八十話 信じる強さ
――音が反響する、ドーム状の大部屋。
ルーシーとフィーラ。
同じ憧れを抱いていたはずの二人の少女は――
今、最悪の形で向かい合っていた。
「わたしはここでお前を倒して……
その先で、憎き魔女を今度こそ殺す!!」
フィーラの全身から膨れ上がる魔素と殺気が、ルーシーの全身を震わせる。
怖い。
それでも、ここで引くわけにはいかなかった。
ルーシーはフルートを握りしめ、フィーラを真っ直ぐに見据える。
「……あなたを、必ず止めます」
同じ憧れから始まったはずなのに。
どうして、こんなにも違ってしまったのか。
その答えを知るには――
もう、ぶつかり合うしかなかった。
ルーシーのフルートとフィーラの歌が同時に響く。
「《ウィンド・ホーク》!
《ファイヤー・コンドル》!」
「《サウンド・スラッシュ・ハウリング》」
無数の音斬撃が入り乱れ、風鳥と炎鳥を容赦なく引き裂いた。
「音魔法……強い」
噛み締めるようにルーシーが呟く。
だが、風鳥と炎鳥はそれで終わらない。
「《ウィンド・スパロー》!
《ファイヤー・スワロー》!」
引き裂かれた風と炎は、小さな鳥たちへ姿を変え、再びフィーラへ襲いかかった。
「その自在に動く魔法……
魔女と同じスキル《魔導操作》」
フィーラのオッドアイが、憎しみに歪む。
「ああ! 本当、どこまでもムカつく女……!」
小さな風鳥と炎鳥が自在に軌道を変え、フィーラを四方から取り囲む。
「《サウンド・バリア》」
フィーラの周囲に、球体状の音の膜が展開された。
風鳥も炎鳥も、その音膜に触れた瞬間、掻き消されるように霧散していく。
「お前のその制服……学園の生徒よね?
魔女を追ってこんなところまで来ちゃうなんてほんとバカな子」
フィーラが吐き捨てるように笑う。
そのオッドアイには、憎しみと苛立ちが滲んでいた。
「私は……ただ絶詠の魔女様を追ってきたわけではありません」
ルーシーはフルートを握り直し、まっすぐに見返した。
「ノイスくんを助けるために、お願いして連れてきてもらったのです」
「……はぁ?」
フィーラの表情が歪む。
「お前も始祖目当てってわけ?」
「始祖……?」
聞き慣れない言葉に、ルーシーが眉をひそめた。
「……違います。
私が助けたいのは、ノイスくんです!」
「ははあ、そーなんだ。
知らないんだぁ?」
フィーラが口元を歪める。
「お前が探してるノイス・ノーチラスこそが、魔女の研究が生み出した最高の実験体。
完璧魔人――始祖」
理解が追いつかず、ルーシーは目を丸くした。
「ノイスくんが……絶詠の魔女様の実験体だなんて、そんなこと――」
嘘だ。
そう言い切ろうとして、言葉が喉の奥で止まる。
ルーシーの脳裏に、常識の外にあるノイスの魔法がよぎった。
詠唱もなく、圧倒的な魔法を操る姿。
どれほど攻撃を受けても、平然と立ち続ける異常な強さ。
その力は、明らかに普通の魔法使いの範囲を超えていた。
「その顔……少しは、心当たりあるんじゃない?
始祖は人じゃない化け物よ。
お前なんかの手に負えるような存在じゃない」
「ノイスくんは……ノイスくんです」
ルーシーは震える声で、それでも言い返した。
「健気ね……
何も知らないから、そんなことが言えるのよ」
フィーラは冷たく吐き捨てる。
「始祖がその気になれば、この世界ごと消し去れる。
存在そのものが、禁忌なの」
「ノイスくん本人が……禁忌……?」
ルーシーの胸が、嫌な音を立てるように軋んだ。
信じたくない。
けれど、ノイスの規格外の力を思い出すたびに、フィーラの言葉を完全には否定できなかった。
「お前は、騙されてるのよ。
魔女にも、始祖にも」
「騙されているなんて……そんなことは――」
「ほんと、おめでたい頭ね」
フィーラが嬉しそうに口元を歪める。
「魔女に利用されてるのも知らず。
始祖を回収したら、お前は魔女に簡単に切り捨てられるわ」
嬉しそうに笑みを浮かべるフィーラ。
「……たとえそうだとしても」
ルーシーは強く顔を上げた。
「ノイスくんが優しくて、
素敵な人だってことに変わりはありません!」
「……バッカじゃないの?」
フィーラのオッドアイが、苛立ちに歪む。
「お前みたいな、いい子ぶってる女……
わたし一番嫌い!」
フィーラの歌が、ルーシーのフルートを呑み込むように響いた。
「現実を教えてあげる――
《デスサウンド・リサイタル》」
七色のアンテナが、フィーラの背後にぼんやりと浮かび上がる。
「その魔法はいったい……?」
ルーシーが身構えた、その瞬間――
「魔女はねぇ!
