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六十九話 再び相対する光と闇

 ――薄暗く、過剰な装飾に満ちた部屋。


「ルーシー。

 君は君の成すべきことをしろ!」


 ルキウスはルーシーの肩を掴み、強く言い聞かせた。


「……わかりました。

 絶詠の魔女様を追って、ノイスくんを助けに行きます!」


 その答えを聞き、ルキウスはわずかに笑みを浮かべる。


「それでいい」


 そして静かにクレインへ向き直った。


「ここからは、私と君の勝負だ。

 クレイン」


 ルーシーは頷くと、奥の扉へ向かって駆け出した。


「馬鹿か?

 お前たちは二人とも、ここで私に屈するんだよ!」


 クレインが杖を振り上げる。


「終焉の闇よ――泥濘でいねいとなり、足掻く者を呑み込め!

 《エンドダークネス・マーシュ》」


 どろり、と。


 再び闇沼が床一面へ広がっていく。


 たちまち扉へ続く道は黒い泥濘に塞がれた。


「これは先ほどの魔法……!」


 ルーシーは足がすくみ、動けなくなる。


「気にせず進め! ルーシー!

 私が君の進む道を照らす」


 ルキウスの鋭い声が響いた。


「創世の閃光よ――天より降り注ぎ、邪悪を焼き払え!」


 頭上から幾筋もの光が差し込む。


 薄暗かった部屋は、一瞬にして白く照らし上げられた。


 まるで、輝かしい舞台の幕が上がる瞬間のように。


「《ジェネシス・フォトン・レイ》!」


 降り注ぐ閃光に、闇沼はみるみるうちに干上がっていく。


 闇に塞がれていた床が露わになり、扉まで続く光の道が生まれた。


「ありがとうございます! ルキウス様!」


 ルーシーは迷うことなく、その道を駆け抜けていく。


「闇が……干上がった……?

 馬鹿な! 闇は光を呑み込むはずだ!」


 クレインが目を見開く。


 ルキウスは静かに杖を構え、淡々と言い放った。


「闇が光を呑み込むというのなら――」


 その瞳が鋭く細まる。


「闇を照らし、退けるのもまた――光だ!」


「綺麗事を並べ立て……!

 私の楽しみを邪魔するとは、本当に癪に障る男だ」


 クレインは杖をくるりと回し、ゆっくりとルキウスへ向けた。


「まあいい。

 先にお前を潰してから、あの小娘を可愛がるとしよう」


「ルーシーを可愛がる、だと……?」


 ルキウスの声音がわずかに低く沈む。


「随分と言うようになったな、クレイン」


「一度私に負けておいて、でかい口を聞くな。

 ルキウス・ファンフォルド」


「おかしいな。

 私の記憶ではまだ一勝一敗のはずだがな」


 ルキウスが杖を振るった。


「光よ――聖なる十字となり、じゃを貫け!

 《フォトン・クロス》」


 煌めく光の十字が一直線にクレインへ奔る。


 だが、クレインは薄く笑った。


「そんなちっぽけな光……」


 杖をわずかに傾ける。


「暗黒よ――穿ち、呑み込め!

 《ダークネス・ホール》」


 開いた闇穴へ、光の十字はあっさりと呑み込まれていった。


「暗黒よ――荒れ狂い、すべてを薙ぎ払え……

 《ダークネス・ハリケーン》」


 黒い暴風がルキウスへと襲いかかる。


「閃光よ! 結晶となり、我を守れ!

 《フォトン・プリズム》」


 ルキウスの全身を包むように、光の結晶が瞬時に展開された。


 闇の暴風はその光結晶へ激しく叩きつけられ、火花のような黒い魔素を撒き散らす。


 だが――


 ミシッ。


 光結晶の表面に、一本の亀裂が走った。


「……っ」


 さらに、二本、三本とひびが広がっていく。


 ルキウスは歯を食いしばりながら耐えるが、闇台風の出力はそれを上回っていた。


「大した魔法だな……!」


 ルキウスが低く呟く。


 クレインは口元を吊り上げた。


「そのまま吹き飛べ!

