九話 劣等生
――魔法実技の授業。
生徒たちは屋外訓練場へと移動した。
円形に区切られた地面には、基礎用の標的が等間隔に並んでいる。
「今日は、初歩魔法の実技確認だ」
スコルドが低く告げる。
「炎、水、風、土、雷、氷。
使える属性のうち、どれか一つで構わん。
標的を狙え」
(まあ、実技なら心配ないかな……)
「ここでは威力は必要ない。
魔素を制御して、的確に標的を狙え」
スコルドの言葉に従い、最初の数人は、無難に当ててみせた。
炎弾が標的に当たって弾ける。
風刃が表面を削る。
水弾が中心をわずかに濡らす。
そんな中。
「……次、ノイス・ノーチラス」
名前を呼ばれ、ノイスはのんびりと前へ出る。
「えっと……標的に当てればいいんですよね?」
(詠唱をしている“ふり”をしないと……)
ノイスは一瞬考え、口を開いた。
「えーっと……
水の中の水たちよ。
水のように、水となれ」
――ぽん。
軽い音とともに、水球が生まれる。
それは、驚くほどゆっくりと、
しかし一切ぶれることなく一直線に進み――
標的の中心を、静かに貫いた。
(よし! 完璧だ。
詠唱もしたし、威力も抑えたし、ちゃんと的にも当たった)
沈黙。
「ぶっ……!」
沈黙に耐えきれずロウが吹き出し、ノイスを指差して笑う。
「なんだよその詠唱!
しかも、あんなに遅い水球、初めて見たぞ!」
「へえ? 僕は真面目にやってるんだけど」
(あれれ。魔素を抑えすぎたかな?)
「ノイス」
低く、鋭い声。
振り返ると、スコルドが腕を組んで立っていた。
「ふざけていいと、誰が言った。
基本通りにやれ」
「……その“基本通り”が難しいんですけどね」
小声で呟くノイス。
「なんか言ったか?」
「い、いえ。なんでも」
威圧に押され、ノイスは素直に戻る。
「さすがノイスくん……」
ルーシーが小さく息を呑む。
「あの速度で、あれだけ真っ直ぐ射抜くなんて……
熟練の魔法使いでも、できるかどうか」
物理法則を無視するかのような、
ゆっくりだが一切ぶれない軌道。
異様なのは威力ではなく、その精度だった。
「よし!
次は俺の番だな!」
ロウが炎属性用の標的の前に立つ。
「業火の炎よ! 的を撃ち抜け!
《ファイヤー・ボール》!」
(あ、あんなに魔素を込めたら……)
放たれた炎弾は、勢いよく標的に直撃。
――だが。
衝突の反動で炎が四方へ飛び散り、
訓練場の空気が一気に熱を帯びる。
「あいつの炎魔法……なんて威力だよ!」
周囲がざわつく。
「威力は制限しろと言ったはずだ!」
スコルドが手をかざし、消火に入ろうとした時。
澄んだ音色が、訓練場に響いた。
癒されるような、心安らぐ優しい音色。
それは、ルーシーのフルート演奏。
「《ウォーター・キャット》」
愛らしい透明な水獣が生まれ、
飛び散った炎を優しく包み込むように駆け回る。
炎は音色に導かれるように鎮まり、
やがて完全に消えた。
(……ルーシーの魔法)
ノイスは目を細める。
(まるで、師匠の魔法みたいだ)
「今の見たか?」
「飛び散った炎を狙って魔法が動いたぞ……」
「ルーシーさん、あんな高度な制御ができるの?」
周囲から感嘆の声が上がる。
ルーシーは少しだけ困ったように微笑んだ。
「私なんて……
ノイスくんに比べたら、まだまだです」
一瞬、空気が止まる。
冷ややかな視線が、一斉にノイスへ向けられた。
「……は? ノイスって誰だっけ?」
「ほら、入学早々に“自分は絶詠の魔女の弟子だ”って言ってたやつだよ」
「ああ、あの変わり者か」
ひそひそと、疑念が混じる。
ルーシーは、周囲の反応に眉をひそめた。
「――静かにしろ」
低く、鋭いスコルドの声が空気を断ち切る。
「次。続けろ。
まだ授業は終わっていない」
ざわつきは、ぴたりと止んだ。
隣に戻ったルーシーへ、ノイスは小さく呟いた。
「……ルーシー。
あんまり僕の名前を出さないでよ」
「申し訳ありません。
つい、本音が出てしまいました」
悪びれる様子もなく、少しだけ微笑む。
「それにしても……」
ノイスは改めて訓練場を見渡した。
「フルートの演奏に、滑らかに動く魔法。
まるで師匠みたいだったよ」
「……!」
ルーシーの瞳がわずかに揺れる。
「本当ですか!?」
声が大きく弾む。
「すごく嬉しいです!
