四十四話 謹慎明け
――そして、一週間が過ぎた。
ルキウスとノイスの間で起きた戦いは、学園中に知られることなく幕を閉じた。
あの日、何があったのか。
その真相を正確に知る者は、ごくわずかだった。
そして、ノイス・ノーチラスの謹慎期間も終わりを迎えようとしていた。
絶詠の魔女による襲撃。
その弟子であるノイスへの疑念。
それらは、時間と共に少しずつ薄れていった。
生徒たちは試験や実習に追われ、やがて新しい噂が古い噂を上書きしていく。
だが、自然に沈静化したわけではない。
その裏で動いていた者がいた。
ルキウス・ファンフォルド。
彼は、生徒代表として、そして魔法協会との連絡役として、今回の件について正式な声明を出した。
絶詠の魔女に関する情報が錯綜していたこと。
その中で、ノイス・ノーチラス本人は今回の襲撃に関与していないにもかかわらず、絶詠の魔女の弟子であるという一点だけで、学園内に不安と疑念を広げてしまったこと。
そして、曖昧な情報をもとに一人の生徒へ視線が集まる状況を作ってしまったこと。
その責任の一端は、自分にもある。
ルキウスは、そう認めた。
声明は短く、余計な感情の混じらないものだった。
けれど、その言葉には確かな重みがあった。
誰よりも生徒たちの信頼を集めていたルキウスが、ノイスへの過度な疑念を戒めた。
その事実だけで、学園内の空気は大きく変わった。
「ルキウス様がそう言うなら……」
「魔女の弟子は、今回の襲撃とは関係なかったんだよな」
「あんまり騒ぐのもかわいそうか」
そんな声が、少しずつ増えていった。
もちろん、すべての疑念が消えたわけではない。
絶詠の魔女の名は、いまだに重い。
ノイスを見る目にも、完全に温度が戻ったわけではなかった。
それでも。
以前のように、露骨な敵意を向ける者は少なくなっていた。
混乱していた学園の空気は、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
ルキウスの一言が、ノイスを守る壁になっていた。
◇◇◇◇◇
そして、謹慎が解けた初日の朝。
ノイスは何事もなかったかのように、寮の扉を開けた。
まだ少し眠い。こうして朝に外へ出るのは、一週間ぶりだからだ。
視線を前へ向けると、そこには見知った銀髪の少女が立っていた。
ルーシー・ウィンディ。
どこか気まずそうに視線を逸らしながら、こちらを待っていた。
ノイスは大きくあくびをした。
「ふぁぁ……おはよう、ルーシー」
気の抜けた声だった。
「お、おはようございます……」
ルーシーは小さく頭を下げる。
その声は、少しだけ緊張していた。
「朝こうして、一緒に登校するの久しぶりだね」
ノイスはルーシーに顔を向ける。
「えっと、その……」
ルーシーは視線を泳がせたあと、ぽつりと口にした。
「……ノイスくんと、一緒に登校したくて。
その、よろしいでしょうか?」
いつもより、どこかしおらしいルーシー。
「うん。
というか、今更許可取らなくてもいいと思うけど」
ルキウスのこともあって気まずいのだろうと思い、ノイスは特に触れなかった。
やがて二人は並んで、学園へと歩き出す。
沈黙が続く。
なぜだか、うまく会話が繋がらない。
(僕、ルーシーといつも何の話してたっけ?)
視線を向けると、ルーシーもちらりとこちらを見ていた。
目が合った瞬間、ルーシーは慌てたように顔を伏せる。
そのまま、そっと前髪を触って整えた。
(あれ? なんか気まずいというか……
もしかして怒ってる?)
気まずい雰囲気の中、ルーシーが小さく口を開く。
「あ、あの……ノイスくん」
「ん?」
ノイスが顔を向ける。
ルーシーは一瞬ためらい、それでも勇気を出したように言った。
「この間……ルキウス様と戦っていた時に、その……」
少し俯きながら続ける。
「私の良いところ、たくさん……言ってくれましたよね?」
ノイスは、ぽんと手を打った。
「あ! ごめん」
あまりにもあっさりした声だった。
「いきなりあんなこと言って……困らせちゃったよね」
「そんなことありません!」
思わず大きな声が出る。
ノイスが目を丸くする。
ルーシーは顔を真っ赤にしながら、慌てて言葉を続けた。
「むしろ……その逆で……」
胸の前で、ぎゅっと両手を握る。
「その……私、あの時は本当に嬉しくて……。
私も負けないくらいノイスくんの良いところ、たくさん知っていますし……」
声が、少しずつ小さくなる。
「私のことも、もっと知ってほしいというか――」
「おっぱよぉ! ノイピ!」
その言葉は、後ろから元気よく飛びついてきたユミナの声にかき消された。
「うわっ」
ノイスの背中に、ユミナが勢いよく抱きつく。
「お勤めご苦労様、ノイス。
謹慎中はどのようなお気持ちで?」
ミレイユも茶化すように手を向けてくる。
「どんな気持ちもなにも、ずっと部屋で魔道具いじってただけだよ。ロウが毎日のように遊びに来てくれたけどね」
「ええっ!
