十一話 甘い誘惑
三人は実技試験の練習のため、実習室へと来ていた。
「これでも、俺は実技には自信あるんだぜ!」
ロウが杖を握り、肩を回す。
「ロウくん。授業や試験で見られるのは、
威力や派手さではありません」
ルーシーが冷静に告げる。
「狙った場所に、決められた威力で当てることです。
まずは標的を狙ってみてください」
「よし……任せろ!」
ロウは構え、声を張り上げる。
「業火の炎よ! 的を撃ち抜け!
《ファイヤー・ボール》!」
――バスン!
炎弾は標的の中心に命中した。
「問題ありませんね、ロウくん。
その調子です」
「だから言ったろ? 自信あるって。
授業のときはつい気合入っちまっただけだ」
そう言って、ロウはにやりと笑う。
「そして――これが俺のスキルだ!」
ロウの周囲に、色の異なる炎が展開される。
「《炎色反応》!
炎の色によって、性質を変えられるんだ」
(見たことない炎魔法だな……)
「蒼炎よ! 的を撃ち抜け!
《ファイヤー・ボール・サファイア》!」
青い炎が放たれ、炎魔法吸収用の標的に命中する。
――だが。
標的ごと、燃え始めた。
「蒼炎はな、炎吸収すら焼き尽くしちまう高温の炎だ」
「すごいね……本当に初めて見る魔法だよ」
「だろ?
次はな――」
「ロウくん! 的が凄い勢いで燃えています。
消してください!」
「や、やべっ! またやっちまった!
ちなみに俺、消すのはできねぇ!」
「ならそんなスキル使わないでください!」
「だってよ……二人に見せたくなるだろ!
俺の実力をさ!」
「それよりも早く消さないと――」
――ザブンッ!
ルーシーの言葉が終わるより先に、水が一気に炎を覆った。
蒼炎は、跡形もなく消える。
「危なかったね……」
ノイスが、何事もなかったかのように言う。
ロウが目を見開いた。
「ノイス……お前、今――詠唱なしで?」
「あっ……これはね」
「すげぇじゃねぇか!
さすが“絶詠の魔女”の弟子だ!」
ロウが肩に腕を回す。
「今まで実力、隠していやがったな!」
「学園長にあまり目立つなって言われてるんだ。
周りには言わないでね」
「そうか。
まあ、お前がそう言うなら誰にも言わねえよ」
「ありがとう。
面倒なのは僕も嫌だからね」
ルーシーが微笑む。
「でも、ノイスくんは“詠唱だけ”覚えれば、
実技試験は楽勝ですね」
ノイスは、少しだけ嫌そうな顔をした。
「……そこが一番、面倒なんだけどな」
そんな三人の様子を、少し離れた場所から眺めている影が二つあった。
「あれが絶詠の魔女の弟子……
話と違って、最近は調子良さげじゃん」
「……っち。
あのまま成績不振で退学してくれれば、
こっちの手間も省けたのによ」
「しょうがないっしょ。
あの銀髪の優等生が、付きっきりで勉強を見てるみたいだし」
片方の影が、何かを思いついたように口元を歪める。
「なら、引き剥がせばいいだけじゃない」
「いいけど、どうするっしょ?」
「あいつ、女慣れしてなさそうだから。
あたしたちが近づけば、簡単に崩せるわ」
「それ、アリっしょ。
先輩に言われてるんだから、あいつにはさっさと退学してもらわないと」
くすり、と。
小さな笑いが、誰にも気づかれないまま静かに溶けていった。
◇◇◇◇◇
翌日の昼休み前。
授業終了の鐘が鳴り、教室がざわつき始めた。
「はー、終わった終わった」
「飯行こーぜ」
椅子を引く音と、談笑が混じる中――
ノイスは、いつものようにのんびりと席を立った。
その時だった。
「ねえ、ノイスくん」
やけに甘い声。
(あれ? ルーシーでもロウでもないな)
振り向くより早く、視界に二つの影が割り込んでくる。
「最近、ノイスくん頑張ってるよね。
課題も実技も、前よりずっと良くなってるって聞いたよ」
オレンジ色のウェーブした髪。
短くしたスカートに、着崩した制服。
人目を引く華やかな雰囲気をまとっている。
「……誰?」
「あ、ごめんね。急に話しかけちゃって。
あたし、ミレイユ」
わざと胸元を強調するように身を寄せ、
ノイスの顔を覗き込む。
「前から少し気になってたんだ。
絶詠の魔女の弟子って、どんな人なのかなって」
隣にいたもう一人も、ぐいっと割って入ってくる。
「あーしはユミナ!
