↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
89/99

八十九話 禁術《ラグナロク》

 ヴォルテスのあざけるような声が、その場に落ちる。


「本当は……君たちも心当たりがあるのではないか?

 そもそも彼には――

 最初から心など、なかったのだと」


 凍りつくアリスたちへ、ヴォルテスはさらに言葉を重ねた。

 

始祖オリジンは、ただ魔女に吹き込まれた通りに、人間らしく振る舞っていただけだ。

 日常を“演じていただけ”に過ぎん」


「ふざけんな!

 そんなことあるわけ――」


 ロウは言いかけて、わずかに口をつぐんだ。


 確かにノイスは、感情を強く表に出すタイプではなかった。


 何かと面倒ごとを避け、腹を立てたり、機嫌を損ねたりする姿を、ほとんど見たことがない。


「た、確かに少し……

 感情が出にくいやつではあったけどよ」


 ロウは奥歯を噛みしめる。


「それでも結局ノイスは、優しさで動くやつだった!

 感情がないだなんて、そんなことあるか!」


「そうです!」


 ルーシーも一歩前へ出る。


「ノイスくんは、普段からとても優しいんです!

 少し面倒くさがりなところはありますけど……

 それでも、本当に困っている時は、必ず手を伸ばしてくれる人です!」


「ふははははは!」


 ヴォルテスが高らかに笑う。


「それこそが、魔女が植え付けた偽りの感情よ!」


 冷たく言い放つ。


「面倒事を起こさないように――

 近しい者と友好関係を保つ必要があっただけだ。

 それは、彼自身の優しさなどではない」


「何言ってんだよ!

 ジジイにはわからないだろうけどね」


 ミレイユが真っ先に言い返した。


「あたしたちには、冗談を言ってくれたり……

 落ち込んでる時に元気づけてくれたりもするんだよ!」


「あーしの魅惑のボディタッチに、心を乱されたり……

 恥ずかしがって避けたりすることもあったっしょ!」


 ユミナもすかさず続く。


「いかにも頭が悪そうな君たちが言いそうなことだ」


 ヴォルテスが吐き捨てる。


「それは君たちの勝手な解釈に過ぎん。

 決して、彼自身の感情ではない!」


「いや、違うな……

 ヴォルテス元会長」


 ルキウスが静かに一歩前へ出た。


「ノイス君は、停学を命じられていたにもかかわらず……

 ルーシーをわざわざ助けに来た男だぞ?」


 そのまま杖をヴォルテスへ向ける。


「面倒事を起こさないよう植え付けられているなら、そんな行動ができるものか!」


「わからぬのか?

 今こうして、お前たちに躊躇ためらいもなく魔法を振りかざしていること……それこそが答えだ!

 現実から目を背けるな!」


 ヴォルテスが言い放つ。


「みんな……

 そこまでノイスのことを……」


 ヴォルテスの言葉に耳を貸さずに、ただノイスへの思いを語るロウたちが眩しく見え、アリスは目を細めた。


 そして、胸を撫で下ろすように小さく息を吐いた。


「やっぱり……

 無理にでも学園へ通わせてよかったわ」


「もういい。

 戯言など聞き飽きたわ」


 ヴォルテスが苛立たしげに吐き捨てる。


「施設への損傷を考えて威力を抑えていたが……

 仕方あるまい」


 その目が、冷たくノイスへ向けられる。


「やるんだ、始祖オリジン


 ノイスが静かに両手をかざす。


 次の瞬間、その掌に赤黒く凝縮した魔素が宿った。


 どろりと淀んだ光は、これまでの魔法とは明らかに格が違う。


 禍々しい圧が空間そのものを軋ませ、七人の背筋を凍らせた。


「……っ!」


 アリスの表情が一変する。


「いけないわ!」


 アリスは咄嗟に、ノイスの近くまで接近していたミリアを風鳥で回収し、そのまま皆のもとへ駆け戻った。


 アリスに抱えられたミリアが、震える声で尋ねた。


「アリスさん……

 あれは?」


 アリスは赤黒い魔素を見据えたまま、苦しげに呟く。


禁術ラグナロク……」


 唇が、かすかに震えた。


「失われた禁術の魔法よ……」


「そんな魔法、聞いたこともないぞ……」


 ルキウスが息を呑む。


「あんなもの撃たれたら、全員無事じゃ済まない!

 私が受け止める! みんな、少し力を貸して!」


「私たちは、どうすればいいのでしょう?」


 ルーシーが戸惑いを滲ませる。


「私はさっきの戦いで魔素を消耗し過ぎたわ。

 みんな、私の背に手を当てて!