絶詠の魔女様を、ずっと参考にしてきましたから」
「いやいや、真似してできることじゃないよ」
ノイスは肩をすくめる。
「ルーシー自身の努力の結果だと思う」
ルーシーの頬が、ほんのり赤く染まった。
「……ありがとうございます」
嬉しそうに微笑んだ。
その様子を横目で見ながら――
スコルドの視線は、
ノイスが射抜いた標的に留まっていた。
中心を、寸分違わず貫いた痕。
威力はない。速度もない。
しかし、確実に中心を射抜いている。
「……これは、狙ってできるものなのか」
誰にも聞こえないほどの、小さな声。
「一体、何者なんだ……」
その目だけが、ほんのわずかに細められていた。
⸻
――魔道具の授業。
(これは、僕の得意分野だ)
ノイスは内心で小さく拳を握った。
なんたって、趣味で作っているくらいだから。
(今度こそ、ヘマしないぞ)
魔道具の授業を担当するのは、
アスカナティア魔法学園の女教師――フィオラ先生。
上品な物腰に整った容姿。
長く伸びた栗色の髪と、知的で優しげな瞳。
誰が見ても分かるほどの美人教師。
男子生徒からの人気も高い。
「魔道具とは、魔法陣や魔石で構成された道具に、
魔素を流すことで、決められた魔法効果を安定して扱えるようにしたものです」
フィオラ先生は手に持った魔道具へ、すっと魔素を流す。
内部の構造式が起動し、一定の風が送り出された。
「風魔法の適性がなくても、
魔道具なら決められた風量を、いつでも安定して出せます」
教室内が、ふわりと涼しくなる。
「今日は、この送風機を組み立ててもらいます」
(おお……これは……!)
(今までの汚名、ここで返上だ)
ノイスは一気に作業へ取りかかった。
「ここを簡略化して……
魔石は直列じゃなくて並列にして……
うん、無駄な制御線はいらないな」
周囲がまだ魔法陣を書き写している中、
ノイスだけが、別次元の速度で手を動かしていた。
――数十分後。
「……できた」
フィオラ先生が見回りに来て、思わず足を止める。
「え……?」
完成品を見て、目を見開いた。
「え、もう……?
こんなに早く完成させるなんて……」
「僕、魔道具作りが趣味なんです」
悪びれもせず、ノイスは続ける。
「流す魔素を細かく制御すれば、
風量、温度、湿度の調整もできますし……
空気の浄化機能もつけてあります」
「名前は――
《空気・調和機十五号》です」
周囲の生徒たちが、思わず手を止めた。
フィオラ先生はゆっくり瞬きをして、
そっと魔道具を受け取った。
確かめるように魔素を流す。
――沈黙。
風は、吹かない。
「…………」
もう一度、少しだけ魔素を流す。
――やはり、何も起こらない。
教室が、ざわつく。
「ノイスくん」
穏やかな声。
「少し張り切りすぎちゃったみたいね」
「えっ?」
「魔素を流しても動かないわ」
「そ、そんなはずは……!」
ノイスは慌てて覗き込む。
(あれ? 構造は完璧なはず……)
フィオラ先生は苦笑しながら魔道具を持ち上げた。
「作り自体は間違っていなさそうだし、
原因は私の方で調べてみるわ。
これは一旦、預からせてね」
「……はい」
ノイスは、がくりと肩を落とした。
周囲から、ひそひそ声。
「また目立とうとしてるぞ」
「絶詠の魔女の弟子って、やっぱ嘘なんじゃないか?」
「あはは……」
ノイスは乾いた笑みを浮かべる。
(僕って、もしかして劣等生?)




