。


 震えたノイスの手から、再び熱線が放たれた。


 ――ドヴァンッ!!


 ルキウスの体は熱線に焼かれ、そのまま地上へ墜ちていく。


「ははは……

 なんだ、ノイス君。

 ちゃんとあるじゃないか……」


 体を焼かれても、ルキウスは視線をノイスから外さなかった。

 

「私は今……

 君の中に、間違いなく感情を見たぞ……」


 満足そうに、ルキウスは微笑んだ。


 だが、もう抵抗する力は残っていない。


 焼かれた身体は――

 光を失いながら、地上へと墜ちていった。

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