 少しでいいから、魔素を分けてちょうだい!」


「そんなこと、やったことないっしょ!

 どうすれば――」


「説明してる暇はないの!

 早くっ!」


 アリスの一喝に、六人は反射的にその背へ手を置いた。


 次の瞬間、アリスのフルートが鮮やかな旋律を奏で始める。


「《アース・ベヒモス》!」


 轟音とともに、巨大な土壁獣が地を割って現れた。


 まるで、大きな山そのもの。


 その巨体はゆっくりと手を広げ、七人を守るように構えた。


「ふははははは!

 そんな土人形、砕いてくれるわ!!」


 ヴォルテスが叫ぶと、ノイスの前に溜まっていた禍々しい魔素が一気に放たれた。


 ノイスから放たれた赤黒い奔流ほんりゅう――禁術ラグナロクが、凄まじい威圧を放ちながら土壁獣へ激突する。


 ――ゴォォォォォッ!!


「ぐっ……!

 なんて威力なの!」


 赤黒い魔素が土壁獣を容赦なく削り、表面に次々と亀裂を走らせていく。


 ――ピキッ、ビキビキッ!


「近くにいるだけで……

 意識が持っていかれそうだ!」


 ロウは、アリスの背に当てた手がかじかむように震えるのを感じていた。


「みんな、頑張って耐えて!」


 アリスが叫ぶ。


「ここを抜かれたら……終わりよ!」


「えーん!

 そんなこと言われても、立ってるだけでやっとっしょ!」


 ユミナが半泣きで叫ぶ。


「踏ん張ってください!

 ユミナさん!」


 ルーシーも少ない魔素を振り絞りながら声を張る。


「どちらも凄まじい魔法だ……!

 これが、本当に人間の成せることなのか!」


 ルキウスも歯を食いしばり、必死にアリスに魔素を流し続ける。


 だが、土壁獣の亀裂はもう限界まで広がっていた。


「……だ、だめ。

 もう、もたないわ!」


 アリスが唇を噛む。


「みんな、いい?

 私が前に出たら、すぐに自分の身を守ることだけに専念しなさい!」


 そう言って、アリスは一歩前へ出た。


 背中に置かれていた皆の手が離れる。


「絶詠の魔女様あああああっ!」


 ルーシーの叫びが響く。



 ――ズガアアアアアアンッ!!



 土壁獣が粉々に砕け散り、視界が赤黒く染まった。


 爆ぜた土片と魔素の奔流が、嵐のように吹き荒れる。


 激しい熱風に煽られ、自分たちがどこにいるのか、どこを向いているのかすら分からなくなる。


 耳をつんざく轟音が、鼓膜の奥でいつまでも反響していた。


 ……。


 …………。


 轟音がようやく収まった時、赤黒い閃光と砂埃に塗り潰されていた視界が、少しずつ晴れていく。


 やがて見えてきたのは――無惨に抉れた大地だった。


 施設の床は原形を留めず、大きく抉れ、ひび割れた破片があちこちに散乱している。


 壁は崩れ、天井は半ば吹き飛び、

 メンテナンスルームだった場所は――

 もはや瓦礫の山と化していた。


 焦げた臭いと、焼けた魔素の残滓が、重く空気にこびりついている。


 瓦礫の中心で、ロウたちは地に伏していた。


「……っ、う……ぐはっ」


 ロウが血の混じった息を吐いた。


 ルキウスは杖を支えにしながら、片膝をついている。


 ミレイユとユミナは瓦礫に埋もれ、力なく倒れていた。


 ミリアは衝撃で床を転がったのか、全身を擦りむいている。


 ルーシーもフルートを抱えたまま、苦しげに身を丸めていた。


「……ぜ、絶詠の魔女様」


 ルーシーは、霞む目を凝らしながら辺りを必死に見回していた。


 土壁獣が砕け散る直前、自ら前へと出たアリスが心配でならなかった。


 ぼやけていた視界の焦点が合いはじめると、みんなよりも前の位置でうずくまる姿が目についた。


「絶詠の魔女様……!」


 そこにいたのは、見るに堪えないほど傷ついた、アリスの姿だった。


 服は焼け、皮膚は裂け、肩から脇腹にかけて、焦げたように赤黒く変色した肌が覗いている。


 禁術ラグナロクの直撃に最も近い場所で、被害を一身に引き受けたのだと、ひと目でわかった。


「絶詠の魔女様……!

 そんなっ……!」


 憧れていた英雄の無惨な姿から、ルーシーは目を逸らすことができなかった。


 アリスはうつ伏せに倒れたまま、ぴくりとも動かない。


 細い指から、アリスの象徴とも言えるフルートが力なく転がり落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。