 雑魚がっ!」


 ――バリンッ!


 ついに光結晶は砕け散り、ルキウスの身体は闇の激流に弾き飛ばされた。


「ぐっ……!」


 そのまま床を大きく滑り、装飾の施された石床へ鈍い音を立てて叩きつけられる。


「光魔法では闇魔法に勝てない……

 一度、その身で思い知ったことではないか」


 クレインが、ゆっくりと歩み寄ってくる。


 ルキウスは荒い息を押し殺しながら、静かに身を起こした。


「一度や二度負けたからといって――

 私は、勝てないとは思わない」


「訳のわからないことを」


 クレインが口元を歪める。


「そういえば……聞いたぞ、ルキウス」


 クレインの嫌な笑みが向けられる。


「お前……あの小娘にいい顔をするために、学園の代表面をしていたらしいな」


「そ、それは……」


 ルキウスの視線が、わずかに揺れた。


「……確かに、最初はそうだったかもしれない」


 ルキウスは静かに認めた。


「ルーシーに良く思われたい。彼女の前で、格好いい自分でいたい。

 そんな未熟な気持ちがあったことは否定しない」


 だが、すぐにクレインを見据える。


「だが、学園の秩序を守ることに誇りを持っていたのも事実だ」


「……どうだかな?」


 クレインは鼻で笑う。


「しかも、必死に自分のものだとアピールしていたくせに、あの眼鏡に寝取られたそうじゃないか」


 その言葉に、ルキウスの眉がぴくりと動く。


「あははははっ!

 それはギャグか?」


 クレインは愉快そうに肩を震わせた。


「あの天下のルキウス様が、青臭い小娘ごときに恋い焦がれ――

 挙げ句の果てには寝取られる!」


 笑みがさらに深く歪む。


「今世紀最大の笑い話か?

 自分の物が取られるのはどんな気持ちだ?」


 クレインが愉悦に顔を歪める。


 その言葉を前に、ルキウスは静かに俯いた。


 胸の奥に、小さな痛みが走る。


 だが、次に顔を上げた時――


 その瞳に、もう揺らぎはなかった。


「……ルーシーは物ではない。

 そして、誰の物でもない」


 ルキウスは淡々と言い返した。


「なんだ、それは?」


 クレインが鼻で笑う。


「現に小娘は、あの眼鏡のところへ向かった。

 無様だな。お前なんて眼中にないんだよ!」


 クレインは高笑いを響かせる。


「可哀想に。

 せっかくここまで助けに来たというのに――

 その小娘は、結局別の男のところへ走っていった」


 にたり、と口元を吊り上げる。


「見向きもされていないじゃないか。

 哀れなものだな、ルキウス・ファンフォルド」


「……さっきから何が言いたい?」


 ルキウスの声が低く沈む。


 クレインはその反応を待っていたかのように、愉悦に目を細めた。


「なあ? そろそろ格好つけるのはやめたらどうだ」


 杖の先を、ゆっくりとルキウスへ向ける。


「本当は……あの眼鏡が邪魔なんだろ?」


 ねっとりとした小声が、薄暗い部屋に染み込んだ。


「ここで床に頭を擦りつけて謝罪するなら、すべてを水に流そう。

 あの小娘も無事に返してやる」


 口元が、愉悦に歪む。


「悪くない話だろう?

