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五十二話 奪還チーム結成

 絶詠の魔女アリスがアスカナティア魔法学園へ辿り着いた時には、すべてが終わった後。


 ノイスは、すでにMCRに連れ去られていた。


 学園には破壊の爪痕が残り、空気にはまだ焦げた魔素の匂いが漂っていた。


 それでも、アリスは感情を押し殺すように小さく息を吐いた。


 今、立ち止まっている時間はない。


 ノイスの友達だと名乗った二人の生徒――ルーシーとロウへ、アリスはちらりと視線を向ける。


「ルーシーちゃんと、ロウくんね」


 柔らかく名前を呼ぶ。


「本当は、二人からノイスのことをゆっくり聞きたいのだけど……」


 アリスは少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。


「今は時間がないの。また今度、必ず聞かせて」


 アリスはすぐに表情を引き締め、フルートを構えた。


 ルーシーは一歩前に出た。


「ノイスくんを助けに行くんですよね?」


 アリスの眉がわずかに動く。


「……なぜ、そのことを?」


「私たち、見たんです。

 黒ローブの人たちが、目の前でノイスくんを連れて転移するのを」


 ルーシーは悔しそうに拳を握った。


「そう……」


 アリスは静かに頷く。


「今から私が助けに行くから、安心して待ってなさい」


 ルーシーはさらに一歩前に出て、真っ直ぐにアリスを見つめる。


「場所がわかるのでしたら、私も連れていってもらえませんか? 決して邪魔は致しません」


 アリスは首を振った。


「ダメよ。危険すぎるわ」


「MCRだろ? さっきの黒ローブのやつら」


 ロウが横から口を挟む。


 アリスの視線がロウへ向く。


「あなた……MCRを知っているの?」


「ちょっとな……。

 ノイスが連れて行かれたんなら、黙って見てるわけにはいかねえ。俺は親友だからな」


 ロウは強く拳を握る。


 アリスは小さく息をついた。


「気持ちはありがたいけど……足手まといになるわ」


 そう言って背を向ける。


「私たちは、いつもノイスくんに助けてもらってるんです!」


 ルーシーが声を上げた。


「そうだ……!」


 ロウも続く。


「今度は、俺たちがノイスを助ける番だ!」


 二人はなおも食い下がった。


「あなたたち……そこまでノイスのことを……」


 アリスの表情が、わずかに揺れる。


「フォッフォッフォ。

 二人共、若い頃のアリス君によく似ておるのう」


「マグナス先生……」


「無鉄砲で、正義感が強く、仲間思い」


 マグナスは二人を見つめた。


「二人とも。MCRは危険な組織じゃ。

 無事では帰って来れぬかもしれん。

 それでも行く覚悟はあるのか?」


「ノイスくんのためなら!!」

「あたりめえだろ!」


 二人の目は、眩しいほど真剣だった。


 その瞳に映るのは、無謀さではなく覚悟だった。


 アリスはしばらく二人を見つめ――小さくため息をついた。


 連れて行くべきではない。


 それでも、この目をした者を置いていくことの難しさを、アリスはよく知っていた。

 

「無理はしないこと。私の言うことは、必ず守ること。戦いは、できる限り避けること。危険を感じれば、すぐに逃げること」


 そして振り返る。


「それが守れるというなら……いいわ。ついてきなさい」


「絶詠の魔女様!」

「話わかるじゃねえか!」


「今は、いちいち説明している時間が惜しいわ。

 乗りなさい」


 アリスはフルートを手に取り、流れるように演奏を始めた。


「《ストーン・ドラゴン》」


 地面の岩が押し寄せ、うねり、固まる。


 巨大な岩の塊はやがて形を変え――


 数人が乗れるほどの大きさの、岩の竜となった。


「絶詠の魔女様の生魔法……なんて美しい」

「すげえ……なんだこの高度な魔法」


 ルーシーとロウが息を呑む。


「急ぐわよ……」


 アリスが前を見据える。


「マグナス先生。学園のことは任せます。

 必ずノイスを連れて帰りますから」


 三人は岩竜の背に飛び乗った。


 岩竜は低く咆哮すると、大きく羽ばたき――空へ舞い上がる。


 その時。


「あーしたちを忘れちゃダメっしょ!」

「あたしも行くわ!」


 二人の少女が駆け込んできた。


「突風よ! あーしたちを跳ばせ!」


 ユミナが風魔法を発動させる。


「《サイクロン・リープ》!」


 強風で体を押し上げ、ミレイユと共に無理やり岩竜へ飛び乗った。


 アリスが振り返る。


「あなたたちは?」


「あたしたちもノイスの仲間です! あねさん!」


 ミレイユが胸を張る。


「あーしはノイピの彼女っす!」


「「か、彼女!?」」


 アリスとルーシーの声が重なった。


「ち、違います! 絶詠の魔女様!

 この子たちはミレイユさんとユミナさん。

 私たちのクラスメイトです!」


 ルーシーが慌てて否定する。


「ルーシーちゃんさ。

 クラスメイトなんて、他人行儀な呼び方やめてよね」


 ミレイユが腕を組んだ。


「そうそう。仲間って呼んでほしいっしょ!」


 ユミナは岩竜にしがみつきながらピースサインをしている。


「ほんと面白い子たちね。

 でも、ノイスの彼女だなんて言うから驚いたわ」


 アリスはくすりと笑った。


「ノイスは、てっきりルーシーちゃんみたいな子が好みだと思ってたから」


 視線がルーシーへ向く。


「わ、わわわわ……!

