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七十八話 闇の幻影

 ヴォルテスの企みを知ったルキウスは、施設の奥へ向かって駆け出した。


「簡単に行かせるわけ、ないでしょう!」


 クレインの全身から闇が這い出す。


「君では、もう私を止められないさ」


 ルキウスの全身に光が走り、そのまま出口へと向かう。


「閃光よ! 我が身に纏い、力となれ!

 《フォトン・ドライブ》!」


「隠し球があるのは、お前だけだと思うなよ!」


 クレインは、床に薄く広がっていた闇に体を沈めていく。


「暗黒よ――我が身を覆い、幻影となって敵を惑わせ!

 《ダークネス・ミラージュ》!」


 光となったルキウスは、一直線に出口へと向かう。


 だが、出口には闇のもやがかかる。


「こんなもの!」


 構わず突き抜けようとした、その瞬間――


 眼前の闇から、クレインがぬるりと現れる。


「通しませんよ。

 ルキウス・ファンフォルド」


「闇の中を移動したのか?

 だが――遅い!」


 ルキウスが叫ぶ。


「閃光よ、きらめけ!

 《フォトン・パルス》!」


 放たれた閃光がクレインを撃ち抜く――はずだった。


 だが、光は空を切る。


「なんだ?

 幻影……なのか!?」


「ただの幻影ではありませんよ。

 暗黒よ――絡みつき、縛れ!

 《ダークネス・チェイン》」


 すり抜けた闇の中から、闇鎖が蛇のように飛び出した。


「くっ……!

 どうなっている!」


 ルキウスの腕と脚に絡みつき、その動きを封じる。


「私を無視して行こうだなんて……

 考えが甘いんですよ!」


 クレインのあざける声が、部屋のあちこちから重なるように聞こえる。


「なんなんだ……この魔法は……?」


「くくく、私がただただ無駄に話をしているだけだと思いましたか?

 少しばかり時間はかかりますが、この《ダークネス・ミラージュ》は発動してしまえば弱点はありません」


 闇の中からクレインの笑い声が響く。

 

「暗黒よ――撃ち抜け!

 《ダークネス・バレット》」


 闇弾が動けないルキウスへ放たれる。


「閃光よ、煌け!

 《フォトン・パルス》!」


 ルキウスの全身から閃光が弾けた。


 眩い光が拘束していた闇鎖を焼き払う。

 ルキウスはそのまま身を翻し、迫る闇弾をかわした。


 ルキウスは咄嗟に後方へ飛び退く。

 追撃を警戒し、視線だけは闇の奥から逸らさない。


 だが、先ほどまでそこにいたはずのクレインの姿はない。


 闇に溶けるように、その気配ごと掻き消えていた。


「……どこだ?」


「暗黒よ――切り裂け!

 《ダークネス・スラッシュ》」


 詠唱だけが、どこからともなく響く。


 闇の中から斬撃が飛んでくる。


「閃光よ! 盾となれ!

 《フォトン・シールド》!」


 目を凝らして闇刃をかろうじて受け止めるが、二つ目の闇刃が頬を掠めた。


「……っ!」


 ルキウスの頬にじわりと血が滲んだ。


「あはははははっ!」


 クレインの嗤い声が、部屋全体に不気味に反響する。


「顔に傷を作って……男前が台無しだなぁ」


 闇は天井も壁も床も呑み込み、どこが攻撃の起点なのかすら判別できない。

 声だけは響くのに、クレインの実体だけがどこにも掴めなかった。


「それなら――閃光よ、広がれ!

 《フォトン・ウェーブ》」


 杖を正面に構え、光を床へ流し込む。

 すると、足元から光の波動が広がった。


「無駄なんですよ」


 クレインの声が、闇の中から響いた。


 光の波動は部屋全体を照らしたが、闇をなぞるだけでクレインの姿を暴けない。


「広範囲に魔法を撃てば当たるとでも思いましたか?

