八十八話 ノイス奪還作戦 開始
頭上に浮かぶノイスを前に、七人はそれぞれの願いを胸に立っていた。
――ノイスを取り戻す。
その想いだけは、誰ひとり違わなかった。
「みんな、いいわね?」
アリスが静かに告げる。
「今のノイスは、私でも手に負えない。
少しでも気を抜いたら……死ぬわよ」
冗談の欠片もない声音に、その場の空気が張り詰めた。
「私は以前、ノイス君と戦ったことがある」
ルキウスは光の魔素を静かに纏いながら、低く呟く。
「だが、あの時ですらまるで相手にされていなかった。
それが本気で来るとなると……さすがに恐怖するな」
「ふははは、馬鹿め。
まだ逆らおうというのか」
ノイスを見上げ、ヴォルテスが冷たく笑った。
「愚かな者たちだ」
ノイスがゆっくりと手をかざすと、前触れもなく熱線が放たれた。
――ドヴァンッ!!
「くそっ!
本当に撃ってきやがった……!」
ロウは悔しそうに顔を顰めた。
七人は咄嗟に八方へと散った。
「ノイスくん!
目を覚ましてください!」
真っ先に飛び出したのはルーシーだった。
フルートを口元へ当てると、風鳥を呼び出し、その背に乗ってノイスへさらに近づいていく。
「そうだぜ、ノイス!
お前が誰かの言いなりになるなんて、ありえねぇだろ!」
ロウも熱線の爆風を掻い潜りながら叫んだ。
「ノイス!
早く学校に戻るよ!
みんな待ってるんだから!」
ミレイユが声を張り上げる。
「ノイピがいつメンのあーしたちに魔法を向けるなんて、あってはいけないっしょ!」
ユミナも続けた。
「ノイス君っ!」
ミリアは飛んでくる熱線を鉤爪で逸らしながら、必死に叫ぶ。
「僕たちの……
魔道具作成部に戻ろうよ!」
皆が思い思いに声をかけ始めると、ノイスの視線が、ルーシーを捉えた。
その無機質な瞳が、ゆっくりとルーシーへ向けられ、照準が定まる。
「……っ、あ」
その瞬間――光が駆け抜けた。
熱線は、ルーシーのいた場所をわずかに外れて空を切る。
「ルーシー。
あまり接近しすぎるな」
「ルキウス様……
申し訳ありません」
ルキウスはルーシーを安全な場所へ降ろすと、すぐさまノイスへ向き直った。
「ノイス君」
光を宿した瞳が鋭く細まる。
「君がルーシーに魔法を向けるなんてな……
少しお仕置きが必要なようだな!」
「閃光よ! 我が身に纏い、力となれ!
《フォトン・ドライブ》!」
光を纏ったルキウスは、猛スピードでノイスへ接近する。
飛び交う熱線を紙一重でかわしながら、一気に間合いを詰めた。
「閃光よ!
我が意思に従い、収束し、焼き尽くせ!
《フォトン・レーザー・エクリプス》!」
幾重にも重なった光が、一本の極太の光線となってノイスへ撃ち放たれる。
だが――
ノイスを覆う透明な膜に触れた瞬間、その光線は音もなく掻き消えた。
「なんて分厚い魔素の層だ!」
ルキウスが歯を食いしばる。
「これで……
声は届いているのか?」
「分厚い魔素の層は、魔法を通さない……
でも、声はしっかりと届いているはずよ」
アリスがすぐに言った。
「だから、諦めないでこのまま呼びかけ続けましょう!」
その言葉に、皆が息を整え直す。
「あー! 焦ったいっしょ!
あーしのラブハグができれば、ノイピもきっとすぐ元に戻るのに!」
ユミナが悔しそうに地団駄を踏む。
「あの分厚い魔素の層を無理に越えたら……
体がバラバラになるかもね……」
ミレイユの頬に、冷や汗が伝った。
「この期に及んで、
始祖に呼びかけだと?」
ヴォルテスが鼻で笑う。
「気でも触れたか、魔女よ」
「あら、そうかしら?」
アリスはまるで動じず、ふっと口元を緩めた。
「そもそもあの時、ノイスの命が助かったことだって、奇跡みたいなものだったわ」
フルートを握る手に、静かに力がこもる。
「ノイスのことだから……
奇跡の一つや二つ、やってのけるわよ」
その顔には、確かな信頼が浮かんでいた。
「諦めの悪い魔女め……」
ヴォルテスの目が、ぎらりと歪む。
「現実を教えてやろう!
