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四十九話 見覚えのある傷

 ミリアの装備型魔道具フルドライブの両腕から展開された鉤爪が、赤く光を反射する。

 

 ミリアがノイスを真っ直ぐに見据えると、その姿が弾けるように消えた。


 そして、その大きな鉤爪はノイスの眼前へ迫っていた。


「何度やっても結果は同じ――」


 だがノイスの展開した土盾は、あっさりと切り裂かれた。


 そのまま鋭い一撃が左腕を掠める。


 制服が裂け、赤い線が滲む。


「この鉤爪はね、MCRさん提供の秘密兵器なんだ」


 ミリアは楽しそうに言う。


「自らの魔素を流すことで、相手の魔素を断ち切る魔道具。

 僕にピッタリですごいよね!」


 ノイスは掠められた腕に視線を落とした。


 鉤爪に触れた部分だけ、全身を覆っていた防御用の魔素が綺麗に断ち切られていた。


「先輩がMCRに加担するなんて……」


 ノイスの声に、わずかな痛みが混じる。


 だが、ミリアは止まらない。


「あはは! 抵抗しないとコマ切れになるよ!」


 勢いのまま、鉤爪が再びノイスへ襲いかかる。


 ノイスは次々と盾を展開する。


 土盾。炎盾。風盾。雷盾。水盾。氷盾。


 ――しかし。


 そのすべてが、紙切れのように切り裂かれた。


「さすがにそれはまずいかも……」


 これでは、盾で受け続けることはできない。


 つまり時間を稼ぎ、ミリアの消耗を待つこともできない。


(この状況を打開するには、先輩を装備型魔道具フルドライブごと吹き飛ばすしかない)


 ノイスは炎魔法を放とうと、ミリアへ手をかざし、魔素を溜める。


 魔法を放つ寸前で頭に浮かぶのは、先輩と放課後に魔道具を作っていた日々。


 そそっかしいけれど、魔道具への好奇心は人一倍で、いつもいろんな表情を見せてくれた先輩。


 いたずらっぽく、それでいて少年のように曇りのない笑顔で笑う先輩。


 もし先輩を、装備型魔道具フルドライブごと吹き飛ばせば、無事では済まないかもしれない。


「……僕にはできない」


(ごめんなさい、師匠……。僕は……)


 ――ザシュッ!


 構えた手を引っ込めた、その瞬間。


ミリアの鉤爪が、ノイスの身体を捉えた。


「……っ!」


 制服が大きく裂け、赤い飛沫が散る。


 衝撃に身体が揺らぎ、ノイスはそのまま力なく膝をついた。


 支えを失った身体が、床へ倒れ込む。


 重い沈黙が、部屋に落ちた。


「……ノイス君」


 ミリアの声が、小さく震える。


「なんで今、魔法撃たなかったのさ」


 鉤爪の先から、ノイスの血がぽたりと滴った。

 

「どうして……

 どうして僕なんかに情けをかけるのさ!」


 ミリアは叫ぶ。


「こんなんじゃ……勝ったことにならないよ……」


 目の前には、血を流して倒れ込むノイス。


 ずっと欲しかったはずの勝利の光景。


 それなのに、胸の奥には何一つ満足感がなかった。


 装備型魔道具フルドライブがクールダウンで煙が吹く。


 視界が、涙で歪む。


「う、うう……」


 声が震える。


「全然、嬉しくなんてないよ……」


 ミリアは、倒れ込むノイスを見つめた。


 破れた制服から腹部が露わになっていた。


 痛々しい切り傷から血が滲んでいる。


「僕は……間違ってるのかな……」


 震える声が漏れる。


「こんなことで、ユーリスは救われるのかな……」


 ミリアの視線が、ノイスのはだけた腹部へと落ちる。


「……っ。う、うそ……」


 ミリアの呼吸が乱れる。


 喉の奥が締め付けられたような感覚になり、息が苦しい。


 涙で歪んだ視界を、乱暴に手で拭う。


 だが、視界はまだ揺れている。


「そんな……」


 もう一度、ノイスの脇腹へと目を凝らす。


 見間違いではないかと、何度も確かめるように。


 心臓の鼓動が早まり、胸が締め付けられる。


 呼吸は浅く、喉がひどく渇いていた。


「この傷……」


 それは今付いた傷ではなく、古い傷跡。


 その古傷には確かな見覚えがあった。


 ミリアは装備型魔道具フルドライブの右腕部をパージする。


 震える手で、ノイスの傷へと触れた。


 本物かどうか、確かめるように。



◇◇◇◇◇

 


 ――それは、ミリアの遠い記憶。


「ミリアお姉ちゃん! 危ないよ!」


 ガーナウス地方の小さな村。


 自然だけは豊かで、他には何もない場所だった。


 子どもたちが遊べる場所も限られていて、川や森で遊ぶのがいつものこと。


 ミリアは小さい頃から、じっとしていられない活発な少女だった。


「ユーリスはビビりだから、木登りもできないんだ!」


「ミリアお姉ちゃん! もう帰ろうよ」


 ユーリスは、ミリアのひとつ下の男の子。


 同じ村に住む、数少ない歳の近い子どもで、いつもミリアの後ろをくっ付いて歩いていた。


「ユーリス、ひとりで帰ればいいでしょ!