 残念!」


 虚しく光の波動は消えていった。

 

「暗黒よ――穿て!

 《ダークネス・スパイク》」


 詠唱と同時に、床を覆った闇から闇棘が突き上がる。


「っ!」

 

 ルキウスは咄嗟に横へ飛んでかわす。


「床からも出てくるのか!」


「暗黒よ――撃ち抜け!

 《ダークネス・バレット》」


 ルキウスを囲む闇から闇弾が四方から放たれる。


 ――ドドドドドッ!


「閃光よ! 盾となれ!

 《フォトン・シールド》!」


 体勢を整えながら、光盾を展開した。


 素早く光盾を移動させ、四方から迫る闇弾を弾いていく。


 ――ズダンッ!


 真上から闇弾が降り、肩口を撃ち抜かれ、ルキウスの体が大きく揺れる。


「……っぐ!

 今度は真上か」


 すぐさま光を纏って距離を取る。


 しかし、逃げた先に斬撃が待ち受ける。


「暗黒よ――切り裂け!

 《ダークネス・スラッシュ》」


 ――ザシュッ!


 闇の斬撃が背中に直撃する。


「くっ……!」


 光を纏っていたおかげで、致命傷は避けられたが、裂けた皮膚からは痛々しく血が滲む。


 どこから来るのかわからない魔法。


 姿の見えない敵。

 休む隙も、反撃の糸口すらない。


 ルキウスの呼吸は浅い。

 

 見えない一撃に備え、神経を極限まで張り詰めているせいだ。


 額には冷たい汗が滲み、その視線は闇のわずかな気配すら逃すまいと研ぎ澄まされていた。


「ああ……

 ようやく、いい顔になった」


 どこからともなく、ねっとりとした声が落ちる。


「余裕がなくなって……

 焦っているなぁ、ルキウス・ファンフォルド」


「姿を現せ、クレイン!」


「ふふふ、嫌ですよ」


 くすくすと、嗤い声が反響する。


「ほら?

 私を救うのでしょう?

 今ここで、救ってみてくださいよ。さあ!」


 左右の闇が怪しく蠢く。


 ルキウスは危機を察知して光を纏って飛び上がった。


 しかし、逃げたその先に闇が渦巻いていた。


「暗黒よ――荒れ狂い、すべてを薙ぎ払え……

 《ダークネス・ハリケーン》」


「……っ!」


 闇台風が全身へ絡みつくように吹き荒れ、自由を奪う。


 体勢を崩したルキウスは、そのまま床へ叩き落とされた。


 ――ドンッ!


「ぐはっ……」


 その瞬間を狙ったように、四方の闇が一斉に脈打った。


「暗黒よ――その手で掴み、引き裂け!

 《ダークネス・グラスプ》」


 無数の闇手が、床や壁や天井からぬるりと伸びる。


 ルキウスは力を振り絞り、即座に光結晶を纏った。


「閃光よ! 結晶となり、我を守れ!

 《フォトン・プリズム》」


 光結晶が闇手をまとめて照らし、消し飛ばしていく。


 闇を防ぐので精一杯だった。

 姿を隠したクレインを捉える術がない。


 こうしている間にも、ルーシーが危険に晒されているかもしれない。


 ノイスが、ヴォルテスの手に落ちて手遅れになるかもしれない。


 そんなことばかりが頭に浮かび、

 焦りが胸の奥でじわじわと膨らんでいく。

 

 ルキウスは焦りを掻き消すように《フォトン・ドライブ》の光をさらに強めた。


「いくら強い光を纏おうと、無駄ですよ」


 クレインの声が闇の中から響く。


「ルキウス。

 お前に与えられた、私の絶望が闇となり――

 そのすべてを覆い、包み込む」


 闇が、さらに濃く蠢いた。


「ああ……ありがとう。絶望を与えてくれて。

 そして、そのまま絶望の闇に呑まれて消えろ。

 ルキウス・ファンフォルド」

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