五十話 攫われた始祖
学園内は騒然としていた。
学園中に配置されていた浮遊式の自立型魔道具が、次々と起動し、無差別に攻撃を始めた。
――パァンッ!
――パァンッ!
乾いた破裂音とともに、廊下の壁や床が弾け飛ぶ。
生徒たちの悲鳴が、学園のあちこちで上がっていた。
「ど、どうなっている!?
これは止められないのか!」
MCRの魔法使いが怒鳴る。
「くそっ、制御系統が反応しない!
大元の魔導回路が暴走している!」
「我々の魔素ではもう止めることはできない!」
占拠していたはずのMCRも、予想外の事態に動揺していた。
「これは……どういうことだ……?」
ヴォルテスの眉がわずかに歪む。
「魔導技師が失敗したのか……?」
「何をしとる! 早く学園内の装置を止めんか!」
マグナス学園長が声を荒げる。
「危害は加えぬと言ったのは、嘘じゃったのか!」
「ええい、黙れ!」
ヴォルテスが怒鳴りつけた。
「生徒を皆殺しにされたいのか!!」
マグナスは歯を食いしばり、言葉を飲み込む。
ヴォルテスはすぐに視線を横へ向けた。
「双影、暴血。
聞こえるか?」
何やら耳元の装置に声をかける。
「直ちに魔導技師の状況を確認しろ」
ヴォルテスの額に汗が流れる。
「最悪――魔導技師は切り捨てて構わん」
冷たい声で言い放つ。
「始祖の回収が最優先だ」
ヴォルテスは小さく舌打ちした。
(魔導技師には少し荷が重かったか……?)
◇◇◇◇◇
ノイスとミリアのもとへ、三人の男が駆けつけた。
ミリアはその場に座り込み、独り言をぶつぶつと呟いている。
その様子を、二人の少年が無表情に見下ろした。
双影――リオとレオ。
先ほどまで1-Aの教室を監視していた、瓜二つの双子だった。
「これは困りました。
状況が理解できません」
リオが静かに言う。
「ボス。魔導技師が錯乱しています。
戦闘不能と判断します」
レオも淡々と報告した。
「おいおいおい……これはどうなってんだ?」
男――暴血。
それは二つ名であり、同時に彼自身の名でもあった。
ブラッドは、苛立たしげに舌打ちする。
「おい、答えろよ! 魔導技師!」
乱暴にミリアの髪を掴む。
「……ぼ、僕は……今まで……何を……いやだ」
ミリアは焦点の合わない目で呟く。
「ユーリス……ユーリスぅ……」
「あーあ、ダメだな。完全に壊れてやがる」
ブラッドはミリアの髪から手を離した。
支えを失ったミリアは、そのまま力なく床へ崩れ落ちる。
額が床にぶつかり、鈍い音が響いた。
「暴血。命令にない行動は控えてください」
リオが冷静に言う。
「敵対行動とみなします」
レオも続けた。
「だああ、もう分かったって!」
ブラッドは苛立った声を上げる。
「それで? ボスはなんて言ってやがる?」
「可能であれば、対象二名を回収して任務完了とのことです」
「この状況であれば、二名とも回収可能と判断しました」
双子が淡々と答える。
「了解……」
ブラッドはノイスの傷口を見下ろした。
「こいつが本物の始祖か。
……傷が深えぞ。諦めるか?」
「ボスの指示では、生存状態での回収がマストです」
「死亡した場合、任務は失敗となります」
「処置してください」
「ああ! もう分かったって!
いちいちうるせえな!」
ブラッドは舌打ちすると、ナイフのような形状の杖で自分の手の甲を切り裂いた。
滴る血を、そのままノイスの傷口へ垂らす。
血は吸い込まれるように傷へ染み込み、裂けた肉を無理やり縫い合わせるように塞いでいった。
「これで問題ねぇはずだ」
ブラッドが切り裂いた自分の手を舐めた。
「始祖の傷も塞がった。
さっさとずらかるぞ」
リオとレオは互いの手を繋いだ。
「それでは、全員で転移します」
「こちらへ来てください」
二人は空いた手を差し出した。
◇◇◇◇◇
ロウとルーシーは、急に走り去った双子の後を追っていた。
「ロウくん! 本当に追っていって大丈夫でしょうか?」
「わかんねえ! でも、嫌な予感がすんだ!」
二人は廊下を駆け抜ける。
だが――
すぐに双子の姿を見失ってしまった。
「ちくしょう……! どこ行きやがった!」
ロウが舌打ちする。
「大丈夫です。魔素の痕跡を覚えました」
ルーシーは静かにフルートを構えた。
優しい音色が、廊下に響く。
「《ウィンド・キャット》」
風が集まり、小さな獣の姿を形作る。
風獣は地面へ鼻を近づけ、匂いを嗅ぐような仕草を見せた。
そして――
迷いなく走り出す。
「それに、ノイスの姿が見えねえのも気になる!」
ロウが風獣の後を追いながら叫ぶ。
「急ぐぞ!」
「はい!」
風獣は迷いなく廊下を曲がり、人気のない搬入口の方角へ駆けていく。
◇◇◇◇◇
「さあ、早く」
「手を取ってください」
リオとレオが同時に手を差し出す。
「こんなんで瞬間移動できるのか? 便利な魔法だな」
ブラッドが二人の手を取ろうとする。
「便利ではありません」
リオが淡々と答える。
「レオの“短距離を瞬間移動する魔法”と」
「リオの“近くの物体を転移させる魔法”を組み合わせたものです」
「二つの魔法を重ねて発動させる必要がありますので、発動までに時間がかかります」
「さらに魔素を大量に消費するため」
「転移後は、しばらく魔法が使用不能になります」
「その点、ご理解ください」
「ああ、もうわかったから!
