四十八話 鋼色のラブレター
学園中が混沌に包まれる中、ノイスはある場所へと足を運んでいた。
「……やはり、ここにいましたか」
魔石や素材が並ぶ部室の奥。
そのさらに奥にある搬入口。
扉の向こうから漂ってくるのは、鼻にまとわりつくような金属と油の匂い。
学園には似つかわしくない――鋼の装甲がいくつも並べられていた。
その中に、ひとりだけ。
場違いな青いショートカットの少女が、身体を揺らしながら立っている。
「お久しぶりです……ミリア先輩」
少女はゆっくりと振り返り、にっこりと笑った。
「さすが、ノイス君!
一目散にここに来るなんてね!」
「学園を包囲している浮遊式の自立型魔道具……
あんなものが作れるのは、先輩くらいですから」
ミリアは威張るように胸を張った。
「あはは。僕のラブレター、ちゃんと見つけてくれたんだね」
「あれがラブレターですか……」
ノイスは苦笑する。
「随分、色気のないラブレターですね」
一歩、ミリアへと近づく。
「正直言うと、ここに来るまで……何かの間違いだったらいいなって思ってました」
ノイスは眼鏡を押し上げながら、静かに続けた。
「先輩の作る魔道具が、こんなことに使われているなんて……」
「ノイス君」
ミリアは小さく首を傾けた。
「それは違うよ」
その笑顔は変わらない。
「こんなことのために作られたんだよ」
ノイスは足を止める。
「……僕は、非常に残念です」
ノイスは静かに言った。
「先輩と一緒に魔道具を作るの、好きでしたから」
「好きだなんて……ノイス君」
ミリアは頬に手を当てる。
「先輩、照れちゃうよ」
嬉しそうに身体を揺らした。
「でもね、ノイス君」
くすりと笑う。
「僕、君に感謝してるんだ。
自立型魔道具は、君がいなかったら完成しなかったからね」
ミリアは手を後ろで組み、その場でくるりと回った。
「それでね……ついでに、もうひとつお願いがあるんだ」
ミリアは軽い口調のまま続ける。
「僕と一緒に来てほしいんだ」
「……どこへ連れていくつもりですか?」
「そんなのどこでもいいじゃない」
照れたように笑う。
「二人で出かければ、どこだってデートになると思わない?」
ミリアの目が細くなる。
「すみません。
よくわからないので、要件だけ先に聞かせてください」
「君を人質にして、人殺しの魔女を誘き出すんだ」
ミリアは、曇りのない顔でさらりと言い切った。
「……僕を捕まえたところで、師匠が来るとは限りませんよ」
「いや……絶対に来るよ」
ミリアは楽しそうに、その場で軽くスキップする。
「君は唯一の――」
くるりと振り返り、笑った。
「魔女の弱点だからね」
そう言いながら、ミリアはゆっくりと装備型魔道具を装着し始める。
金属が噛み合う音、ベルトを固定する音が静かな空間に響いた。
「それが先輩のデート服……というわけですか」
「おお!
上手いこと言うね、ノイス君!」
ミリアは元気よく指をさした。
「僕は思ったんだ……。
君に罪はない。ただ、人殺しの魔女の弟子ってだけ」
手足の装甲を、しっかりと固定していく。
「ノイス君とは、できれば戦いたくないの。
大人しくついて来てくれないかな?」
「先輩のお誘いは嬉しいですが……
僕も師匠にはとてもお世話になっているので、迷惑はかけたくないんです」
「そっか……それは残念だ」
ミリアは装甲の装着が終わり、外れないか腕を振ってみせた。
「じゃあ、装備型魔道具を使わなきゃいけないね」
装備型魔道具が起動し、埋め込まれた魔石が鋭く光を放つ。
「先輩、全然残念そうに見えないですよ?」
「えへへへ。そう見えるかな?」
ミリアは嬉しそうに笑った。
「ノイス君に装備型魔道具をお披露目できるのが嬉しいのかも!」
装着した装備型魔道具の動作確認をするミリア。
「したことないから、わかんないけどさ!
これってさ、初デートのために気合い入れておしゃれしてきた時の気分に近いのかも!」
「いや、全然違うと思いますよ」
ノイスは即答する。
「先輩は、ただの戦闘狂だと思います」
「そう……」
その瞬間――
ミリアの姿が、視界から消えた。
――ガシャン!
ノイスは瞬時に土盾を展開し、ミリアの一撃を受け止める。
「あはは……これを受け止めるなんて。本当に人間?」
「そんなものを作るミリア先輩も、よっぽど人間離れしてますよ」
距離を取った瞬間――
後方から狙撃。
ノイスは即座に土盾を出し、弾丸を受け止めた。
「これでもダメか……」
ミリアが指を鳴らす。
「自立型魔道具三号・狙撃」
「この威力……普通に直撃したら、死にませんか?」
「あははは。そうかも!
できる限り出力を上げてるからね」
ミリアはあっさり言う。
「直撃したら死んじゃうかも。
だから、頑張って防いでね」
再びミリアが接近する。
ノイスは風魔法を足に纏わせ、後方へ跳んだ。
だが――
ミリアは、その移動を読んで先回りしていた。
――ガキンッ!
土盾で攻撃を受け止める。
直後――再び後方からの狙撃。
――ヒュン!
さらに、刃を備えた自立型魔道具が回転しながら襲いかかった。
ノイスは炎魔法を放ち、それを吹き飛ばす。
「ああ! 自立型剣魔道具五号が!」
ミリアが慌てて声を上げる。
「ちょっと、ノイス君っ!
作るのにどれくらい苦労したかわかってるの?」
「……もうやめましょう、先輩。
これ以上は、先輩の大事な魔道具を壊してしまうだけです」
ミリアは俯いたまま、ぽつりと零した。
「……そうやって僕を見下してさ」
ミリアの笑顔が消える。
声は小さいのに、妙に重かった。
「ノイス君は、魔道具がなくったってこんなに強いんだもん」
握った指先に、じわりと力がこもる。
「僕が必死に自立型魔道具を作っていた時も、どうせ心の中では馬鹿にしてたんでしょ」
「そんなことありません」
ノイスはすぐに否定した。
「魔道具に向き合ってる先輩は、すごく素敵でした」
「……なにさ」
ミリアの肩が小さく震える。
「そんなこと……軽々しく言わないでよ!!」
勢いよく顔を上げる。
「その余裕な態度……
いい加減、うざいよ?」
怒りと悔しさ、そしてわずかな照れが混ざった声だった。
「君を……意地でもギャフンと言わせたくなったよ」
魔石が、一斉に赤く輝いた。
装備型魔道具の両腕から、大きな鉤爪が金属音とともに展開された。
「どうしたら……大人しく退いてくれますか?」
「もういっそさ」
ミリアが楽しそうに言う。
「一緒に人殺しの魔女を殺さない?」
「それは……無理です」
ノイスは淡々と答えた。
「気持ち的にも、実力的にも」
「あはは。参ったなぁ」
ミリアは肩をすくめる。
「魔女は君よりも強いってこと?」
「僕と先輩と……ついでにルキウスさんがいて、
三人でも勝てませんよ」
「そっか……それなら、余計君に手こずってる場合じゃないね」
ミリアの装備型魔道具が、低く唸り声を上げた。
「これからが本番だよ」
両腕に展開された大きな鉤爪が不気味に光った。