攫った子どもの魔素構造を弄くり回して、化け物を作ってたのよ!!」
叫びと同時に、禍々しい音の刃が生まれる。
「きゃあっ!」
音刃がルーシーの制服を裂いた。
「《ウィンド・タイガー》!」
ルーシーの演奏で風獣が飛び出し、ルーシーを守るように立ち塞がる。
「それでも……私は、この目で見た絶詠の魔女様を信じます!
ノイスくんの優しさも、絶対に偽物なんかじゃありません!」
「ムカつく……ムカつく……ムカつく!」
フィーラの怒声が、そのまま音刃となって斬りつける。
「何故、魔女が追放されたのか。
何故、ノイス・ノーチラスが狙われるのか。
少し考えれば、わかることでしょ!」
風獣が盾となるが、音刃を受けきれずに霧散する。
音刃がルーシーの頬を掠め、熱い痛みが走った。
「……っ」
ルーシーは痛みに顔を歪める。
「いい加減、現実を見なさいよ!
魔女は私利私欲のために、悪魔の研究を行っていた。
その完成形が、始祖ってわけ!」
フィーラの叫びに呼応するように、音の波がさらに膨れ上がる。
「わたしは、その犠牲になったの!」
フィーラは震える手で、自分の片目に触れた。
「弄り回されたこの体は、もうボロボロ……。
片目はほとんど見えない。左半身だって、うまく動かない」
声が震える。
怒りだけではない。
そこには、押し殺しきれない悔しさが滲んでいた。
「憧れてたのに……。
あんなに、信じてたのに……!」
フィーラの喉から、絞り出すような声が漏れる。
「全部……
全部、魔女のせいだあああっ!!」
絶叫が荒れ狂う音の衝撃波となって押し寄せ、風獣ごとルーシーを弾き飛ばした。
「……くっ!」
床を滑りながらも、ルーシーはなんとか受け身を取る。
「ずっと憧れて、信じてきた魔女に捨てられた……
その気持ちなんて、お前になんかわからないわよ!!」
「確かにあなたのことは、私にはよくわかりません」
ルーシーは痛みに顔を歪めながらも、強く言い返した。
「それでも、私は絶詠の魔女様を信じます!」
フルートを握る手に、力がこもる。
「お前が信じてるのは、魔法協会がでっちあげた偽りの魔女なの!」
「……それでも」
ルーシーはフィーラをまっすぐに見つめ返した。
「あなたは、絶詠の魔女様を本気で憎みきれていないように見えます」
「知ったようなことを……」
フィーラの声が低く震える。
「本当に憎いだけなら、あの時、迷わず攻撃できたはずです」
「……っ」
「もう一度だけ、信じてみませんか?」
ルーシーはフルートを握りしめながら、静かに言った。
「私には、絶詠の魔女様があなたの言うような酷い人には、どうしても思えません」
「わたしと同じ立場だったら、憎まずにはいられないわよ!」
「だったら……あなたのことも教えてください」
ルーシーは真っ直ぐにフィーラを見据えた。
「わかってほしいのなら、
ちゃんと私に話してください!」
「生意気言うなっ!」
フィーラの怒声が音刃となってルーシーへ襲いかかった。
――バシュッ! バシュッ!
音の刃が肩を裂き、腕を打つ。
言葉だけでは、届かない。
フィーラの怒りも、憎しみも、悲しみも。
そのすべてを受け止めるには、こちらも半端な覚悟では足りない。
だからルーシーは、守ることもやめた。
「あなたと本気で向き合うために――
今、私の出せる全力で行かせていただきます!」
ルーシーは防御魔法を捨て、演奏を続けながら駆け出した。
「逃すかぁ!」
吐き捨てた言葉が、いくつもの見えない刃となってルーシーへ殺到する。
――バシュッ! バシュッ!
音の刃が制服を裂き、白い肌に赤い線を刻む。
衝撃が肋骨の奥まで響き、息が詰まる。
それでもルーシーは演奏を止めない。
「お前を見てると――
わたしの全てが否定されているみたいで、こっちが惨めになるんだよ!」
フィーラの心の叫びは、一際大きな音の衝撃波となって飛んでいく。
ルーシーは防御魔法を使わず、真正面から衝撃波を受けた。
ここで防御に回れば、演奏が途切れる。
だから、守ることは捨てていた。
「……っ」
吹き飛ばされる中でも演奏は止めない。
「その忌々しい演奏を止めろ!!」
吹き飛ばされるルーシーへ、容赦なく音の衝撃波が襲いかかる。
もう避けられない。
このまま直撃すれば、きっと身体がもたない。
それでも、ルーシーはフルートから唇を離さなかった。
震える指が、最後の音を探す。
荒れ狂う音の波が、ルーシーを呑み込んだ。




