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七十一話 救われた少女と救われなかった少女

 フィーラの甲高い歌声に呼応して、禍々しい魔素が部屋中を渦巻いた。


「《サウンド・スラッシュ・ハウリング》」


 見えない斬撃が波打つ奔流のように、ルーシーへ襲いかかる。


 ルーシーは慌ててフルートを鳴らした。


「《ウォーター・ベア》」


 ルーシーの前に水猛獣が現れ、その巨体を盾のように広げる。


 ――ズシャズシャズシャッ!


 だが、水猛獣は一瞬で無数の音刃に斬り刻まれ、形を保てずに弾け飛んだ。


「きゃああっ!」


 防ぎきれなかった音斬撃がルーシーの肩や腕を掠め、白い肌に赤い線を刻む。


「あはははっ!

 ざまあないね!

 魔女なんかを庇うから、こうなるんだ!」


「絶詠の魔女様を守れたのなら――こんな傷、痛くありません」


 傷口を押さえながらも、ルーシーはすぐにフルートを構え直す。


「だって私は――

 この世で一番の“絶詠の魔女様のファン”なのですから」


 痛みに顔を歪めながらも、その瞳はまっすぐだった。


「絶詠の魔女様のためなら、私は何だってやってみせます」

 

「っ……く!」


 フィーラの表情がひきつる。


「何が一番のファンだ!

 魔女のことなんて何も知らないくせに!」


「知っていますよ、誰よりも」


 ルーシーはきっぱりと言い切った。


「ずっと、お慕いしてきたのですから」


「うるさい! うるさいっ!!!」


 フィーラの叫びがドームに反響する。


「あいつは、子供を攫って実験道具にするような最悪の魔女だ!

 お前は騙されてるんだよ!」


「私には、絶詠の魔女様がそんなことをする方には思えません」


 ルーシーは一歩も引かない。


「絶詠の魔女様とは今日、初めてお会いしましたが――

 私が憧れていた通りの、とても素敵な方でした」

 

「何が憧れていた通りだ!

魔女の正体を知らないから、そんなことが言えるんだ!」


 体を激しく揺すり、苦しそうに頭を押さえるフィーラ。

 

「いい加減イラつくんだよ、お前。

 その髪型も、そのフルートも――北方国境戦線の時の魔女を思い出させる!」


 フィーラの叫びに、ルーシーの表情がはっと変わる。


「……北方国境戦線の時、絶詠の魔女様ですか?」


 フィーラの眉がぴくりと動く。


「ええ。そうよ」


 ルーシーはフルートを構えたまま、まっすぐフィーラを見つめ返した。


「私を見て、絶詠の魔女様に似ているとおっしゃった方は何人かはいました。

 ですが――北方国境戦線の頃の絶詠の魔女様に似ていると、そこまで具体的に言い当てた人は……あなたが初めてです」


 フィーラのオッドアイが、ぴくりと揺れた。


「ふんっ……そんなの、わかって当然でしょ」


 思わず熱を帯びたように、フィーラは鼻を鳴らす。


「魔女が魔法協会に入ったばかりの頃は、髪を留める位置がもっと高かったし……

 ガーナウス攻防戦の頃は、北方国境戦線の頃より髪が少し短かったもの。

 その髪型と雰囲気は、北方国境戦線の頃で間違いないわよ!」


「そうなんです!」


 ルーシーの目が思わず輝く。


「絶詠の魔女様が魔法協会に入られたばかりの頃は、まだ少し尖った雰囲気がありまして……!

 それも素敵なんですけど、北方国境戦線の頃の少し落ち着いた感じが、また本当に素敵で――」


「当たり前じゃない!」


 フィーラも我を忘れたように声を上げた。


「グッズだって前期と後期で雰囲気が違うの!

 ツンとした前期も可愛いけど、後期の落ち着いた感じは綺麗というか、美しいというか――」


 そこまで口にした瞬間、フィーラの顔色が変わった。


「……はっ」


 自分の口を押さえる。


「違う……!

 違う、違う……!

