五十八話 秘策
雷撃をまともに受けたにもかかわらず、
ミレイユはふらつく足で立ち上がった。
「……思ったより大したことない雷だね」
焼け焦げた制服を払いながら、ミレイユは無理に口元を吊り上げた。
だが、平然を装っていても、その体にはまだ痺れが残っている。
「ロウ。あいつの魔法、見た目ほど怖くないよ。
瞬間移動してから詠唱を始めてる。
詠唱が短い分、威力も低いのさ」
「大したことないって……お前」
焦げた布の下から覗く肌は赤く腫れ、焼けるようにひりついていた。
「普通なら、瞬間移動する前から詠唱を始めるはず。
きっとあいつ、詠唱を引き継いだまま瞬間移動はできないんだよ」
「そんなこと言ってもよ!
当てられなきゃ意味ねぇだろ!」
ロウが歯噛みする。
ミレイユは一歩前へ出た。
「あたしに考えがある。
ここは、あたしに任せてほしい」
「何言ってんだよ!
俺ら二人でも歯が立たないのによ!」
「消えた姐さんのことも気になるし。
ロウは先に行って」
ミレイユはロウに話しかけながらも、双影から目を離さない。
「それに、こっちはノイスを奪還できればいいんだ。
別にこいつらを倒す必要はないでしょ」
そして隣を見る。
「なあ、いけるか? ユミナ!」
「もちろん、問題ないっしょ!」
ユミナは鼻の下の血を乱暴に拭い、にっと笑った。
「あーしたち二人で、こいつらを引き受けるっしょ」
「ユミナさん! それは無謀です!」
ルーシーが《ウォーター・タイガー》でリオの氷魔法を防ぎつつ、叫ぶ。
「ルーたん」
ユミナは、ルーシーの背にそっと手を置いた。
「あーしには秘策があるっしょ。
たぶん、それはミレイユも同じ」
「え……?」
ルーシーが目を見開く。
「姉御と合流して、早くノイピを助け出すっしょ!」
ユミナは杖を振るった。
「突風よ! ルーたんを跳ばせ!
《サイクロン・リープ》!」
強い風がルーシーの体を押し上げる。
「ロウも早く行きな!」
ミレイユがロウの背をバシッと叩いた。
その行動に双子は揃って首を傾げた。
「何を考えているのかはよくわかりませんが、
誰一人、ここを通ることはできません」
リオが扉の前に立ちはだかる。
「みなさんをここで足止めするのが、僕たちの使命です」
その隣へレオが瞬間移動した。
「これは決定事項です」
「こいつらがいる限り、扉の奥に行くなんて無理だぞ!」
ロウが扉の方を睨みながら叫ぶ。
「あんまりやりたくなかったんだけどね……」
ミレイユが小さく息を吐く。
「大気を震わす雷よ――
我が身に宿り、帯電せよ!」
「《雷纏装》!」
――バチィッ!
雷がミレイユの身体へと落ちた。
全身に薄い雷光を纏い、ぱちぱちと火花が散る。
長いオレンジ色の髪が静電気でふわりと逆立ち、宙に浮くように揺れていた。
「ミレイユ、その魔法は……?」
ロウが目を見開く。
静電気で逆立った髪を気にするように、ミレイユは視線を逸らした。
「恥ずかしいから……あんまり見ないでよね」
ミレイユは頬をわずかに赤くしながら、そっぽを向く。
「これやると、髪の毛が傷んでバサバサになっちゃうんだから」
「ミレイユ……さすがっしょ!」
ユミナがにっと笑う。
「あーしも、ノイピの風を纏う魔法を見て、編み出した秘策があるっしょ」
目を閉じ、魔素を集中させる。
「駆け抜ける爽風よ――
我が手足に宿り、渦巻き、空を駆けよ!
《サイクロン・アクセルステップ》!」
次の瞬間、ユミナの手首と足首に小さな竜巻が纏わりついた。
ふわり、と体が宙に浮く。
そのままユミナは軽やかに弾み、くるりとその場で回ってみせた。
「さっき姉御に言われて、大気を巻き込む形にしたら、魔素の消費も少なく済むじゃん!
これなら戦えるっしょ!」
「ミレイユさん、ユミナさん……すごい!」
ルーシーは二人の魔法に驚きながらも、ロウと共に扉を目指す。
「見たことのない魔法の使い方ですが」
「それで何が変わるというのですか?」
リオとレオは揃って首を傾げた。
「せっかちだね……見てればわかるよ!
雷よ! 射抜け!
《サンダー・アロー》!」
ミレイユから雷の矢が放たれる。
リオとレオは左右に分かれてそれを避けた。
「詠唱速度が上がっていますね。
驚きました」
レオがミレイユへふと視線を向ける。
しかし、そこにミレイユの姿はない。
「……?
対象を見失いました」
ミレイユは扉に突き刺さった雷矢の位置へ、雷を伝うように一瞬で移動していた。
「お前の戦法、真似させてもらうよ!
雷よ――《サンダー・ボール》!」
掌に生み出した球状の雷を、至近距離からレオへ叩きつける。
「……っ!」
レオは雷撃で吹き飛ばされた。
「レオに魔法が命中しました。
これは予想外の出来事です」
「にひひ。
よそ見してたら、ダメっしょ……」
リオが振り向く。
その時には、すでにユミナが回り込んでいた。
「いつの間に――」
「駆け抜ける爽風よ――
《サイクロン・フィスト》!」
風の拳がリオの腹部に突き刺さる。
「……ぐっ」
リオは地面を引きずるように後退し、口元からわずかに血を流した。
「おいおい……すげえじゃねえか!! お前ら!!
そんなのあるなら最初からやれよ!」
ロウが叫びながら、先の通路へ手を向ける。
「いいから、早く行きな!」
「ノイピを頼んだっしょ!」
「お二人とも……決して無理はしないでくださいね」
そう言い残し、ロウとルーシーは扉を開けて先へ進んだ。
リオが杖を構え、ゆっくりと立ち上がる。
「……侵入者二名を、そちらへ通しました。
僕たちは、どこで間違えたのでしょうか」
レオはふらつきながらも、すぐにリオの隣へと瞬間移動した。
「使命は絶対でした。
これは明確な失敗であると判断しました」
「ざまあみろ。
教室であたしたちに恥かかせた分、償ってもらうよ」
「あーしたちが本気になったら、こんなもんっしょ!
お二人さん、失敗して怒っちゃいましたかー?」
ユミナがいたずらっぽい笑みを浮かべ、煽る。
「怒る、とは……どういうことでしょうか。
全く理解できません」
「失敗したことは事実です。
それ以外の何物でもありません」
「それにしちゃ……お前たち……」
ミレイユが眉をひそめる。
「顔が、めちゃくちゃ怒ってるっしょ……」
リオとレオの表情は、いつもの無機質な無表情ではなかった。
口元がわずかに歪み、瞳には冷たい揺らぎが宿っていた。
それはまるで――
今まで持っていなかった感情が、初めて表へ滲み出たかのようだった。




