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四十七話 抑えられた学園の二大戦力

 ――学園執務室。


 ノイスが出て行った直後、学園では黒ローブの集団による占拠が始まっていた。


「いったい、何が起こっている」


 ルキウスは考えるより先に杖を掴み、飛び出そうとして――すぐに足を止めた。


「はあ……最近はこの執務室に侵入者が多いな。

 セキュリティを強化せねばいかんな」


 その視線の先。


 執務室の中央に――


 一人の人物が立っていた。


 黒ローブ。

 深く被ったフードで影になり、顔を隠している。


 その周囲だけ、空間がわずかに歪んでいた。


「無断侵入とは、礼儀がなっていないな」


 ルキウスが静かに言う。


「ここはアスカナティア魔法学園。

 学びの場だ。魔法を学ぶ気がないのなら、即刻、立ち去れ」


「……そうですか」


 黒ローブの男は、肩をわずかに揺らした。


「学ぶつもりはあったんですけどねぇ」


 男はゆっくりと頭を傾ける。


「……なに?」


「なんでもありませんよ……ルキウス・ファンフォルド」


 その瞬間、床の影がゆらりと揺れた。


「ほう?

 私を知っていて、ここに一人で来たのか……」


 ルキウスの瞳が細くなる。


「よく知っていますよ。

 あなたを、あの日から忘れたことは一度もありません」


 ルキウスの杖に白い光が集まる。


「ダメですよ、ルキウス。

 いきなり攻撃なんかしては……」


「お前とここで話している暇などない」


 ルキウスの声は冷たい。


「『学園のみんなを助けに行かなくては』……って考えていますね?

 相変わらず、反吐が出るような男です」


 男は歪な形の杖を器用にくるくると回しながら笑った。


「本当はですね。

 今すぐここで殺してあげたいんですが、荒事は控えるように言われてますので……」


 男は肩をすくめた。


「見ての通り、学園はすでに占拠されてます。

 あなたが敵対行動を取るのなら、学園の生徒たちを殺します」


「……つくづく趣味が悪いな」


「まあ、なんとでも言ってください」


 男は楽しそうに笑う。


「もっとも、あなたが抵抗したところで結果は変わりませんが」


「なんだと?」


「組織はこの学園の情報をすべて掌握しています。

 在籍生徒、教師、結界、警備配置――すべてです。

 これがどういう意味かわかりますか?」


「……」


 ルキウスは答えない。


 黒ローブの男は、しばらく黙っていた。


 そして――


「……く」


 喉の奥から、奇妙な笑い声が漏れた。


「く、くく……あは……あははははははっ!」


 先程までのねっとりとした口調とは違う。


 まるで、抑えていたものが壊れたような笑い方だった。


「馬鹿だから、わからないか」


 男は肩を震わせながら、歪な杖をくるりと回す。


「今、私たちが無造作に散っているように見えるでしょう?」


 声は、もう元の調子に戻っていた。

 

「ですが……学園の誰が、どんな抵抗をしても制圧できるように、

 完璧な陣形が組まれているんです」

 

 ルキウスの眉がわずかに動く。


「つまり――」


 男はゆっくりと指を立てた。


「あなたがここで何をしても、私一人で対応できると――

 組織はそう判断しているということです」


「大した自信だな」


 ルキウスは小さく笑った。


「だが……言っていることと、やっていることがまるで違うぞ?」


 男の肩がわずかに動く。


「私より実力が上だと言う割には、他の生徒たちを盾にしている」


 杖を肩に担ぎながら続ける。


「卑怯かどうか以前に――矛盾しているとは思わないか?」


「あははは……

 荒事は控えるように言われてるんですけどねぇ」


 男は肩を揺らして笑った。


「まあ、少しくらいなら構いません」


 ゆっくりと腕を広げる。


「あなたでは私に勝てないと――証明してあげますよ」


 黒ローブの男は一歩前に出た。


 そして、まるで歓迎するように両手を広げる。


「さあ、好きに撃ってきなさい」


 その姿は、完全に無防備だった。


「その寛大さには感謝しよう」


 ルキウスの杖に光が集まる。


「閃光よ! 我が意思に従い、収束し、焼き尽くせ!」


「《フォトン・レーザー・エクリプス》」


 幾重にも重なった光線が収束し、巨大な閃光となって黒ローブの男を包み込んだ。


 執務室が白く染まる。


「……やつが自信過剰で助かった」


 ルキウスは息を吐く。


「すぐにみんなを助けに行かなくては」


 扉へ向かおうとした、その時――


「自信過剰なのは……どちらかな?」


 光で焼き払われたはずの場所に黒い闇が広がっている。


「確実に捉えたはずだ……!」


 黒ローブの男は闇から這い出るように姿を現した。


「暗黒よ! 渦巻き、呑み込め……」


「《ダークネス・ストーム》」


 黒い渦が爆ぜるように広がった。


「閃光よ! 我を守れ!」


「《フォトン・シールド》」


 ルキウスも瞬時に光盾を展開する。


 しかし――


 闇の渦に触れた瞬間、光盾は瞬時に輝きを失った。


「なにっ!

