七十六話 血の果てに
ロウの発言に、ブラッドは不機嫌そうに眉をぴくりと動かした。
「俺を倒す算段だと……?」
どろりと、血が足元からせり上がる。
「そんなものあるはずねぇ!
血よ、貫け。
《ブラッド・スピア》!」
血槍が二人めがけて一直線に放たれた。
「ロウ!」
ブラムが低く叫ぶ。
「魔素の無駄遣いはするな。
なるべく薄く纏わせろ。
当たる瞬間だけ、濃くするんだ」
そう言いながら、ブラムは氷棒で血槍を弾いた。
――ギィンッ!
弾いた瞬間だけ、氷棒から一気に冷気が吹き上がる。
血槍はその場で凍りつき、砕け散った。
「そんなこと……
すぐにできるもんなのかよ!?」
ロウは息を整えながら、剣へ意識を集中させる。
「できなければ――死ぬだけだ」
ブラムは振り向きもせず、吐き捨てた。
「血よ、切り裂け!
《ブラッド・サイズ》」
間髪入れず、ブラッドが魔法を放つ。
「やりゃいいんだろ……やってやる!!」
ロウは踏み込み、蒼炎を纏わせた剣を血鎌へ振り抜いた。
当たる、その寸前――
刃に纏っていた炎が一気に膨れ上がる。
――ジュウウウッ!
血鎌は蒼炎に焼かれ、そのまま断ち切られた。
「まだ無駄が多いな」
「うっせぇ!
こっちは初めてやってんだよ!」
冷静なブラムに、ロウが吠える。
「何をごちゃごちゃと言ってる?
死に損ないどもがぁッ!!」
ブラッドが顔を歪め、足元の血溜まりを蠢かせる。
「血よ! まとめて貫け!
《ブラッド・スピア》!」
一直線に飛ぶ血槍が五本。
ブラムとロウへ向かって唸りを上げる。
ブラムの冷気が二本を砕き、ロウの蒼炎が一本を焼いた。
――ズシャッ!
しかし、残る二本は二人の体を掠める。
「ぐあっ!」
「っ……!」
「血よ、突き刺せ!
《ブラッド・ニードル》」
「ロウ!」
「わかってるよ!」
ロウが一歩踏み込み、蒼炎を纏った剣を横薙ぎに振るう。
――ジュウウッ!
血針は刃に触れた瞬間、蒸発するように崩れた。
ブラッドの周囲から、新たな血がどろりと浮かび上がる。
「血よ! 牙を剥け!
《ブラッド・ファング》!」
獣の顎のような血塊が、唸りを上げて飛びかかった。
ブラムは避けない。
「もっと……もっと強い冷気を」
深く息を吸い、正面から踏み込んで氷棒を叩きつける。
――バギィッ!!
だが血牙は凍り切らずに、氷棒ごとブラムへ噛みついた。
「ブラムっ!」
「俺は……こんなもんじゃない」
ブラムの全身から冷気が溢れ出す。
噛みついた血牙が徐々に凍りついていく。
「こんなもんじゃない!」
――バキンッ!
血牙は完全に凍りつき、その場で砕け散った。
ブラムの頬を、血が伝う。
「……っ」
それでもブラムは痛がる素ぶりすら見せず、前を見据えた。
「次、来るぞ」
ブラッドの頭上には禍々しい血溜まりが浮いていた。
「ただ防いでるだけじゃ、まるでサンドバッグだなぁ!
血よ――無限に突き刺せ!
