四十六話 不気味な双子
――1-Aの教室。
突然開いた扉に、生徒たちは一斉に振り向いた。
そこに立っていたのは、
黒ローブを纏った二人の少年だった。
小柄な体格。
まだ幼さの残る童顔。
濃い紫色の髪を揃いの髪型に整えた、瓜二つの少年たち。
片方は黄色の瞳。
もう片方は赤い瞳。
黒ローブさえなければ、ただの愛らしい双子に見えたかもしれない。
だが――
その瞳には、感情がない。
「こんにちは、みなさん」
黄色の瞳の少年が、にこりと微笑む。
「1-Aの皆さんですね」
赤い瞳の少年も、全く同じ笑顔を浮かべた。
「僕たちは、双子のリオとレオと申します」
その声は丁寧で、柔らかい。
しかし――
教室の空気が、凍りついた。
背筋に冷たいものが走る。
にこやかなのに、目はまったく笑っていない。
スコルドがすぐに杖を構える。
「なんだ、お前らは?
この学園は、部外者は立ち入り禁止だ」
双子は同時に首を傾げた。
まるで同じ人形のように。
「やめておいた方がいいですよ。
スコルド先生」
黄色い瞳のリオが静かに言う。
「……なぜ、俺の名を知っている?」
スコルドの額に、嫌な汗が浮かぶ。
「学園の情報はすべて把握しております」
赤い瞳のレオが淡々と答えた。
「あなたが魔法を唱えるより前に、ここの教室にいる生徒は数名死にます」
リオが杖を構える。
「よく考えて行動した方がいいですよ。
騒がなければ、危害を加えるつもりはありません」
レオも杖を構える。
「おいおい……急に来て、何言ってんだ? こいつら」
ロウが目を丸くする。
「……穏やかではありませんね」
ルーシーもフルートに手を伸ばそうとしたが、二人の視線を感じて体が動かない。
「ちなみに、他の教室や学園施設もすでに占拠されています」
レオが続ける。
「このクラスが勝手な行動を起こせば、
他の場所では虐殺が始まるかもしれません」
その言葉には、一切の感情が感じられなかった。
「ちょ……ミレイユ……。
あの黒ローブ、見覚えあるっしょ」
ユミナが小声で囁く。
「あ、あの黒ローブは……MCR……」
二人は黒ローブの姿を見て、すぐに思い出した。
――殺されかけた、あの日のことを。
「僕たちの任務は、この教室を監視することです。ある目的が達成されるまではここを離れません」
リオが淡々と言う。
「僕たちの使命は、その命令を遵守することです」
レオも続けた。
明らかに異常な雰囲気の二人に、教室は静まり返った。
「なんでこんな大事な時にノイピいないの……」
ユミナが小声で呟く。
「そうよ……ノイスがいてくれれば、こんなやつら……」
ミレイユも歯を食いしばる。
ノイスの強さを知っている二人は、どうにかこの状況をノイスに伝えられないか考えていた。
「ルキウスに連れて行かれたから中央塔の方ね」
二人は顔を見合わせ、一気に駆け出す。
しかし――
教壇にいたはずのレオが、目の前に立っていた。
いつの間に移動したのか、誰にも見えなかった。
道は完全に塞がれていた。
「動かないでください、と言ったはずです」
レオが静かに言う。
「え、えっと……その……」
ユミナが引きつった笑顔を浮かべる。
「あーしたち……その……トイレ行きたくて」
「そ、そうそう!」
ミレイユも慌てて頷く。
「もう限界なんですよ!
あたし、ほんとに漏れそうで……」
レオは無表情のまま二人を見下ろした。
その瞳には、まったく感情がない。
空気が凍る。
「そうでしたか。
それは、配慮が足りず申し訳ありません」
口を開いたのは、もう片方の双子のリオであった。
「では、どうぞ」
――ドン!
二人の目の前に、突然バケツが二つ現れた。
「う……嘘っしょ?