 やだ……わたしは、あんな女なんか……!」


「あなた……」


 ルーシーは目を見開いたまま、そっと声を落とした。


「本当は、絶詠の魔女様のことを――」


「そんなわけないでしょっ!!」


 フィーラが叫ぶ。


 反響した声がドーム全体を揺らした。


「わたしは、あいつに人生を壊されたんだ!

 魔女のことなんて大嫌いだ!」


「いいえ、私にはわかります!」


 ルーシーは一歩も引かずに言い返す。


「あなたも……絶詠の魔女様のことが大好きだったんですよね?

 だから、そんなに詳しいんですよね?

 それなのに、どうしてこんなことを……!」


「魔女の偶像に憧れて……

 分不相応の夢を見て……」


 フィーラの声が震える。


「必死に頑張って、嫌な思いもして……

 少しだけ近づけたと思った。

 なのに……結局、見捨てられて……!」


 口元が歪む。


「絶詠の魔女様が、見捨てたりなんかするわけありません!」


「あいつは……!」


 フィーラのオッドアイが、怒りと涙で歪む。


「わたしが苦しくて、苦しくて……

 助けを求めた時も、見て見ぬふりをして何もしてくれなかった!」


 フィーラの叫びが反響し、ドーム全体を震わせた。


「きっと……何かの勘違いです!」


 ルーシーは一歩踏み出す。


「絶詠の魔女様は、苦しんでいるあなたを見捨てたりしません。

 今度こそ、あなたに手を伸ばしてくださるはずです!」


「……やめろ」


 フィーラの声が低く沈む。


 だが、ルーシーは止まらなかった。


「同じ憧れを持っていた私たちなら――

 きっと、わかり合えます!」


 そう言って、ルーシーはそっと手を差し伸べる。


「一緒に、絶詠の魔女様を追いかけませんか?」


 フィーラの肩が小さく震える。


「もう……無理なんだよ……」


 絞り出すような声だった。


 それでも、ルーシーは優しく語りかける。

 

「いえ、そんなことは――」


「あるんだよっ!!」


 ルーシーの声を遮り、フィーラが叫んだ。


「わたしは、魔女の施した度重なる調整の後遺症で……

 片目はほとんど視力がないし、左半身もうまく動かないの」


 ルーシーの表情が強張る。


「それに……この魔法は、敵も味方も選べない。

 わたしの声は、全部を壊してしまう……」


 拡声器型の杖を握る手が震えていた。


「全部……魔女のせいで、こうなったんだ」


 オッドアイが、涙と憎しみで歪む。


「もう……

 わたしに選べる道なんて残ってない!!」


 フィーラはルーシーを睨みつけた。


「お前なんかに……何がわかんの?」


 声が低く、重く響く。


「恵まれた環境で、好きなように憧れを追いかけて……

 学園に通って、友達を作って、

 魔女と同じ魔法を使って、

 魔女と楽しそうに話までして……」


 唇がわななく。


「わかり合える……だって?」


 その声には、吐き捨てるような怒りと、押し潰されそうな悲しみが混ざっていた。


「ふざけないでよ! 何様のつもり?

 はっきり言って、ムカつくんだよ!!」


 フィーラの叫びが、ドーム全体に幾重にも反響する。


「わたしはここでお前を倒して……

 その先で、憎き魔女を今度こそ殺す!!」


 フィーラの全身から膨れ上がる魔素と殺気が、ルーシーの全身を震わせた。


 ドーム状の部屋は尖った魔素に満ち、その場にいるだけで息が詰まりそうになる。


 恐怖が、喉元を締めつけた。


 まるで巨大な獣に睨まれた小動物のように、身体が強張って動かない。


 逃げなければならないと本能が叫んでいるのに、足は床に縫いつけられたようだった。


 それでも、退くことだけはできない。


 目の前の少女もまた、自分と同じように絶詠の魔女へ憧れていたはずだった。


 同じ憧れを抱いたはずなのに。


 辿り着いた場所は、あまりにも違いすぎた。


 ――もう、二人の戦いは避けられない。

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