 わ、私がノイスくんの……好みだなんて……!」


 顔を真っ赤にして慌てるルーシー。


 アリスはその反応に満足そうに微笑んだ。


「……さすが絶詠の魔女だ。

 もうルーシーの扱い方をわかってやがる」


 ロウがぼそりと呟いた。


「ロウくんだったわね。

 “絶詠の魔女”なんて呼ばれると、ちょっと距離を感じるから……アリスさん。もしくはアリスお姉さんって呼びなさい」


「じゃあ……アリスさんで」


 ロウは少し照れくさそうにそう呼んだ。


「よろしくです! あねさん!」


「あーしも、姉御って呼んでいいっすか?」


「姉御って……

 まあ、それでいいわ」


 アリスはこめかみを押さえながら、小さく頷いた。


「よろしくね。ミレちゃん、ユミちゃん」


 そしてルーシーへ視線を向けた。


「ルーシーちゃんも、それでいいかしら?」


「わ、私ごときが……!

 絶詠の魔女様をアリスお姉様とお呼びするなんて、恐れ多いです……!」


 ルーシーは顔を真っ赤にして俯いた。


「で、ですが……こんな機会、二度とないかもしれませんし……」


 小さく震える声で続ける。


「呼んでみたいですし……それより、こうしてお話できていること自体が……本当に夢みたいで……」


 ルーシーは小声で、ぶつぶつと呟いていた。


 その様子を見て、アリスはくすりと笑う。


「あら……本当に可愛い子ね」


 ルーシーはさらに顔を真っ赤にした。


 だが――


「なあ、それよりさ」


 ロウが真顔に戻る。


「MCRの目的ってなんなんだよ?」


 振り落とされないように岩竜の背を掴んだ。


「なんでノイスを攫うんだ?」


 アリスの表情がわずかに曇る。


「そうね……これから対峙する相手なのだから――

 少し話しておかないといけないわね」


 アリスの表情が真剣なものへと変わる。


「Mage Control Regiment――メイジ・コントロール・レジメント。略してMCR」


 アリスは短く告げた。


「魔法使いを独自の研究で兵器化し、その戦力による支配を目的としている組織よ」


「姐さん……その“独自の研究”って、

 ブラムさんが使ってた魔素増幅剤ブースターのことですか?」


 ミレイユが口を挟んだ。


 アリスは静かに首を振った。


「ミレちゃん。魔素増幅剤ブースターは……その副産物に過ぎないわ」


 一瞬、視線を落とす。


「実際はもっと――下劣で、とても口にはできないような研究よ」


 岩竜の上の空気が、重く沈んだ。

 

「そんな組織……」


 ルーシーが戸惑ったように口を開く。


「魔法協会が放っておくとは思えませんが……」


 アリスは静かに答えた。


「ええ。もちろん協会も動いているわ」


 しかし、すぐに続ける。


「でも――手を焼いているの」


 一瞬、空気が重くなる。


「そして、MCRの代表は……

 ヴォルテス・ユグドラシア。魔法協会の元会長よ」


「……とんだ大物じゃねえか」


 ロウが低く呟く。


「姉御! ヴォルテス元会長っていえば、

 学園長に並ぶ大魔法使いの一人っしょ!」


 ユミナが目を丸くする。


「そんな相手、あーしたちだけでどうにかなるんすか?」


「ヴォルテス元会長だけなら、まったく問題ないわ」


 アリスは迷いなく言い切った。


「だって、私がいるもの」


 その即答に、ユミナは思わず口角を上げる。


「さすがにすごい自信……

 頼もしすぎるっしょ」


「問題は――欠陥魔人ディフェクトマギと呼ばれる、特殊な魔法使いたちよ」


「……欠陥魔人ディフェクトマギ


 ルーシーが小さく呟く。


「申し訳ないけど、彼らの詳細はほとんど分かっていないの。

 きっとノイスを攫ったのも、彼らよ」


「では……瞬間移動を使う双子や、血の魔法を使う男性も、その欠陥魔人ディフェクトマギなんでしょうか?」


「おそらくね……」


「あのノイスを攫ったやつが……」


 ロウの表情が険しくなる。


「あの教室に来た双子ね……」


「許せないっしょ、あいつら」


 ミレイユとユミナも、対抗心を燃やした。

 

「……それと、ノイスが狙われる理由だけど、あの子は少し特殊なの」


 沈黙。


「MCRは、その力を欲しがっている」


 ロウが眉をひそめる。


「どういう意味だ?」


 アリスは小さく首を振った。


「……私から言えるのは、それだけよ」


 それ以上は触れてほしくない――


 そんな空気を、アリスは纏っていた。


 誰も、それ以上は聞けなかった。


「見えてきたわ。あそこがMCRのアジト……」


 遠くに聳えるのは、現在は使われていないように見える巨大な施設だった。


「あ、あそこが……」


 ルーシーの体がわずかに縮こまる。


「引き返すなら、今よ」


 アリスが静かに告げる。


「これから先は、遊びでは済まないわ」


「今さら引けねえよ!」


 ロウが声を張り上げた。


「ノイスに会うまではな!」


「あたしらも借りは返さないと気が済まないし」


「姉御! どこまでもついていくっしょ!」


 ミレイユとユミナも、杖を握りしめた。


「私の目の前で、ノイスくんは連れて行かれました」


 ルーシーは悔しそうに俯く。


「ノイスくんは、今まで何度も私の危機を救ってくれたんです」


 顔を上げる。


「私だって……ノイスくんの役に立ちたい!」


 少し間を置いて、小さく続けた。


「それに……会って伝えたいこともあるんです」


 物憂げな表情が浮かぶ。


 アリスはふっと微笑んだ。


「あら、青春してるのね」


 フルートを握り直す。


「それじゃ、行くわよ!」


 岩竜が大きく咆哮し、翼のように広がった岩の塊が空気を強く叩いた。


 五人を乗せた岩竜は、速度を落とすことなく――


 そのまま巨大施設へと突っ込んでいった。

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