交互に話すな! うざってぇ!」
ブラッドが肩を回す。
「まあ、後のことは俺に任せろ」
そしてブラッドは、ニヤリと笑った。
「アジトまで一気に飛ばしやがれ!」
――その時だった。
廊下の奥から、二つの足音が聞こえてくる。
「っち。こんなとこまで追手か。
付けられたな双影」
ブラッドが振り向く。
「ノイスくん……?」
「おい! ノイスなのか!!」
そこには、走って追ってきたルーシーとロウの姿があった。
ぐったりと肩に担がれているノイスを見て、ロウは歯を食いしばった。
「ロウくん、見てください!
魔道具作成部の先輩までいます!」
ルーシーはフルートを構える。
「ボス。二名の生徒に発見されました」
リオが冷静に言う。
「僕たちの転移魔法発動までは時間がかかります。
暴血、時間を稼いでください」
レオがブラッドを見る。
「転移魔法……だって!?」
ロウの目が鋭くなる。
「ノイスを攫うつもりか!
そんなことさせてたまるかよ!」
杖を振り上げる。
「業火の炎よ! 敵を撃ち抜け!
《ファイヤー・ボール》!」
轟音とともに、炎弾が放たれた。
「くそ……めんどくせえな」
ブラッドが舌打ちする。
「血よ、盾となれ――
《ブラッド・シールド》」
ブラッドはナイフのような杖で腕を刺した。
腕から勢いよく流れ出た血が空中で広がり、盾を形作る。
――ボォン!
炎弾は血の盾に触れた瞬間、飲み込まれるように消えた。
「なんだよ……あの魔法はよ!」
ロウが目を見開く。
「私も見たことがありません……
特殊な水魔法に該当するのでしょうか?」
ルーシーがフルートを構える。
「なれば、これならどうですか!」
澄んだ音色が廊下に響いた。
「《サンダー・スパロー》」
雷でできた小さな鳥が、空気を裂いて飛び出す。
だが――
雷鳥はそのまま血の盾へ突っ込み、
ゆっくりと呑まれるように消えた。
「あの魔法は……水魔法とはまるで違います」
ルーシーが息を呑む。
「おい! まだか?」
ブラッドが暇そうに耳をほじる。
「こいつら、弱すぎて退屈だわ」
「なんだと……」
ロウの目が燃える。
「ノイスを返せよ!
転移するならノイスは置いていけ!」
「ああ、いい加減うるせぇな」
ブラッドが首を傾げる。
「殺すぞ……」
「暴血。
転移準備、間もなく完了します」
レオが続けた。
「やらせるかよ!」
ロウが杖を構える。
「蒼炎よ――」
「……血よ」
ブラッドが手をかざす。
「突き刺せ。
《ブラッド・ニードル》」
血の盾が波打つ。
「いけないっ! ロウくん!」
ルーシーが叫ぶ。
無数の細い血針が伸び、ロウとルーシーへ襲いかかった。
――ヒュンッ!
その瞬間、風が走る。
ルーシーの《ウィンド・キャット》が体当たりし、血針の軌道をずらした。
「……ぐっ!」
「んっ……!」
急所は外れたが、鋭い針が二人の身体を掠める。
「へぇ……そこの女。
やるじゃねえか」
ブラッドが感心したように呟いた。
「でも、そっちの男はまるでダメだな」
その時――
彼らの足元に、魔法陣が広がる。
「これが転移か……」
ブラッドが魔法陣の光を目で追う。
「初めて見るぜ」
「おい! 待てよ!
そこの血液野郎!」
ロウが叫ぶ。
「ノイスを返しやがれ!」
「ノイスくん! 起きてください!!」
ルーシーも必死に叫ぶ。
だが、ノイスはぴくりとも反応しない。
「残念だったな、時間切れだ」
ブラッドがノイスを担ぎながら、二人を嘲笑った。
「ノイス!」
ロウは踏み込もうとした。
だが、先程の得体の知れない血の魔法が脳裏をよぎり、足がすくむ。
その一歩だけが、どうしても出なかった。
「ち、ちくしょう!!!!」
――シュンッ!
光が弾け、彼らの姿は跡形もなく消えていた。
「ノイスくん!!!」
ルーシーの叫びだけが、虚しく響いていた。




