表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
75/79

七十五話 氷棒と蒼炎剣

 ――血の匂いと、熱気と冷気が混じる武器庫。


 壁一面に並ぶ刃物や鎖、無骨な武装の数々が、戦いの余波に煽られて激しく揺れていた。


 ロウは壁に叩きつけられたまま、荒い息を吐く。


 全身が痛い。


 傷だらけの体に、もうまともに動けるだけの力は残っていない。

 藍炎にほとんどの魔素を注ぎ込んだせいで、とうに限界を超えていた。


 ロウの視線の先には、巨大な氷棒を肩に担いだ男――ブラム。


 そして、暴血ブラッドは血を蠢かせながら口元を歪めた。


「MCRには借りを返さなきゃならない」


 ブラムのその一言に、ブラッドは一瞬だけ目を細め、それから愉快そうに嗤った。


「借り、だと……?

 ああ、知ってるぜ。魔素増幅剤ブースターもろくに使いこなせなかった出来損ないが学園にいたってな」


 血がどろりと床を這う。


「お前のことだろ?」


「あんなもの、俺には必要ない」


 ブラムは短く吐き捨てた。


「強くなるのに、近道などない。

 今は、そう言える」


「……っ、ブラム」


 ロウが血を吐きながら体を起こそうとする。


 だが、ブラムは振り向きもせず低く言った。


「寝ていろ、ロウ」


「ふざけんな……!

 ノイスは、まだ――」


「起き上がったところで足手まといだ」


 言い切るなり、ブラムは一気に暴血ブラッドへ駆け出した。


「おいおい、いきなりかよ。

 挨拶もなしか?」


 ブラムは答えない。

 ただ、氷棒を握る手に力を込める。


 ブラッドは口元を吊り上げる。


「いいだろう。格の違いを教えてやるよ。

 血よ、貫け。

 《ブラッド・スピア》」


 鋭い血槍が、一直線にブラムへと放たれる。


 ブラムは氷棒を正面に構え、真正面からそれを受け止めた。


 ――バキィンッ!


「……っ」


 凄まじい衝撃とともに、氷棒は一撃で粉々に砕け散る。


 軌道が逸れた血槍がブラムの頬をわずかに掠めた。


「どうした!

 口だけで大したことねぇな!」


 ブラッドが嗤う。


 だが、ブラムは眉ひとつ動かさない。


「絶対零度の氷よ、形作れ。

 《ブリザード・パイプ》」


 砕けた氷片が霧のように散る中、その手にはすでに新たな氷棒が生成され始めていた。


 ブラッドの目が、わずかに細まる。


「自分の得物が砕けても、まるで動じねぇか。

 面白ぇな……冷凍男」


 血が空中で細く尖る。


「血よ、突き刺せ!

 《ブラッド・ニードル》」


 複数の血針が、ブラムめがけて一斉に収束する。


 ブラムは身を捻り、最小限の動きで避けていく。


 だが、すべては避けられない。


 ――ブシュッ、ブシュッ!


 何本かが肩や脇腹を掠め、血飛沫が散った。


 それでもブラムは止まらない。


 血針が刺さろうが、掠めようが、前へ、前へと踏み込んでいく。


「ブラムのやつ……」


 ロウが息を呑む。


「近接戦に持ち込むつもりだ。

 魔法を食らっても、まるで引き下がる気がねぇ……!

 だが……あいつには――」


 ブラムはついに氷棒の間合いへブラッドを捉えた。


「凝血よ、斧となれ。

 《ハードブラッド・アックス》」


 ブラッドの手の中で血が凝縮し、巨大な血斧が形作られる。


 ブラムは構わず、そのまま氷棒を振り抜いた。


 ――ガギィンッ!!


