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十話 退学と友達

 放課後の教室は、妙に静かだった。


 夕暮れの光が差し込む中、呼び出されていたのは二人だけ。


 ノイス・ノーチラス。

 ロウ・グレン。


 教壇の前に立つ男――スコルドは、腕を組んだまま無言で二人を見下ろしていた。


「先日、提出させた課題の件だが……」


 低く落ちる声。


「二人とも、理解が足りていない」


「先生の出した課題が難し過ぎるんだよ」


 ロウが吐き捨てるように言う。


「この程度の課題で、まともに点が取れないのは、クラスでもお前たちだけだろう」


 教室に、気まずい沈黙が流れた。


「……結論から言う」


 スコルドの声が、さらに重くなる。


「このままでは、お前たちは進級できない」


 ロウの肩が、ぴくりと跳ねた。


「な……っ」


「成績不振。

 基礎理論の理解不足。

 実技の制御不良」


 スコルドの視線が、二人を貫く。


「どれか一つなら、まだ救いようもある。

 だが――お前たちは、そのすべてに引っかかっている」


 沈黙。


 夕暮れの教室が、じわりと重く沈んでいく。


「近いうちに、全体の模擬試験がある。

 この学園では、一定の基準を満たせない者は進級できない。

 そこで結果を出せなければ――退学も視野に入る」


 ロウの顔から、血の気が引いた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!

 退学って……そんなにいきなり!?」


「脅しではない」


 スコルドは即座に言い切る。


「これは学園の方針だ。

 魔法の正しい知識も、力の制御も身につかない者を、この学園に置き続けるのは危険だ」


 ロウは唇を噛みしめた。

 握った拳が、小さく震えている。


 ――退学。


 その言葉だけが、頭の中で何度も反響していた。


「そんな……ふざけんなよ」


 ロウが小声で呟いた。


 一方のノイスは――


「……退学か。それはまずいなあ。

 師匠に卒業してこいって言われてるのに」


 相変わらず、どこか呑気だった。


「ノイス、お前は師匠に言われたから来た。

 それだけなのか?

 お前、なんでそんな呑気なんだよ!」


 ロウが声を荒げる。

 

「いや、呑気ってわけじゃないよ。

 師匠は怒ると怖いから……」


 ロウが、じっとノイスを見る。


「……まったく。お気楽で羨ましいぜ」


 ノイスは、そんな言葉にも薄く笑みを浮かべるだけだった。


 その様子に、ロウは余計に焦りを募らせた。


 スコルドは、小さく息を吐いた。


「――次の試験で結果が出なければ、

 覚悟しておくんだな」


 そう告げられ、解散となった。


 夕暮れの通学路。

 しばらく無言で歩いていたロウが、ぽつりと口を開く。


「……なあ。

 このままじゃ本当に、俺たちは学園を追い出されちまうぞ」


「ああ……そうだね」


 ロウは一度、唇を噛んでから続けた。


「さっきは、突っかかって悪かった。

 俺は……どうしても退学するわけにはいかないんだ」


 ノイスは何も言わずに、ロウへと視線を向けた。


「俺の故郷は、ちっさい村でさ。

 裕福でもないし、ここからもかなり遠いんだ」


 ロウは前を向いたまま話す。


「ガキの頃、村で俺だけ魔法に目覚めたんだ。

 村じゃ魔法を使えるやつなんて一人もいなくてさ……

 親父も母ちゃんも、そりゃもう大喜びだった」


 少し、自嘲するように笑う。


「これからは魔法の時代だってさ。

 この村から英雄が出るぞって、あちこちに言いふらしてたくらいだ」


 ロウの歩みが遅くなる。


「でもな……魔法が使えるだけじゃ、何も変わらねえ。

 ここを卒業して、正式な卒業証をもらって――

 それでようやく、立派な魔法使いとして扱われる」


 声が、わずかに震える。


「ここの学費だって、安くはねえ。

 親には、そこまで無理しなくていいって言ったんだ」


 間が空く。


「それでもさ……

 『夢を追え』って。

 『卒業できたら、その時に倍にして返してくれればいい』ってさ」


 ロウは、拳を強く握りしめた。


「バカだよな。

 多分いろんなとこから金、借りてるぜ。

 ……俺が退学になるかもしれないなんて、考えもしなかったんだろ」


 言い終えたロウの目は、うっすらと潤んでいた。


 ノイスは、少しだけ視線を落とし――それから口を開く。


「……ロウは、いい両親を持ったね」


「あ?」


 間の抜けた声。


「僕には親っていないからさ。

 正直、どういうものなのか、よくわからなくて」


 ロウが、はっとしたように振り向く。


「……孤児なんだ」


 淡々とした声。


「師匠に拾われるまで、どうやって生きてたかも……

 あんまり覚えてないんだ」

 

