五十七話 消えた魔女
突如として足元に現れた魔法陣に包まれ、アリスの姿は光とともに消えた。
「……え」
ルーシーの手が、宙を掴むように止まる。
「絶詠の魔女様……?」
返事はない。
その場に残ったのは、息苦しいほどの静けさだけだった。
「う、嘘っしょ……」
ユミナが顔を引きつらせる。
「姉御が……消えた?」
ミレイユも唇を震わせた。
「おいおい……マジかよ」
ロウが歯を食いしばる。
敵地のど真ん中で、頼りにしていた絶詠の魔女が消えた。
その事実が、四人の胸に重くのしかかる。
さっきまで感じていた心強さは、音を立てるように消えていった。
「それでは」
静かな声が響いた。
「ここからは、僕たちが担当します」
「排除を開始します」
正面の通路に、二つの小さな影が立っている。
双影――リオとレオ。
逃げ道を塞ぐように、無機質な目で四人を見つめていた。
「……っ」
ルーシーがフルートを握り直す。
「どうしますか……?
絶詠の魔女様は、逃げなさいとおっしゃっていましたけど……」
「逃げるって言っても……こいつら相手じゃ、どっちみち無理でしょ」
ミレイユは双子を交互に見つめた。
「魔女はいなくなりました」
リオが淡々と言う。
「これで脅威レベルは大幅に低下しました」
レオも続けた。
「処理可能です」
その言葉に、ロウの目つきが変わった。
「ここまで来て、引き下がれるかよ……」
杖を強く握る。
「俺たちは、ノイスを助けに来たんだ!」
ユミナも一歩前へ出た。
「教室での借り、返すにはちょうどいいっしょ」
ミレイユはまだ顔色を悪くしながらも、杖を構える。
「やるしか……ないわね」
ルーシーは静かに小さく息を吸った。
アリスはもういない。
助けてくれる最強の魔女は、ここにはいない。
それでも――
「ノイスくんを助けるためです」
ルーシーの目に、強い光が宿る。
「ここで立ち止まるわけにはいきません!」
◇◇◇◇◇
眩い光が消えた時、アリスは見知らぬ空間に立っていた。
そこは、音が反響するドーム状の大部屋。
正面には、水色の髪の少女――哀歌フィーラ。
そして、その後方――薄い結界の向こうで杖を構えるヴォルテスが、不敵に笑っていた。
「ふははは。歓迎しよう、絶詠の魔女」
アリスはフルートを握り直す。
「……可愛い女の子を侍らせて、何のつもりかしら?
ロリコンのイカれジジイ」
冷たく目を細める。
「随分な言われようだな」
ヴォルテスは肩をすくめた。
「だが、君の相手をするのは私ではない。
哀歌フィーラだ」
その言葉を受け、フィーラの表情が激情に染まる。
「絶詠の魔女……ようやく会えたわ!
どれだけこの日を待ち望んだことか……!」
「あなたが、私の相手……?」
アリスはフィーラを鋭く見据えた。
「ちょっと、あなた!
ヴォルテスが何をしようとしているのか、わかっているの?」
だが、フィーラはその問いには答えない。
ただ、じっとアリスを睨み返していた。
フィーラの周囲で、歪に組み替えられた魔素が揺れている。
「あなた――欠陥魔人ね」
「うふふ、正解」
フィーラは腰に手を当て、覗き込むようにアリスを見上げた。
「で? だからどうしたっていうの?」
「……まだ間に合うわ」
アリスの声が低くなる。
「こんなことは、もうやめなさい」
「ふはははは」
ヴォルテスが低く笑った。
「見当違いだな、魔女よ」
口元を歪める。
「彼女は私に従っているのではない。
君を殺すために――ここにいるのだ」
「私を殺すため……?」
アリスは目を細めた。
「ええ、そうよ」
フィーラの声が、震えるほどの熱を帯びる。
「あんたを殺すために、わたしはここにいるの」
アリスは静かにフルートを構える。
「……いいわ。相手になってあげる」
「果たして――」
ヴォルテスの声が、愉快そうに響く。
「彼女のことを知ってもなお、
そのような態度がとれるかな?」
わずかに身を乗り出す。
「君に人生そのものを壊された者だ。
その責任と――向き合うがいい」
アリスは何も答えない。
ただ静かに、フルートを構えたままフィーラを見据えていた。
◇◇◇◇◇
――四人は、双影相手に苦戦を強いられていた。
前に出て撹乱するのはレオ。
離れた位置から、魔法や物体を転移させるのはリオ。
二人の役割は、はっきりと分かれていた。
「くっ……!」
ロウが放った炎弾は、虚しく空を切る。
レオを狙った魔法は、瞬間移動によって避けられた。
――バチィッ!