 だが、真正面からぶつかった氷棒は、ブラッドの血斧にあっさりと叩き砕かれる。


「来て早々、惨めだな!」


 ブラッドが嗤い、血斧を振りかぶる。


「ダメだ……ブラムの詠唱は間に合わねえ」


 ロウは強く拳を握り締めた。


 だが――


 ブラムは砕けた氷棒を投げ捨てると、その勢いのまま踏み込み、躊躇なく拳を叩き込んだ。


「……っ!?」


 それは魔法でも何でもない――

 ただの、重くて速い右拳だった。


 頬を不意に拳で打ち抜かれ、ブラッドの体が大きく仰け反る。


 ブラムは間髪入れず、そのままブラッドへ飛びかかった。


 慌てたブラッドは血斧を分解し、無数の血針を至近距離から放つ。


 ブラムは舌打ちしながら大きく後方へ跳び、血針を寸前でかわした。


「てめえ……殴りかかってくるなんてよ……

 魔法使いとしての誇りはねぇのかよ!」


 頬を押さえながら、ブラッドが吐き捨てる。


 ブラムは鼻で笑った。


「いつから、お行儀のいい魔法合戦だと勘違いしていた?」


 血を拭いもせず、一歩踏み込む。


「これは――言葉通りの殴り込みだ」


 ブラッドは押さえていた頬から手を離した。


 その口元が、ゆっくりと歪む。


「……はは」


 低い笑いが漏れる。


「確かに、そうだな」


 血が、足元で不気味に波打った。


「これは、お行儀のいい魔法合戦なんかじゃねぇ」


 ブラッドの目が、獲物を見定めるように細まる。


「殺し合いだ」


 ブラッドは口元を吊り上げたまま、ナイフ型の杖をくるりと回し、ためらいなく自らの手首へ斬りつけた。


 ――ザシュッ。


 鋭い音とともに、手首が深く裂けた。


 そこから大量の血が噴き出す。


 ロウが目を見開く。


「てめぇ……また!」


 だが、ブラッドは痛みに顔を歪めるどころか、恍惚とした笑みを深めていく。


「ああ……。

 これでさらに……!」


 噴き出した血は意思を持つように蠢き、ブラッドの周囲で渦を巻く。


 まるで血の嵐だった。


「俺の魔法は強くなる!」


 ブラッドの瞳がぎらりと光る。


「血よ――無限に突き刺せ!

 《ブラッド・ヘルニードル》」


 噴き出した大量の血が空中で無数の針へと変わる。


 一本や二本ではない。

 視界を埋め尽くすほどの血針が、豪雨のようにブラムへ降り注いだ。


「絶対零度の氷よ、形作れ。

 《ブリザード・パイプ》」


 ブラムは氷棒を手にすると、迫り来る血針へ真正面から立ち向かっていく。


「お前は……

 それしかねぇのかよ!」


 氷棒を振り回し、降り注ぐ血針を次々と弾き落としていく。


 ――ガガガガガガガガッ!!


 だが、あまりにも数が多すぎる。


 弾いても、弾いても、血針は止まらない。


 ――ズシュッ! ズザザザザッ!


「……っ!」


 肩に、腕に、脇腹に、無数の血針が突き刺さる。


 顔を歪めながらも、なおも氷棒を振るい続けた。


 やがて、地獄のような血針の豪雨が止む。


 血塗れになったブラムは、その場でついに膝をついた。


「さっきの勢いはどうしたよ?

 冷凍男」


 ブラッドが血に濡れた口元を歪め、挑発するように笑った。


 ブラムは言葉を返さない。


 ただ静かに血を拭い、ゆっくりと立ち上がる。


「……っ」


 ロウはその姿を見て、奥歯を噛み締めた。


 ブラッドの血魔法は強い。


 その威力もさることながら、圧倒的な物量と速さ。


 このままじゃ、ブラムの得意な接近戦に持ち込む前にやられる。


 視線は自然と、ブラッドの全身へ向いた。


 血を自在に操り、血を武器に変えて戦う男。


 詠唱も速く、攻守ともに隙がない。


(なんで、魔素も血が尽きねえんだ……?)