《ブラッド・ヘルニードル》」
血溜まりから、豪雨のように降り注ぐ血針。
ロウは剣を握りしめ、歯を食いしばった。
「うおおおおおっ!!」
剣を振るたび、蒼炎が膨れ上がる。
浅く、薄く。
だが、当たる瞬間だけ濃く。
血針を次々と焼き落としていく。
それでも、弾き損ねた針が肩を掠め、腕に刺さり、脇腹を裂いた。
「ぐっ……!」
ブラムも氷棒の冷気を強め、雨のような血針を弾き返す。
「こんなものっ!」
氷棒でまとめて血針を薙ぎ払う。
冷気が炸裂し、赤い雨は白く凍りつきながら砕け散った。
ブラッドが舌打ちした。
「ちっ……鬱陶しい。
いい加減くたばれ!」
再び手首から血を絞り出し、次々と魔法を形にする。
「血よ! 貫け!
《ブラッド・スピア》!」
「血よ! 切り裂け!
《ブラッド・サイズ》!」
「血よ! 喰らいつけ!
《ブラッド・ファング》!」
まるでブラッドの怒りそのものが形になったように、血魔法が途切れなく襲いかかる。
宙を裂く血槍。
回転する血鎌。
食らいつく血牙。
そのすべてを、ブラムとロウは傷だらけになりながら捌き続けた。
ブラムの氷棒が砕き、凍らせ、弾く。
ロウの蒼炎が焼き、蒸発させ、削る。
息は荒く、足は重い。
体には無数の傷。視界も滲む。
それでも二人は、一歩も退かない。
ブラッドが血走った目で二人を睨みつけた。
「調子に……乗るなよ、雑魚どもが……!!
さっさと死ね――」
怒号とともに、さらに血が噴き上がるが、
――ブラッドの体がぐらりと揺れた。
「……っ、やべぇ。血が――」
頭を押さえ、足を踏ん張るブラッド。
息が荒く、ふらついている。
「へへっ……今更気付いたか。
俺たちの狙いは、お前の血を消費させることだ!」
ロウが吠える。
「もう……勝負はついてんだよ、血液野郎!」
「傲慢なやつだ。
自らの魔法でその身を削り、地に伏すんだな」
ブラムが冷たく言い放った。
「くそが!
この俺が……お前ら如きに負けてたまるか!」
ブラッドが気合いでさらに血を振り絞り、今まで以上の魔素を注ぎ込む。
「これで終わりにする……
俺が使える最強の血魔法で……!」
「ロウ。構えろ」
「わかってるさ。
ここが最後の踏ん張り所だな」
ただならぬ気配に、二人は同時に身構えた。
「血よ――地獄の武器庫を開き、無数の刃で敵を滅ぼせ……
《ブラッド・ヘルアーモリー》」
血で形作られた巨大な扉が、ゆっくりと姿を現す。
「で、でけぇ……」
あまりの迫力に、剣を握る手に汗が滴る。
――ギギギギギ……。
血の武器庫は、不気味な音を立てて開いていく。
その奥から現れたのは――無数の血の武器。
血の剣、血の槍、血の鎖――
災厄そのもののような凶器の群れが、二人へ降り注ごうとしていた。
「来るぞっ!」
ブラムが吠える。
ロウは蒼炎を纏わせた剣を強く握り締めた。
「うおおおおおっ!!」
ブラムの氷棒が唸りを上げる。
ロウの蒼炎剣が火花を散らす。
――ガギィンッ!!
――ジュウウッ!!
――バギィッ!!
氷棒が血の斧を弾き飛ばし、蒼炎剣が血の槍を焼き切る。
飛来する血鎖をブラムが凍らせ、ロウが迫る血鎌を叩き落とす。
ロウとブラムは順調に弾いていくが、血の武器庫からは次々と新しい魔法が飛び出してくる。
右から槍。
左から斧。
上から剣。
足元には鎖。
防いでも、防いでも、次が来る。
「くっ……!」
ロウの肩に血の剣が掠め、鮮血が散る。
ブラムもまた、血の槍を氷棒で逸らした直後、血斧に脇腹を抉られた。
「がっ……!」
それでも二人は固まって迎撃を続ける。
背を預けるように位置を合わせ、死角を潰す。
ロウが弾き、ブラムが凍らす。
ブラムが受け止め、ロウが焼く。
それでも――押し切れない。
血武器の雨は止まない。
その猛攻は、二人の身体中に傷を作っていく。
そして、体力と集中力を確実に奪っていく。
ロウは歯を食いしばった。
(ダメだ……!