床が焦げる。
「今度は後ろ!?」
ミレイユが叫ぶ。
振り向いた時には、すでにレオの姿はない。
視界の端で影が揺れたかと思えば――
次の瞬間には別の場所。
まるで空間そのものを飛び回っているようだった。
「ちょっと待ってよ……!
これじゃ全然狙いが定まらないんだけど!」
レオは瞬間移動で目の前に現れ、じっとミレイユを見つめた。
「なによっ!
大気を震わす雷よ! 敵を撃ち抜け!
《サンダー・ボール》!」
ミレイユが雷弾を放つ。
だが――
放たれた瞬間、その軌道上からレオの姿が消える。
「無駄です。
その程度の攻撃では当たりません」
淡々とした声だけが響いた。
「瞬間移動……恐ろしい魔法です」
ルーシーはフルートを構えたまま、レオの瞬間移動を目で追っていた。
すると、何もない空間から、鋭い氷槍が突如現れ、ルーシーを襲う。
「なっ……!?」
ルーシーが身を守るよりも早く、氷槍が目の前まで迫った。
「駆け抜ける爽風よ――
あーしの意思によって、軌道を変えよ!
《サイクロン・フィスト》!」
ユミナの風拳が氷槍の軌道をわずかに逸らし、壁へと突き刺さる。
「ご、ごめんなさい!
反応できませんでした……!」
「ルーたんのせいじゃないっしょ!」
ユミナが息を荒げる。
「何もないとこから急に魔法が飛んでくるとか、反則すぎっしょ!」
リオが遠くから放った魔法は、途中で消える。
気づけば、背後や頭上から襲いかかってくる。
リオはどこからともなく魔法や物体を転移させていた。
四人は、じわじわと押し込まれていく。
ロウがレオに狙いを定め、再び魔法を放つ。
「くそっ……!
蒼炎よ! 全てを焼き尽くせ!
《ファイヤーバーン・サファイア》!」
だが、レオはすでにその場にはいない。
次の瞬間には、ロウの死角へと回り込んでいた。
「放て。雷撃」
「危ない!」
ミレイユの叫びと同時に、短い詠唱の雷撃がロウの肩を掠める。
「ぐっ……!」
「大丈夫!? ロウ!」
ミレイユが駆け寄ろうとした瞬間。
レオが、目の前に現れた。
「放て。雷撃」
――バチンッ!
「きゃっ!」
雷撃がミレイユに直撃する。
体が痺れ、制服は焼き焦げた。
「お前こそ大丈夫か! ミレイユ!!」
ロウが叫ぶ。
◇◇◇◇◇
その間にも、予測不能な位置から現れる魔法が、ルーシーとユミナを追い詰めていた。
「《ウォーター・タイガー》」
ルーシーのフルートが鳴り、大型の水獣が前方に現れる。
水獣はルーシーを守るようにその場に陣取り、転移してきた氷槍を次々と破壊した。
「これでは防戦一方になってしまいます……!」
「直接、本体を叩くしかないっしょ!」
ユミナは詠唱をしながら、リオへ向かって勢いよく突っ込んでいく。
「駆け抜ける爽風よ――」
――ズドン!
ユミナの目の前に、突如鉄板が転移された。
「ほげっ!」
ユミナはそのまま顔面から突っ込み、盛大にぶつかった。
「あまりに愚かで、理解不能です」
リオが淡々と言い放つ。
「あなたたちが勝てる可能性はありません」
「ユミナさん!」
「ぐぐ……無敵すぎるっしょ、あの転移……」
顔を強打したユミナの鼻から、つうっと血が垂れる。
だが、双子の無機質な瞳は揺らがない。
まるで最初から――
勝敗など決まりきっているとでも言うように。