どうやって……」
何もない空間から急に現れたバケツに、ユミナは奇妙さを覚えた。
「今、どっからバケツを出しやがった?」
ロウが鋭い視線で双子を観察する。
「それもありますが……もう一人のさっきの動き、まるで瞬間移動でした」
ルーシーが冷静に分析する。
「ま、待ってよ。あたしたちも年頃の乙女だから、さすがに教室でみんなの前っていうのはね……」
二人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「それは、困りました。
あなたたちが、教室を出ることは許可されていません」
レオが答える。
「でも、用を足すことは許可します」
リオも続けた。
「ちょ……ちょっと!
全然話通じないんですけど!」
ミレイユが頭を抱える。
「もし……先程の用を足したいというのが嘘だった場合――
反逆行動として認識します」
レオが杖を構える。
「僕たちはここで監視をする役目があります。
早く用を済ませてください」
リオも杖を構えた。
(なにこれ……いきなり人生最大のピンチっしょ)
(あたしたちって、もしかして……ここでおしっこするか、死ぬかの二択を迫られてる?)
二人は視線を送り合う。
(あたしは絶対無理! ユミナならそのくらい平気でしょ?)
(いやいやいや、平気なわけないっしょ!
あーしをなんだと思ってんのさ?)
「あ、あの……引っ込んじゃったっていうか、
もう大丈夫っていうか……」
ミレイユが必死に誤魔化す。
「あーしも……トイレ我慢できるくらいだったの、忘れてたっしょ」
ミレイユとユミナはゆっくりと席の方へ戻ろうとした。
「我慢はいけません。
出るかどうか座ってみないとわかりませんよ」
リオが首を傾げる。
「早くお二人とも座ってください」
レオが杖を構える。
「これが最後の忠告です。
嘘だったのなら、反逆行為と認識します」
双子から、静かな殺気が溢れ出す。
――この二人なら、躊躇なく人を殺す。
なぜか、それだけははっきりとわかった。
「「さあ!」」
双子に威圧され、ミレイユとユミナは泣きそうな顔でバケツの上にしゃがみ込んだ。
「マジ……あり得ない。
死んだ方がマシかも……」
ミレイユの顔は青ざめていた。
「一か八か、風魔法で吹き飛ばすしかないっしょ」
ユミナは密かに風を溜める。
「おかしいです。
お二人は、下着を履いていないのでしょうか?」
リオが二人を見下ろした。
「用を足す時は、下着を下げるはずです。
確認いたします」
レオが無表情のまま、ミレイユのスカートへ手を伸ばす。
「い……いやあ!!」
反射的に、ミレイユの手が振り抜かれた。
――パァン!!
思い切り、レオの頬をビンタする。
教室の空気が、凍りついた。
「反逆行為を確認しました……」
レオが静かに呟く。
「始末します。――放て」
レオの杖から、短い詠唱と共に雷弾がミレイユへと放たれる。
「きゃああああ!」
――バチンッ!
雷が弾ける音が響いた。
ミレイユの目の前には――
背中を焼き焦がしたスコルドが立っていた。
「俺の生徒に手を出すな」
「……スコルド先生」
スコルドは焼け焦げた背を押さえながら、二人を睨みつけた。
双子は、その様子を静かに観察していた。
「……庇う理由は理解できませんが」
リオが小さく頷く。
「要注意人物であるスコルド先生の戦闘能力低下を確認」
レオが続ける。
「1-A全体の敵意、大幅低下。
反逆の意思なしと判断」
二人はゆっくりと杖を下ろした。
「もう一度言います。
皆さんが行動を起こさなければ、危害を加えるつもりはありません」
リオが淡々と言う。
「僕たちは、ここを監視する任務を与えられているだけです。
従ってください。選択肢はありません」
レオも同じ口調で続けた。
教室は完全に静まり返った。
誰一人、動けない。
「先生! あたしのせいで……!」
背を焼かれたスコルドを見つめ、ミレイユが目に涙を溜め、声を震わせる。
「このくらい大したことはない。
生徒を守るのも教師の務めだ」
スコルドは短く言った。
(まずいっしょ……
ノイピ、早く戻ってくるっしょ)
ユミナは祈るように、ぎゅっと手を握った。