このままじゃ、防ぎ切る前にやられる……!)
ブラムもまた、同じ結論に達していた。
この場で二人並んで受け続ければ、遅かれ早かれ潰される。
「ロウ、踏ん張れ!」
「何をっ!?」
ブラムが足元へ氷棒を突き刺し、魔素を叩き込んだ。
「隆起しろ――氷柱!」
――バキィンッ!!
床を突き破って伸びた氷柱が、ロウの体を床から強引に押し上げる。
「なっ――!?」
ロウの身体は、そのまま血武器の豪雨を突っ切るように前方へ弾き飛ばされた。
「ブラム! てめぇ――!」
「お前が決着を付けるんだ!」
短い怒声。
だが、それは命令だった。
ロウを飛ばしたその直後、ブラムは一歩も退かずに氷棒を構えた。
残された血武器の群れが、すべてブラムへ殺到する。
――ガガガガガガガガッ!!
――ズシャアアアッ!!
――バキィッ!!
血の剣が肩を裂き、血の鎖が腕に食い込み、血の槍が脚を掠める。
「ぐっ……ぐあ」
それでもブラムは倒れない。
一方、押し出されたロウは一直線にブラッドへと迫っていく。
「――っ!? 種火男が空を飛んで……」
ブラッドが目を見開く。
反射的に血を動かそうとする。
だが、体がついてこない。
視界がぶれる。
足元が揺れる。
腕一本すら上がらない。
「く……そっ」
意識が霞み、焦点が合わない。
「なんで……
動かねぇんだ……!」
血と魔素を使いすぎた代償だった。
「血よ……」
ブラッドは最後の足掻きで、血の球を飛ばす。
「そんなもんで、俺は止まんねぇ!」
ロウは飛ばされる勢いのまま、手にしていた剣で振り払う。
――ギィン!
ロウの握力も限界を迎え、剣を取り落としてしまう。
「……く。拾ってる暇なんかねぇ!」
ブラムへ向かっていた血武器が、今度は一斉にロウへと向き直る。
剣が、槍が、鎖が。
背後から、横合いから、ロウの身体を貫こうと迫っていた。
「これで終わらせる!」
魔素も、ほとんど残っていない。
剣も落とした。
残されたのは、この身ひとつだけだ。
「炎よ……纏え……」
ロウは拳を強く握りしめた。
「《ファイヤー・ナックル》!!」
炎を薄く纏った拳は、殴る瞬間だけ鋭く燃え上がった。
渾身の右拳が、一直線にブラッドの顎を打ち抜く。
――ゴッ!!
「……っがは」
顎を跳ね上げられた瞬間、ブラッドの目から狂気の光が抜けた。
ブラッドが展開していた血魔法が、一斉に霧散する。
その身体は力なく吹き飛び、そのまま床へ叩きつけられて動かなくなった。
「や、やったのか……?」
ロウも勢いを殺せずに、床に叩きつけられる。
「……ぐっ」
静まり返る中で、ロウはゆっくりと立ち上がった。
「……やった、ぞ……ブラム」
――しかし、ブラムの返事はない。
ロウは荒い息を吐きながら、ブラムへ視線を向ける。
全身に血を浴び、無数の裂傷を刻まれながらも、ブラムはなお倒れていなかった。
だが、その目は閉じられたまま、氷棒を地へ突き立てて辛うじて立っている。
「……ブラム。
お前、ほんとタフなやつだぜ」
ロウは霞む視界のまま、かろうじて奥を見た。
「ノイス……待ってろ……今……」
そこまで言って、ロウの膝から力が抜ける。
そのまま前のめりに、地面へ倒れ込んだ。