 私の光が――」


 ――ブウォン!


 闇の奔流に飲み込まれ、ルキウスの身体が宙へ弾き飛ばされる。


 床へと叩きつけられ、転がった。


「……私の闇魔法は、どんな光でも呑み込む」


 黒ローブの男の周囲で闇が渦巻く。


「グッバイ……ルキウス・ファンフォルド」


 ニヤリと微笑む。


「時が来るまで、そこで大人しく寝ていてください」


 黒ローブの男は倒れたルキウスを見下ろしながら、両手に深い闇を宿していた。



◇◇◇◇◇

 


 ――学園長室。


「やってくれたのう」


 マグナス学園長が静かに呟いた。


 その背後には、黒ローブを羽織った男が立っている。


「大人しくしていろ……マグナス」


 低い声が返る。


「MCRを率いていたのは、やはりお前だったか……」


 マグナスは振り返ることなく言った。


「ヴォルテス・ユグドラシア……魔法協会・元会長」


 黒ローブの男がフードをかき上げる。


 現れた顔には、薄い笑みが浮かんでいた。


「気付かれていたか……」


 ヴォルテスが肩をすくめる。


「老いても、その目は誤魔化せんようだな、マグナス」


 フードの下から現れたのは、白髪の老人だった。


 だがその鋭い眼差しと険しい表情からは、年齢を感じさせない。


「お前もわしと大して変わらんじゃろが」


 マグナスはゆっくりと振り返り、ヴォルテスを睨みつけた。


「学園の長となって腑抜けておる貴様とは、歳の重ね方が違うのだ」


 ヴォルテスは鼻で笑う。


「ただの思い出話をしに来たにしては、随分と手厚い歓迎じゃな」


 そう言いながら、立派な白い髭を撫でる。


「ふははは。大歓迎だとも」


 ヴォルテスの口元が歪む。


「世界が変わる日に立ち会えるのだからな」


 二人の間に、濃密な魔素が満ちていく。


 空気が重く沈み、肌を刺すような圧力が広がる。


 今にも爆発しそうな、張り詰めた緊張がその場を支配していた。


「何もするな……マグナス。

 学園の各所にはすでに先鋭を配置してある。

 外を囲む浮遊魔道具も、こちらの意思ひとつでいつでも起動できる」


「随分なものを持ち込んだのう」


 マグナスは目を細める。


「マグナス……貴様にも感謝せねばならんな」


 ヴォルテスが口元を歪めた。


「制圧に便利なおもちゃを持ち込んでくれたのは――

 アスカナティア魔法学園の優秀な生徒だ」


 マグナスの顔がわずかに歪む。


「生徒にちょっかいを出しておることは知っていたが……

 いい加減やめてくれんかの」


 低い声で続ける。


「未来ある若者たちをたぶらかすのは」


 ヴォルテスは軽く鼻で笑った。


「何を言っている?」


「若いからこそいいのだ。

 言葉ひとつで、いくらでも思い通りに動く。

 自分たちの価値にも気づかぬままにな」


 マグナスの瞳が鋭く光る。


「……わしの学園の大事な生徒に手を出したんじゃ」


 ゆっくりと言い放つ。


「このままで済むと思うなよ」


 温厚だった学園長の気配が消える。


 肌がひりつくほどの殺気が、学園長室を満たす。


「……先ほどの言葉は訂正しよう。

 その鋭い魔素……少しも老いてはいないな、マグナスよ」


 ヴォルテスの額に、冷たい汗が伝う。


「時は満ちた。

 盤面も揃った。これで世界は変わる」


「……何が目的じゃ」


 マグナスは殺気を緩めることなく問い返す。


「貴様なら、見当はついているのだろう?」


 ヴォルテスの口元が歪む。


「貰っていくぞ。

 始祖オリジンノイス・ノーチラスを」


「やはり、か……」


 マグナスは小さく息を吐いた。


「彼も学園の大事な生徒の一人じゃ。

 お前のようなイカれたジジイに渡すわけにはいかんのう」


 ヴォルテスは小さく笑う。


「くふふ、生徒か……」


 ゆっくりと首を振った。


「彼は、もはや人という枠に収まる存在ではない」


 その目が、狂気を帯びて光った。


始祖オリジン――まさしく神に最も近い存在だ」


「彼が本来の形で運用されれば、

 こんなちっぽけな学園も、ハリボテの魔法協会も必要なくなるというのに……」


 マグナスは、挑発するように笑った。


「果たして……お前さんの思い通りに事が運ぶかのう」


 ヴォルテスは満足そうに口元を歪める。


「今日この日のために、学園の情報を集め、段取りを組み、必要なピースもすべて揃えた」


 ヴォルテスは、ゆっくりと両手を広げる。


「そして……我々には、彼を手に入れるための“秘密兵器”がある」


 その口元に、これ以上ないほど邪悪な笑みが浮かんだ。

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