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四十五話 襲撃された学園

 学園は、何事もなかったかのように、いつも通りの時を刻んでいた。


 ノイスの謹慎も、いまでは生徒たちの間で過去の話になりつつあった。


 そんなある日の放課後。


 授業を終えた生徒たちが、帰り支度を始めていた。


 ロウが大きく伸びをする。


「今日も終わったなー」


 ユミナも机に突っ伏す。


「あー、疲れたっしょ!

 ねえ、どっか遊び行かない?」


 ミレイユが席から立ち上がる。


「それ、いいね。

 ノイスも戻ってきたし、たまにはみんなで――」


 ガラリ。


 教室の扉が開いた。


 その瞬間、教室の空気が変わる。


 さっきまでの緩んだざわめきが、嘘のように引いていった。


 扉の向こうに立っていたのは――


 ルキウス・ファンフォルド。


「失礼する」


 よく通る声が、教室に響く。


「ノイス・ノーチラスはいるか?」


 教室全体が、ざわりと揺れた。


 ロウが真っ先に立ち上がる。


「おい……なんだよ」


 低い声だった。


「天下のルキウス様が、ノイスに何の用だよ」


 ミレイユもロウに続く。


「話なら、あたしがここで聞くけど?」


 空気が張り詰める。


 ルキウスは、その反応を静かに受け止めた。


「……当然の反応だな」


 ルーシーが、敵意を隠さないロウたちに声をかける。


「皆さん、ルキウス様は――」


「ルーたんは下がってて」


 ユミナはルキウスを睨んだまま、ルーシーの前に立つ。


 ルキウスの視線が、ノイスへ向く。


「少し、ノイス君と話がしたいだけだ」


 ロウは納得がいかない様子で、ルキウスを睨みつけた。


「それを信じろってのかよ」


「ロウ、大丈夫だよ」


 ノイスが、ロウの肩にそっと手を置いた。


「ルキウスさん、ご無沙汰してます」


 そのあまりに自然な挨拶に、ルキウスは一瞬だけ言葉を失った。


 わずかに視線を逸らす。


「……ああ」


 短く返す。


「話は、できれば執務室でさせてもらいたい」


 ノイスは、特に迷う様子もなく頷いた。


「わかりました」


「ノイス!」


 ロウが声を上げる。


 ノイスは振り返り、困ったように笑った。


「本当に大丈夫だから。

 ちょっと話してくるだけだよ」


 そう言って、ノイスはルキウスの方へ歩き出した。

 


◇◇◇◇◇

 


 執務室には、まだ戦いの痕跡がわずかに残っていた。

 

 しかし、ノイスが土魔法で修繕したこともあり、室内はほとんど元通りになっている。


「それで……ルキウスさん。

 僕に用って……?」


「まずは謝罪させてくれ。

 すまなかった。

 君に対する私の行動は、非常に醜いものだった」


 ルキウスは深々と頭を下げた。


 ノイスはきょとんとしたあと、あっさりと返事した。


「……ああ、僕はもう気にしてませんから」


「それに……取り乱した姿も見せてしまった。

 ファンフォルド家の者として、情けない」


 ルキウスは恥ずかしそうに視線を伏せる。


「それで、話ってそれだけですか?

 みんなも変に心配してると思うので、用が済んだなら戻りますけど」


「まあ、待て。

 色々と話したいことがあるんだ」


 ルキウスは小さく咳払いをする。


「絶詠の魔女の動向についてだ。

 君も気になっているだろう?」


「師匠が何をしてるか、知ってるんですか?」


 ノイスは思わず前のめりになった。


「実はな……まだ断片的なものだが、魔法協会からいくつか情報を得た」


 手元の紙に目を落とすルキウス。


「まず、絶詠の魔女は研究施設に現れた。

 だが、襲撃した側ではなく、むしろ施設を守るために動いていた可能性がある」


 ルキウスは静かに続ける。


「研究施設にいた研究員の中には、絶詠の魔女に直接助けられたと証言している者もいるらしい」


(よかった。

 やっぱり師匠は、僕の知っている師匠だった)