 一石二鳥じゃないか」


 ルキウスは黙ったまま、わずかに喉を鳴らした。


「どうせ無理だとは思うが――」


 クレインは音もなく距離を詰める。


「仮にあの眼鏡を助け出せたとして、お前に何の得がある?」


 ルキウスのすぐ横へ立ち、耳元で囁く。


「お前が頭を下げるだけで、全部うまくいくんだよ。

 ルキウス」


 そして、クレインはゆっくりと片手を差し出した。


「本当に……

 ルーシーは無事に返してくれるんだな?」


 ルキウスが低く問う。


 クレインは笑みを深めた。


「ああ。

 欠陥魔人ディフェクトマギは嘘をつかない」


 その目には、底の見えない愉悦が滲んでいる。


 ルキウスは俯いたまま、小さく肩を震わせた。

 

「……っふ」


 そのまま吹き出すルキウス。

 

「……?」


 クレインが眉をひそめた。


「ふははははは!」


 それが、やがて堪えきれないような笑いに変わる。


「いや、急に申し訳ない」


 ルキウスは笑みの余韻を残したまま、静かに言った。


「以前の私なら、その手を取っていたのかもしれない――

 そう思うと、少し可笑しくなってな」


「頭でも打ったのか? ルキウス」


 クレインは首を傾げ、呆れたように鼻で笑う。


「頭を下げるだけで、あの小娘が手に入る。

 こんなチャンス、二度とないぞ?」


「……根本的に違うんだよ、クレイン」


 ルキウスは静かに言い返した。


 そして、ゆっくりと立ち上がる。


「どんな形であれ――

 私は、彼女の悲しむ姿をもう見たくない」


 その声に、迷いはなかった。


「それは……好きだからだ」


 ルキウスはまっすぐクレインを見据える。


「好きだから……

 たとえ私が選ばれなかったとしても、彼女が幸せならそれでいい」


「馬鹿な……!

 手に入らなければ意味がないだろう!」


 クレインが目を見開き、吐き捨てるように叫ぶ。


 ルキウスは静かに首を振った。


「ルーシーから、自分以外のすべてを奪ったとしても――

 彼女の心までは手に入らないさ」


 その瞳は、まっすぐだった。


「いや、もちろん諦めたわけではない」


 杖を握る手に、静かに力がこもる。


「だからこそ――

 私を選んでもらえるよう、必死になるのさ」


「あまりに馬鹿げている……!

 あのルキウスが、ここまで愚かだったとは……

 こんなしょうもないやつに、私は……!」


 クレインの全身を、闇がじわじわと包み始める。


「馬鹿で結構だ」


 ルキウスは静かに言い放った。


「ルーシーが笑ってくれるのなら、な」


「違う!!」


 クレインが叫ぶ。


「欲しいものがあるなら、どんな手を使ってでも手に入れるんだ!」


 闇が脈打つように膨れ上がる。


「弱みに付け込み、心を砕き、尊厳を奪い、選択肢を絞り――

 そうやって誘導して、自分のものにする!」


 その目は、もはや怒りと執着で濁りきっていた。


「そうでなければ、手に入るはずがないんだ!」


「クレイン……」


 ルキウスの声が、わずかに沈む。


「君は、哀れなやつだ」


 クレインの表情がびくりと歪む。


「君をここまで歪ませた責の一端が、私にあることもわかっている。申し訳なかった」


「やめろ!」


 クレインが頭を抱える。


「やめろ、やめろやめろ……!

 今更、そんな謝り方をするな!!」


 大声で叫ぶその姿は、怒りというより――

 何かを必死に否定しているようだった。


「だから……クレイン、私が君を救う」


 ルキウスは静かに告げる。


「私が二人に救われたように」


「私を……救う、だと?」


 クレインの顔が引きつる。


「ふざけるなぁぁぁっ!!」


 闇が一気に膨れ上がった。


「クズの分際で! 雑魚のくせに!

 私を見下すなぁぁぁ!!」


 荒れ狂う闇が、部屋中を軋ませる。


 クレインは肩を震わせながら、ルキウスを睨みつけた。


「もういい……」


 その声は、先ほどまでの愉悦を完全に失っていた。


「屈服させて楽しむつもりだったが……

 お前は、もういい」


 クレインは杖をゆっくりと持ち上げた。


「ここで死んでくれ」


 その目は深淵のように昏く、映るものすべてを呑み込んでしまいそうだった。

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