 それは、あまりにも単純な疑問だった。


 あれだけの魔法を連発していれば、普通なら魔素は枯渇する。

 それに加えて、自傷してあれだけ血を吹き出しているのに、ブラッドは平然としている。


「手首の傷も……

 もう塞がってる……?」


 魔法と繋がっている手首へ目をやると、流れ出ていた血が逆流するように体内へ戻っていくのが見えた。


「……!

 あいつ、自分の血も魔素も体に戻してるのか」


 通りで無尽蔵に戦えるわけだ。


 ブラッドは、練った魔素を血に乗せて魔法へと変えている。

 だから血を体内へ戻せば、血に残った魔素まで回収できる。


 だが、ロウは別の違和感に気づく。


 ブラッドの呼吸が浅い。


 顔色も、さっきより明らかに悪い。


(疲弊……しているのか?

 血を戻してるのに……)


 ロウの目が見開かれた。


 ブラムの氷棒で叩き砕かれた血。


 それは、凍りついて床に散っている。


 凍った分までは――戻せていない。


 だから、足りていないんだ。

 減った分の血が。


 答えは、あまりにも単純だった。


 なのに、今まで気づけなかった。


「何で気づかなかったんだ……

 こんな当たり前のことに……!」


 ロウはふらつく足で立ち上がり、声を張り上げた。


「ブラム! 正面から突っ込んでも勝てねえ。

 血を削ることだけ考えるんだ!」


「黙れ。

 お前は下がっていろ。俺がやる」


 ブラムは氷棒を再び構える。


「一人じゃ無理だ。

 俺もこれ以上、黙って見てられねえ」


 ロウはブラムへと向かっていき、肩を掴む。


「おいおい、なんだよ。

 仲間割れか? みっともねぇな」


 ブラッドは乱れた呼吸を整えながら、嘲るように笑った。


「ロウ、お前の魔素は底をついている。

 あいつの攻撃を防げない」


 ブラムは振り払おうとする。


「お前だって、防げてねえじゃねえか」


 ロウは離さない。


「血を消費させるのに、派手な魔法はいらねぇ。

 あいつの魔法を俺の炎とお前の氷で少しずつ削ればいい!」


 ブラムの肩を強く掴み、揺する。


「ノイスを助けられるすぐそこまで、もう来てんだ!

 何もせずに見ていられるか!!」


 ロウの眼差しは真剣そのものだった。


「……っち」


 ブラムは軽く舌打ちすると、武器庫に転がっていた剣を拾い上げた。


「《ブリザード・パイプ》も、最初は物の表面に薄く氷の魔素を纏わせるところから始まった」


 そう言って、ロウへ剣を差し出す。


「その方が魔素消費は少なく、効率もいい。

 俺のは学園の実習用に調整して、媒体がなくても形にできるようになっただけだ」


 ロウは剣を受け取る。


「大口を叩いたんだ。

 それくらいはやってみせろ」


「ああ!」


 ロウは剣を握りしめ、残った魔素を集中させた。


「はあああああ……!」


 震える刃へ、ゆっくりと蒼炎が薄く纏い始める。


 今までのように、ただ炎を噴き上げるのではない。

 刃に沿わせるように、薄く、鋭く、蒼炎を留める。


「蒼炎よ……

 剣に纏え」


 青い炎は暴れず、刃に沿って静かに揺らめいた。


「《ファイヤーエッジ・サファイア》」


 ロウの目が見開かれる。


「やってみるもんだな……

 できたぞ、ブラム!」


「ふん」


 ブラムは鼻を鳴らした。


「調子に乗るな」


 そう言って、ブラッドへ向き直る。


「なんだよ。

 揉め事は済んだのか?」


 息を整えたブラッドは、口元を歪めて嗤った。


「揉め事じゃねえぞ。

 お前を倒す算段を立ててただけだ」


 ロウは蒼炎を纏わせた剣を構え、睨み返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