「それとな。最近、魔法協会に出入りしていたという報告もある」


「師匠が魔法協会に?」


「ああ。しかし、誰と接触して何をしていたかまではわからなかった」


「そうですか……

 どうしてそんな情報を僕に……?」


「絶詠の魔女も、君も、正直あまり好ましくは思っていないが……」


 ルキウスは小さく息を吐いた。


「ルーシーが心配している。

 彼女に、これ以上不安な顔をさせたくない」


 照れくさそうに鼻をさするルキウス。


「変わりましたね。ルキウスさん」


「う、うるさい」


 ルキウスはわずかに視線を逸らした。


「それと、ノイス君。

 ルーシーに隠し部屋のこと、何か言ったか?」


 ギラリと鋭い目つきでノイスを睨む。


「あ、あはは……。

 その件は、うまく誤魔化しておきましたよ。魔法の杖のコレクションだって」


「それで……か」


 ルキウスは頭を押さえた。


「この前、ルーシーが私のところに来てな。

 隠し部屋のコレクションを見せてほしいと言うんだ」


 ノイスの肩が、ぴくりと揺れた。


 ルキウスは深く息を吐いた。


「……あの時ほど冷や汗をかいたことはない」


「あはは……。

 そ、そうですか」


 ノイスは視線を泳がせながら、頭をかいて誤魔化した。


「当然、見せられるわけがない。

 だから断ったのだが……それで落ち込んでしまってな」


 ルキウスはちらりとノイスを睨む。


「もう少し、うまく誤魔化してくれればよかったんだが」


「……すいません」


「まあ、いいさ」


 ルキウスは肩をすくめる。


「私と話すのを嫌がっていたルーシーが、

 自分から声をかけてきてくれたんだ」


 ルキウスは、少しだけ目を伏せた。


「おそらく、気を遣ってくれたのだろう。

 彼女は昔から、そういうところがある」


 呆れたように言いながらも、その声はどこか穏やかだった。


「まったく、人の気も知らないで」


「ほんとですね。

 ルーシーって鈍いところありますから」


 ノイスの反応にルキウスはため息をついた。


「はぁ……」


 そして、額に手を当てた。


「君がそれを言うのか」


「……?」


 ノイスが首を傾げる。


 ルキウスは一度深く息を吐いたあと、真っ直ぐノイスを見る。


「ノイス君、勘違いするなよ。

 私は、ルーシーを諦める気はない」


 はっきりと言い切る。


「君がどれだけ強かろうが関係ない。

 必ず、私の方を振り向かせてみせる」


 ルキウスは、真っ直ぐにノイスを見据えた。


「そうですか……

 でも、それは難しいと思いますよ。ルキウスさん」


 ノイスは少し困ったように頭をかく。


「なんだと」


 ルキウスの眉がぴくりと動く。


「ルーシーの師匠への愛は、相当なものですから」


「……は?」


 ルキウスは目を瞬かせた。


「勝てるとは思えませんけど、頑張ってください」


 そう言うと、ノイスは軽く手を振り、執務室を後にした。


「まったく……」


 ルキウスは小さく息を吐く。


「君を見ていると、本当に退屈しないな」


 そう呟くルキウスの表情には、以前のような冷たい苛立ちはなかった。



◇◇◇◇◇

 


 廊下には夕方の光が差し込んでいた。


 放課後とはいえ、廊下にはまだ多くの生徒が残っていた。


(ロウたちはまだ教室にいるのかな?)


 ノイスが教室に戻ろうと階段へ向かった、その時――


 ――バキン。


 頭上で、何かがひび割れるような音が響いた。


「あ……学園長の結界が」


 ノイスはぽつりと呟く。


 次の瞬間、学園を覆っていた結界が、ガラスのように砕けながら空に広がった。


 ――バリバリバリンッ!!


 結界が崩壊していく。


 ノイスは足を止め、廊下の窓から空を見上げた。


 他の生徒たちは、まだ何が起きたのか理解できていない。


 上空から、黒い影が次々と落下してくる。


 地面に降り立ったのは――


 黒ローブを深く被った集団。


 ただ立っているだけなのに、周囲の魔素がざわめいていた。


 そして――


 それと同時に、学園を包囲するように黒い浮遊物が無数に展開される。


 ノイスは、その浮遊物を見た瞬間、息を呑んだ。


(あれは……)


 胸の奥に、嫌な予感が走った。



◇◇◇◇◇

 


 学園内のあちこちで、同じ光景が繰り返されていた。


 各棟の教室の扉が、次々と乱暴に開かれていく。


 黒ローブの集団が、各教室へ次々と踏み込んでいった。

 

「な、なんだよお前ら!」


 生徒の一人が叫ぶ。


 別の生徒は慌てて杖を構え、詠唱をはじめる。


 しかし――


 先頭の男が指先をわずかに動かした。


 男の指先に、黒い魔素が集まる。

 

穿うがて……」

 

 ――バンッ!


 衝撃波が教室を走る。


 詠唱をしていた生徒が、壁へと叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 さらに別の生徒が魔法を放とうとする。


 だが、その詠唱が終わる前に――


 すぐ隣にいた別の男が、無言で杖を振る。


「動くな……」


 青白い光が走る。


 ――バチンッ!


 生徒の身体が、床に貼り付けられたように動かなくなる。


「……か、体が動かない」


 教室が一瞬で静まり返った。


 黒ローブの集団は、ゆっくりと教室を見渡す。


 まるで、最初から勝負が決まっているかのように。


「抵抗するな」


 低い声が響く。


「この学園は、我々が占拠した」

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