 ノイスは、いつもと変わらない調子で言った。


 ロウは、言葉を失ったまま立ち止まり――

 やがて、ぎこちなく頭を下げる。


「そうか……ノイス、悪かった。

 俺はそんなことも知らねえで……」


「ああ、気にしないで」


 ノイスは、少しだけ笑った。


ひがんでるわけじゃないし、怒ってるわけでもないよ」


 一拍、間を置いて。


「僕には師匠がいた。

 それだけで、十分幸せなんだ」


 声はいつも通り、淡々としている。


 けれど――

 なぜか、その言葉はロウの胸に重く残った。


「ああもう! 調子狂うな。

 変なこと言って悪かった!」


 ロウはノイスにしっかりと頭を下げた。


「でもよ――

 絶対卒業しようぜ。俺たち、揃ってな!」


 そして拳を握り、ノイスの前へ突き出した。


「まあ……」


 ノイスは軽く触れるように拳を重ねる。


「このままだと、厳しいけどね」

 

 苦笑しながらそう言った、その時。


「――安心してください」


 二人の前に、銀髪の少女が立っていた。


「私はこの間、お二人に助けられました。

 今度は――私が、お二人を助けます」


「ルーシー……?」


 胸を張り、少し誇らしげに言い切る。


「こう見えて、成績はずっと優秀なんです。

 基礎理論も、実技の要点も、全部把握しています」


 そして、きっぱりと。


「ノイスくん、ロウくん。

 覚悟してください」


 二人を見据え、微笑む。


「模擬試験が終わる頃には、

 “成績不振コンビ”なんて、もう呼ばせませんから」


(え? 僕たち、そんな呼ばれ方してたの?)

 

 

「うん……わからん」


 ロウが、早々に音を上げた。


 三人は自習室へと足を運んでいた。


「魔素整流の“安定化係数”ってなんだよ……。

 数字が増えたら強くなるんじゃねぇのか?」


「それは危険な考えです」


 即答だった。


 ルーシーはノートを引き寄せ、指先で図をなぞる。


「魔法の威力は、魔素の“量”ではありません。

 流れと、均衡です。

 多すぎれば、暴発します」


 さらりと続ける。


「細い川に、大量の水を流すようなものですね」


 ロウはノートを覗き込みながら、少し考え込んだ。


「川の流れか……

 それなら、イメージしやすいな」


 ノートに式を書き出し始める。

 

「ノイスくんは、どうですか?」


「うーん……」


 ノイスは教科書を覗き込み、素直に言った。


「この魔法陣、無駄が多いよね。

 ここと、ここはいらないと思う」


「……そうですね」


 ルーシーは一瞬考えてから、首を傾げる。


「ただ、それだと安定性に欠けます。

 魔法陣は“誰が使っても同じ結果になる”ように作られているので、制御用の線も必要なんです」


「ああ……なるほど」


 ノイスが、ぽんと手を打つ。


「補助線か。

 自分で使う前提で考えてたから、そこは考えてなかった」


 その説明に、ノイスは素直に頷いた。


「ルーシー、教えるの上手いね。

 師匠より、教える才能あるかも」


「ちょ、ちょっとやめてください!」


 ルーシーが慌てて手を振る。


「恐れ多いです……!

 私なんて、少し勉強ができるだけですから!」


 それから数日間。

 三人の放課後は、自習室での勉強に費やされることになった。


 ルーシーの教えもあってか、

 二人の理解度は目に見えて向上していった。


「魔法基礎理論は、かなりよくなりましたね」


 ルーシーが二人に用意した小テストの答案用紙を確認する。


「やったぜ!! ルーシーのおかげだな!」


 ロウは声を上げ、自習室で跳ねる。


「いえいえ、私の力じゃありませんよ」


 ルーシーは、静かに首を振った。


「ロウくんは、一度感覚で理解してしまえば問題ありませんでしたし、

 ノイスくんは……もともと知識はあったんです。

 ただ、学校の基準に合わせて整理する必要があっただけですから」


 そう言って、穏やかに微笑む。


「いやー、持つべきものは優秀な友達だね」


 ノイスも、どこか満足そうに頷いた。


「と、友達……」


 ルーシーは、その言葉を確かめるように小さく繰り返した。


「どうしたの? ルーシー」


「いえ……私、今まで“友達”って呼べるような関係の人がいなくて。

 そもそも……友達って、どういうものなのか分からなくて」


「あはは。実は僕もそうなんだ。

 学園に来るまで、ほとんど師匠としか喋ったことなくてさ……

 友達って、なんだろうね?」


「お前らなあ……」


 ロウが呆れたように息を吐き、二人の肩に手を置く。


「友達がわからねぇだなんて言うなよ。

 俺らはもう、立派な友達だろ!」


「これからも頼むぜ!

 ルーシー! ノイス!」


「あ、はい!」

「まあ……うん」


 少し照れながらも、ノイスは笑った。


 ロウは拳を握り、前を向く。


「あと、魔法歴史学、魔道具・術式構築論、魔族対策学、そして魔法実技だな!」


「それ聞くと全然大丈夫な気がしないんだけど……」


 ノイスが小さくぼやく。

 

「細かいことはいいんだよ!

 この調子でどんどん行こうぜ!」


「あ、うん」


「そうと決まれば、次は実技の練習だ!

 実習室に行くぞ!」


 三人はその足で実習室へ向かった。

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