 僕はもっと高く登るんだ!」


 意気揚々と、さらに高い枝へ手を伸ばす。


「……あっ」


 枝は腐っていたのか、あっけなく折れた。


 バランスを崩したミリアは、そのまま木の下へと落ちていく。


 ――ドスン!


 ミリアが落ちた先には、ユーリスがいた。


 その小さな身体が、下敷きになっていた。


「いてて……あれ?」


 顔を上げたミリアは、すぐに異変に気づく。


「ユ、ユーリス!

 ねえ! ユーリス!」


 ユーリスは、目を開けない。


 落下した衝撃で折れた枝が、脇腹に深く刺さっていた。


「そんな……僕のせいで……」


 声が震える。


「誰か! 誰か助けて!!」


 その後、大人たちが二人を見つけ、なんとか事なきを得た。


 落ち着いたあと、ミリアはようやく気づいた。


 自分の落下地点にたまたまユーリスがいたのではない。


 ユーリスが――


 落ちてくる自分を受け止めようとして、自ら下敷きになったのだと。


 忠告も聞かずに木に登った自分を守ろうとして傷を負ってしまったユーリスに、どう向き合えばいいのかわからなかった。


 ミリアは、村の治療院に運ばれたユーリスに一度も会いに行くことができなかった。


 ある日――


 ユーリスは退院すると、すぐにミリアのもとに訪れた。


 怖かった。


 自分を助けるために、ユーリスに怪我を負わせてしまった。


 それなのに、気まずくてお見舞いにも行けなかった。


 きっともう、口も聞いてくれない。


 そう思うと、胸がぎゅっと苦しくなった。


「ミリアお姉ちゃん……」


「ユ、ユーリス。

 ぼ、僕――」


 言葉が続かない。


 早く謝らなきゃ。


 ありがとうも言わなきゃ。


 なのに、罪悪感で喉が詰まって、声が出なかった。


(僕は……最低だ)


 だが、次の瞬間。


 ユーリスは、ミリアにぎゅっと抱きついていた。


「よかった。ミリアお姉ちゃんが無事で」


 小さな声で言う。


「僕、すごく心配しちゃったよ」


 その言葉は、ミリアを責めるものではなかった。


 自分の傷よりも――


 ミリアの無事を、心から喜ぶ言葉だった。


「ご、ごめんね……ユーリス。

 お見舞い行けなくて……」


 ミリアは、堪えきれず涙をこぼした。


「僕を守ろうとして、怪我しちゃったのに。

 でも、守ってくれて……ありがと」


 ユーリスは抱きしめたまま、優しくミリアの背中をさすった。


 落ち着いたころ、ミリアはユーリスに怪我の具合を尋ねた。


「ユーリス……お腹の怪我、大丈夫なの?」


 ユーリスはためらうことなく、服をめくって傷跡を見せた。


 そこには、痛々しい傷が残っていた。


「もう大丈夫!

 跡は残っちゃうかもしれないみたいだけど」


「ユーリス……ほんと、ごめんね」


 また涙が込み上げてくる。


 するとユーリスは、にっと笑った。


「ううん!

 僕、この傷好きなんだ!」


 胸を張って言う。


「だって、ミリアお姉ちゃんを守った――

 栄誉ある傷だから!」


 そして、少し照れくさそうに言った。


「だから、もう泣かないで。ミリアお姉ちゃん」


 ユーリスは小さな手でミリアの頭を撫でた。

 

「えへへ。ユーリスに傷を残しちゃったからさ。

 もしお嫁さんが見つからなかったら、僕がお嫁さんになってあげる」


「ああ! ダメだよ!」


 ユーリスは慌てて首を振る。


「そういうのは、僕からミリアお姉ちゃんにちゃんと言わないとダメなんだ!」


 悔しそうに頬を膨らませるユーリス。


 その時の顔を、ミリアは今でも鮮明に覚えている。



◇◇◇◇◇

 


 ――そして今。


 ミリアの目の前には、同じ場所に傷を持つ少年が倒れていた。


「どうして……どういうこと……?」


 震える声が漏れる。


「なんで……なんでよ……!」


 ミリアは首を振る。


「この子は……ユーリスなの?

 それとも……ノイス君なの?」


 記憶が、ぐちゃぐちゃに絡み合う。


「ユーリスは、絶詠の魔女に消されたはずで――」


 呼吸が浅くなる。


「この子はノイス君で……」


 震える手で、ノイスの脇腹に触れた。


「でも……この傷……

 僕が見間違えるはずがない……」


 頭を抱え、その場に崩れ落ちる。


 横たわるノイスから溢れる血。


「どうしよ……さっきの傷……」


 血の匂いが、鼻についた。


「思ったより深い……」


 声がかすれる。


「誰か……助けて……」


 ミリアの感情は完全に崩れていた。


 ぐちゃぐちゃに絡まった感情に呼応するように、魔素が暴れ出す。


 ミリアの制御を離れた魔素が、遠隔接続された浮遊式の自立型魔道具オートマタへ一斉に流れ込む。

 

 次の瞬間――


 学園中に配置されていた浮遊式の自立型魔道具オートマタが、一斉に暴れ始めた。

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