始祖!」
ヴォルテスの声に反応するように、ノイスが静かに地面へ手をかざした。
そこには詠唱もなく現れる数え切れないほどの魔法。
炎剣。
水槍。
風鎌。
雷鎚。
氷大剣。
土斧。
闇鎖。
光矢。
「なんだよ……ありゃ」
ロウは空いた口が塞がらない。
ノイスが手を振り下ろすと、あらゆる属性の魔法が、一斉に雨のように降り注いだ。
「みんな! 避けて!!」
アリスは咄嗟にフルートを奏でる。
風鳥が飛び回り、軌道を逸らす。
氷亀が前へ出て、巨大な刃を受け止める。
雷獣が跳びかかり、降り注ぐ魔法を噛み砕くように弾き返していく。
しかし、アリスが落とし損ねた魔法がロウたちへと降り注ぐ。
「ったく、何属性あんだよ!
こんなことまでできんのか……!」
ロウは歯を食いしばり、迷いなく剣を構えた。
「蒼炎よ……剣に纏え!
《ファイヤーエッジ・サファイア》!」
ロウの青い炎が、刃に沿って静かに揺らめいた。
「うおりゃああああ!」
降り注ぐ魔法を蒼炎剣で弾いていく。
炎剣と闇鎖が、ルーシー、ミレイユ、ユミナ、ミリアへと降り注ぐが――素早く光が先回りした。
「閃光よ! 盾となれ!
《フォトン・シールド》!」
ルキウスの前に巨大な光盾が展開される。
――バギィンッ!!
――ドォンッ!!
降り注ぐ魔法が光盾へ激突し、激しい火花と衝撃が弾けた。
「皆、大丈夫か!」
ルキウスは歯を食いしばりながら振り返る。
光盾はきしみ、ひび割れながらも、それでもなおルーシーたちを守り抜いていた。
「ルキウス様!」
ルーシーが心配そうに声をかける。
「さすが、天下のルキウス様だね。
あたしたちは、可愛い可愛いルーシーちゃんのついでだと思うけど、助かったよ」
ミレイユがにやりと口元を緩める。
「ひひひ。
ミレイユってば、まだ根に持ってるっしょ」
ユミナがすかさず突っ込んだ。
「……そうか。
私は皆に嫌われているのだな……」
ルキウスが小さくぼやく。
「あはは……ルキウス君、ありがとね!
魔素を温存できた分……
僕がノイス君に言葉を届けにいくよ!」
光盾の内側から勢いよく飛び出すように、ミリアが装備型魔道具をフル稼働させる。
そのまま一直線に、ノイスへ接近した。
「ノイス君!
僕だよ! ミリアだよ!」
ノイスの視線が、ゆっくりとミリアへ向く。
「僕のせいで……
こんなことになっちゃって……」
ミリアの声が震える。
「本当にごめん!」
その瞬間、ノイスの周囲に浮かんでいた魔法が、わずかに揺らいだ。
「だからさ……また一緒に魔道具、作ろうよ!」
ミリアは必死に叫んだ。
「今度一緒に作るなら、ノイス君が作るような……
馬鹿みたいにくだらなくて、優しい魔道具がいいな!」
虚ろな瞳が、ミリアを捉える。
目が合った瞬間、背筋が凍った。
本当は、ものすごく怖い。
それでもミリアは目を逸らさず、精一杯の笑顔を作ってみせた。
少しでも、ノイスに届くように。
すると――
ノイスの動きが、ぴたりと止まった。
「ミリアちゃんの言葉が、届いてるの……?」
アリスが目を見開く。
「もしかして、このまま感情に訴えかければ――」
「馬鹿どもがっ!
そんなわけがあるか!!」
ヴォルテスが即座に怒鳴りつけた。
「感情に訴えかけるだと……
知っているだろう。
完璧魔人は、
感情など元から持たん!」
その目がぎらりと歪む。
「そこの魔女が植え付けた偽りの感情だ。
本当は……君たちも心当たりがあるのではないか?」
嘲るような声が、場に落ちる。
「そもそも彼には――
最初から心など、なかったのだと」
ヴォルテスのその言葉に、一同は凍りついた。




