七十九話 希望と絶望
「ああ……ありがとう。絶望を与えてくれて。
そして、そのまま絶望の闇に呑まれて消えろ。
ルキウス・ファンフォルド」
ルキウスは血を拭い、静かに杖を握り直す。
「……いいや、違うぞ。クレイン。
絶望は、いつか必ず終わるものなんだ」
その瞳に、まだ光は消えていない。
「君がどれだけ絶望の闇に呑まれようとも――
その先には、必ず希望の光が差す」
一歩、前へ出る。
「君を覆う絶望の闇も、その先にある未来も――
私の光で照らしてみせるさ」
「……何を言っているんだ?
どうすることもできないくせに!
この《ダークネス・ミラージュ》は無敵だ!」
「そうだな」
ルキウスは静かに頷いた。
「本当に、すごい魔法だよ。
クレイン」
「負けを認めるのか?
ならば、今すぐ私の前で跪け——」
闇の中で、クレインの声がわずかに揺れる。
「いや――負けを認めたわけではない」
ルキウスは杖を強く握り直した。
「君を一流の魔法使いだと認めた。
だから私も、一人の魔法使いとして全力で答える」
「……何だと?」
クレインの闇が大きく揺らめいた。
「なあ、クレイン」
ルキウスの声は静かだった。
「君は、すぐに人を見下す悪い癖がある」
杖を力強く掲げる。
「だが――魔法使いとしての実力は本物だ」
闇の中で、クレインが息を呑む気配がした。
「たとえ……その力が与えられたものだったとしても、
それを使いこなし、ここまで高めたのは君自身だ」
「……」
「それは、もう君の実力だよ」
「……何が言いたい?」
クレインの心の揺らぎに呼応するように、広がっていた闇がわずかに薄れ、その奥にクレインの姿が浮かび上がった。
「だから私は、もう君を救おうなどとは言わない」
「あれだけ大口叩いて、結局諦めるのか……?
お前はつくづく救えないやつだな!」
ルキウスは光を纏ったまま、クレインの言葉を遮るように一歩踏み込んだ。
「いや、対等に――
君のライバルとして、真正面から全力でぶつからせてもらう!」
「……なんだよ、それは。
何がライバルだ! 格下がぁ!」
クレインが吠える。
ルキウスは深く息を吸い、杖に光を宿した。
「私の全てを、君にぶつけさせてもらう」
纏っていた光が徐々に杖に集まり、その眩さがさらに増していく。
「……いいでしょう。
それが最後の一撃というわけですか」
それに応じるように、クレインの周囲へ拡散していた闇が一気に本体へ集束していく。
「真正面から、そのすべてを闇に沈めて差し上げます。
そのくだらない希望ごと」
二人は同時に自らの最大をその詠唱にのせる。
「創世の閃光よ――
天より降り注ぎ、闇を打ち払え!」
ルキウスの杖の先端に集まった光の魔素が、眩い光となって辺りを照らし、さらに輝きを増していく。
「終焉の闇よ――
地より這い出で、光を呑み込め!」
クレインの足元から這い寄る闇が、悲鳴のような音を立てながら、杖の一点へと集束していく。
「《ジェネシス・フォトン・ノヴァ》!!」
「《エンドダークネス・カオス》!!」
神々しい光と禍々しい闇が、真正面から激突した。
「絶望に沈め!
ルキウス!」
闇が部屋ごと光を呑み込もうと膨れ上がる。
「クレイン……!
君が思っているほど、この世界は腐りきっていない!」
ルキウスが光を押し返す。
「君が知らないだけで、
この先にだって明るい未来はある!」
「私はもう……この世には何も期待していない!
未来は既に奪われたんだ!」
吐き捨てるように叫んだ声に、ほんのわずかな揺らぎが滲んだ。
「諦めるなっ!
希望を持て! クレイン!」
「何を今更……!
もう手遅れだと、何回も何回も言ったじゃないか!」
クレインの杖を持つ手が震える。
「手遅れなんてことはないんだ!」
光が一段と強まる。
クレインの揺れる瞳に、光が反射した。
「人は、いつからでもやり直せる!
私の希望の光で、必ず君の闇を照らしてみせる!!」
「そんな……綺麗事を……」
拮抗していた光と闇だったが、闇は揺らぎ始め、徐々に光が押し始める。
「戻ってこい、クレイン!
私たちの学園に!」
光が一段と強く輝いた。
闇を内側から貫くように、眩い閃光が部屋を突き抜けた。
――シャアアアアアアン!
「ばかな……」
膨れ上がった闇が、眩い光に焼かれ、浄化されるようにほろほろと崩れていく。
「そんな希望なんかが……!
絶望に勝てるはずがあああああ!!」
クレインの視界はあっという間に光で埋め尽くされ、全てを込めた闇は焼き払われた。
クレインは眩い光の中で立ちすくむ。
「体を作り変えられ、苦しみに耐え、力を得ても……
それでも私は、ルキウス・ファンフォルドに届かなかったのか……」
最後に見えたのは、あまりにも眩しく、あまりにも優しい光だった。
――その光に、ほんの一瞬でも見入ってしまった。
その一瞬が、絶望に塗り固められていた闇を揺るがせた。
最後の最後にクレインは、希望を求めてしまったのだ。
クレインの体が力を失い、その場に崩れ落ちる。
倒れ伏したその姿に、ルキウスは一瞬だけ目を伏せた。
「違うぞ、クレイン。
君の魔法は、私の魔法に劣っていたわけではない」
杖を握り直し、静かに続ける。
「君の魔法は見事だった。
だが、君は最後に――光を拒みきれなかった」
「ル、ルキウス……」
胸の奥に溜め込んでいた闇を吐き出しきったかのように、クレインは静かに意識を失った。
「私たちは……きっと良いライバルになれる」
そう呟くと、ルキウスは荒い息を整えながら、再び前を見据えた。




