五十六話 魔女からのダメ出し
施設の奥へ進みながら、アリスは先ほどの四人の戦いを振り返った。
「そうね……
まず――連携は悪くないわ」
歩きながら、アリスはちらりと振り返る。
「お互いの行動や魔法の癖を理解して、ちゃんとフォローし合っている。
みんなの仲の良さが、そのまま連携に出ているわね」
「そ、そうですか……。
なんだか恥ずかしいですね」
ルーシーは頬を染め、嬉しそうに笑った。
「でも!」
アリスの声が鋭くなる。
「魔法の扱い方が、全然なってないわ」
「えっ!?
姉御、ダメ出しっすか!」
ユミナが目を丸くした。
「まずは――ロウくん」
アリスが名前を呼ぶ。
「魔法に無駄が多すぎるわ。
そのままでは、ロウくんの魔素量だとすぐに息切れしてしまって、長くは戦えないわ」
「無駄が多いって、俺はそんな――」
ロウが反論しかけたが、
アリスはそれを遮った。
「いい? 魔法は、魔素をただ打ち出すものじゃない。
練り上げるものよ。
魔素の密度を上げれば、もっと無駄は減るわ」
「は、はい……」
ロウは思わず背筋を伸ばした。
「よろしい」
アリスは視線を後ろに向ける。
「次は――ユミちゃん」
突然名前を呼ばれ、ユミナがびくっと肩を跳ねさせる。
「ユミちゃんは、風魔法のことをまるでわかってないわ」
「えぇっ!?」
ユミナが素っ頓狂な声を上げた。
「風魔法は、大気と馴染ませて使うものよ。
巻き込むように打つの」
「大気と……ですか?」
ユミナが首を傾げる。
「風魔法は単体でぶつけるだけじゃ、どうしても他属性より決め手に欠けるの」
アリスは指を一本立てた。
「その代わり――
大気と合わせることで、自身の魔素の出力以上の力を引き出せるの」
「や、やってみます!」
ユミナが勢いよく頷いた。
「ミレちゃん」
「そりゃまあ……あたしもですよね」
ミレイユは気まずそうに苦笑いを浮かべ、誤魔化すように頬をかいた。
「ミレちゃんは、雷という攻撃的な属性なのに――
その良さを潰した魔法が多いわ」
アリスは真っ直ぐにミレイユを見た。
「何か、威力を抑える理由でもあるのかしら?」
「そ、それは……」
ミレイユが言葉に詰まる。
「雷魔法を得意とするなら――」
アリスの声が、少し低くなる。
「一撃で! そして一瞬で!
相手を黒焦げにするつもりで放ちなさい」
ミレイユはごくりと唾を飲み込んだ。
「……最後に、ルーシーちゃん」
「はい! 絶詠の魔女様!」
ルーシーはぴしっと背筋を伸ばす。
「四人の中では、魔法の扱いも上手。
基礎もしっかり出来ているわ」
「あ、ありがとうございます!」
ルーシーは嬉しそうに頬を染めた。
「でもね。《魔導操作》の強みを生かすなら――」
「複数同時操作と、再構築が出来るようになると、
さらに良くなるわ」
「再構築……ですか?」
「ええ」
「一度放った魔法が消えるとき、その魔素を再利用して、新しい魔法を構築する」
「私にそんな……高度なこと――」
アリスは振り向くと、顔をぐっと近付けてルーシーを見つめた。
「大丈夫よ。
ルーシーちゃんなら――きっとすぐに出来るわ」
「はわわあ……こんな至近距離で絶詠の魔女様に見つめられて……そのうえアドバイスまで頂けるなんて……!」
ルーシーは顔を真っ赤にし、今にも頭から煙が出そうになっている。
「幸せ過ぎて……おかしくなっちゃいますぅ」
「さすがノイスの師匠だぜ……。
あの戦いだけで、ここまで見抜くなんてよ」
ロウが感心したように呟いた。
「ダメ出ししちゃったけど、みんなも筋がいいわ。
ノイスを助け出したら、みんなにも稽古をつけてあげるから――」
アリスは言葉を途中で止めた。
「……それどころじゃないみたいね」
石造りの大広間に入ったとき。
「報告通り――」
静かな声が、通路の奥から響いた。
「魔女と一緒に、想定外の侵入者が四名」
もう一つの声が続く。
「アスカナティア魔法学園の生徒と確認」
通路の暗がりから、二つの影が現れる。
「処分対象です」
そこに立っていたのは――
双影。
リオとレオだった。
「あいつら……教室を占拠しやがった双子!」
ロウがすぐに身構える。
「それに……ノイスくんを転移で攫った魔法使い」
ルーシーはフルートへと静かに手を添えた。
「ボス」
リオが淡々と口を開く。
「魔女までいるとなると、レオと二人では手に負えない可能性があります」
「魔女からは、ボス以上の強い魔素を感知しています」
レオが続ける。
「どういたしますか?」
二人はまるで誰かと会話するように呟いていた。
「何をぶつぶつ言ってるっしょ!」
ユミナが一歩踏み込む。
「教室での恨み、ここで晴らさせてもらうっしょ!」
その瞬間――
「ユミちゃん、下がって」
アリスが静かに前へ出た。
「あの双子ちゃんたちは……欠陥魔人と呼ばれる子たちよ」
アリスの声は、先ほどまでとは違っていた。
「あなたたちでは――手に負えないわ」
アリスがフルートを構えた、その時だった。
「……絶詠の魔女よ、慌てるな。
君には、もっと相応しい戦場を用意した」
ヴォルテスの声が、施設全体に響き渡る。
「この声は……ヴォルテス」
アリスはゆっくりと周囲を見渡す。
だが、姿は見えない。
「ふははは。
のこのこと乗り込んでくるとは、相変わらず無鉄砲な魔女だ」
「黙りなさい。
そして、今すぐにノイスを返しなさい」
「彼はこの世に必要な存在だ」
ヴォルテスの声が低くなる。
「君は彼を正しく使えていない。持つ資格がない」
「あら?」
アリスは冷たく笑った。
「ノイスは、いつから“物”になったのかしら?」
つま先で床を軽く叩く。
「……まあいい」
ヴォルテスの声が続く。
「このアジトは、ただの拠点ではない」
床に刻まれた魔法陣が、鈍く光を放ち始めた。
「貴様を迎え撃つための――檻でもあるのだ」
アリスの足元が沈み込み、薄い結晶がその身を包み込む。
「っ……これは!?
転移の術式……!」
アリスの表情が険しくなる。
「気づくのが遅かったな、魔女よ!」
アリスの足元に広がった魔法陣が、一際強く輝いた。
「絶詠の魔女様っ!!」
ルーシーが手を伸ばし、叫ぶ。
ヴォルテスの声が、どこからともなく届く。
「こちらで待っているぞ、絶詠の魔女」
「君には――君が最も向き合うべき相手を用意してある」
壁と床が、さらに唸りを上げる。
「君が歪めてしまった者と……
じっくり向き合うがいい」
「ヴォルテス……!」
アリスが低く唸る。
だが、すぐに四人へと振り返った。
「あなたたちは、ここから逃げなさい!」
鋭く、しかし力強く言い放つ。
「安心して。
ノイスは――私が必ず連れて帰るから!」
その瞳には、確かな意志の光が宿っていた。
次の瞬間――
光が弾け、アリスの姿は、跡形もなくかき消えた。