あーしも、ずっと仲良くなりたいって思ってたんだよね」
濃い緑髪のお団子ヘア。
大きな瞳が印象的な、小柄な少女が続ける。
「最近さ、成績も上がってきてるんでしょ?
すごいじゃん、ノイピ!」
ユミナは明るい笑顔で近づき、ノイスの肩に手を置く。
(ノ、ノイピ……?)
ミレイユとユミナ。
やたらと距離が、近い。
「あ、うん。
僕の成績が上がってきたのは、ルーシーのおかげだよ」
ノイスは特に気にした様子もなく答えた。
「へぇ~。ルーシーちゃん、優等生だもんね」
ミレイユが、上目遣いのまま首を傾げる。
「もしかして……二人って付き合ってるの?」
「付き合ってるとかよくわかんないけど……」
「え!?
それって、まだあたしにもチャンスあるってこと?」
(チャ、チャンス……? 何言ってるんだ、この人)
「えぇー、もったいない。
あーしならさ」
ユミナが、にっと笑う。
「優等生のルーシーちゃんじゃ、
教えられないこと……たくさん教えてあげられるよ?」
そう言いながら、
ユミナはちらりと後方へ視線を投げた。
そこには――
教科書を抱え、ちょうどこちらへ向かってくるルーシーの姿。
だが、ユミナがノイスの視界を遮るように回り込んだ。
「ねえ、ノイスくんってさ」
ミレイユが、さらに一歩距離を詰める。
「魔法もすごいし、面白いし。
クールな感じでカッコいいよね」
「……そうかな? 僕はそうは思わないけど」
「えー? そんなことないよ」
ミレイユが、くすっと笑って腕に軽く触れた。
「そうそう。絶詠の魔女の弟子なんて、
マジでかっこよすぎっしょ!」
そう言いながら、
ユミナは肩にまとわりつくように身体を寄せ、
背後から、ためらいもなく腕を回してくる。
耳元に届くほど近い声。
逃げ場を塞ぐような距離感。
(……ああ。この人たち、すごく面倒くさいな)
「ねえねえ、今度さ。
あーしたちに魔法、教えて? ノイピ!」
悪びれない笑顔のユミナ。
その背後で――ルーシーは、足を止めていた。
胸の奥が、わずかにざわつく。
ノイスがミレイユとユミナと話しているのを見て、
声をかけるタイミングを、失った。
ノイスは困ったように頭を掻く。
「うーん……僕は教えるの苦手なんだ。
悪いけど他を当たってくれないかな」
ミレイユは大袈裟に両手を振った。
「大丈夫! 大丈夫!
そんなの全然気にしないって!」
すかさず、ユミナが弾むような声で続ける。
「そうそう!
教えようとしてくれるだけで、あーしら嬉しいんだから!」
二人は顔を見合わせて、くすっと笑い合う。
「魔法を教えてほしいなら、ルーシーの方が適任だよ」
ノイスは、ふと周囲を見渡した。
「……ってあれ? ルーシー、いないな」
ルーシーは、誰にも気づかれないように、
すでに教室を出ていた。
廊下に立ったまま、そっと教室の中を振り返る。
そこでは、ミレイユとユミナが、
ノイスの腕に絡みついていた。
その光景を見たルーシーは、
静かに視線を伏せた。
「……なんで私は、逃げているんでしょうか」
小さく、独り言のように呟く。
自分には関係ない。
ノイスが誰と話そうと、自由だ。
そう言い聞かせるように、胸の奥を押さえた。
「今日はもう……帰りましょう」
俯いたまま、廊下を歩き出す。
その背に――
「……おい」
低く、聞き覚えのある声。
足を止めると、そこに立っていたのはロウだった。
眉をひそめ、じっとこちらを見ている。
「今日は、勉強会やらねぇのか?」
「ノイスくんも忙しそうですし……
今日はお休みにしましょう」
努めて、いつもの調子で答える。
「ルーシー」
ロウが一歩、近づく。
「お前、大丈夫か?」
「え……?」
「なんか顔が固いぞ」
はっとして、ルーシーは慌てて口元を緩めた。
「い、いえ。何でもありませんよ」
作った笑顔。
自分でもわかるほど、不自然だった。
「……そうかよ」
ロウはそれ以上は言わなかった。
だが、視線だけは鋭いまま、
教室の方へと向けられていた。
楽しげな笑顔。
不自然な距離。
「……なんだよ、あれ。
明らかに不自然だぜ」
「……ノイスくんって不思議な魅力ありますから」
ロウは小さく舌打ちした。
「――嫌な匂いがするぜ」