それなら、あーしも行けばよかった!」
悔しそうに声を上げるユミナ。
「男子寮なんだから、入れるわけないだろ」
ユミナの頭に軽くチョップするミレイユ。
「あいた」
(まあ、僕の部屋まで来ちゃった女の先輩もいるけど)
ノイスは一瞬だけミリアの顔を思い浮かべ、すぐに考えるのをやめた。
「あれ? そういえばルーたん、
さっき何か言ってなかった?」
ユミナが覗き込む。
「な、ななな……!」
ルーシーの肩がびくりと跳ねた。
「な、なんでもありません!!」
顔を真っ赤にして、首をぷいっと横を振る。
ノイスは少し考えるように視線を上げた。
(ああ……やっぱり怒ってるのか。
あとで何か甘いものでも買っておこう)
そう思いつつ、四人はそのまま教室へ向かった。
扉を開けると――
「おっす!」
ロウがいつもの調子で手を上げる。
「……おはようございます」
ルーシーはさっと挨拶をして、早々に席へと座った。
ロウはその様子を見て、首を傾げた。
「ルーシーのやつ何かあったのか? ノイス」
ノイスがぽつりと言う。
「なんか僕が怒らせちゃったみたい」
ロウは、真っ赤な顔で席に静かに座るルーシーと、何も分かっていない顔のノイスを交互に見た。
「……あー」
ロウは小さく頷く。
「まあ、なんとなくわかったわ」
「すごいね……ロウは」
「おい、ルーシー。
本当はもうちょい二人きりで話したかったんだろ?」
席にいるルーシーにも聞こえる声で言う。
「一週間、ずっとそわそわしてたもんな」
「ちょ、ちょっと! ロウくん!」
ルーシーが勢いよく振り向く。
「な、何を言ってるんですか! もう!」
耳まで真っ赤だった。
ロウは楽しそうに笑う。
「ははは。でもさ」
「みんな、お前が戻ってくるの待ってたんだぜ?」
ロウは軽く笑い、ノイスに微笑む。
「ああ……ただいま」
「なんだよ、それ! 反応薄いな!」
ロウはノイスの髪をわしゃわしゃと撫で回した。
「わわわ。やめてよー、ロウ」
騒がしい朝の空気に包まれながら、ノイスは自分が戻ってきたのだとようやく実感した。
そして、いつも通り授業が始まった。
一週間休んでいたが、ルーシーがノイスのためにまとめてくれた授業ノートをロウが届けてくれていたおかげで、授業には問題なくついていけた。
休み時間に、ノイスはルーシーに声をかけた。
「ルーシーのノートのおかげで、授業にもついていけるよ。ありがとう」
「それはよかったです。
ノイスくんには、色々とご迷惑をかけてしまいましたから」
ルーシーは少し気まずそうに微笑む。
ノイスは周囲に聞こえないように声を潜め、ルーシーの耳元へ顔を寄せた。
「……ルキウスさんは、あれから何か言ってた?」
「ひゃっ……」
小さな声が漏れた。
耳元にかかった息に、ルーシーの肩がぴくりと跳ねる。
「ルーシー?」
「な、なんでもありません……!」
ルーシーは慌てて首を振る。
けれど、頬は見る見るうちに赤く染まっていった。
胸の前でそっと両手を握る。
心臓が、さっきから落ち着かない。
「えっと……あれからルキウス様は、少し変わりました。
前よりも威圧感というか……怖い感じがなくなったというか」
「……そう。それならよかった」
ノイスは安心したように小さく息を吐いた。
ルーシーはふと思い出したように続けた。
「それにしても、執務室の隠し部屋には何があったんですか?
あの部屋に入ってから、ルキウス様の様子がおかしかったので」
「……ああ。それね」
ノイスは慎重に言葉を選ぶ。
隠し部屋にあったのは、数え切れない程のルーシーの写真。
本当のことを伝えたら、ルキウスさんはきっと怒る。
回答次第では、退学になりかねない。
「ええと……そう! 魔法の杖だよ。
立派なコレクションだった」
視線を泳がせるノイス。
「僕が壊しちゃったから、怒ってたのかな?」
「そ、そうなんですか!
ルキウス様のコレクションとなると、さぞかし立派なのでしょうね!」
腑に落ちたように小さく頷く。
「今度ルキウス様にお願いして、見せてもらえないか聞いてみます」
(あ……これ、間違えたかも。
でもルキウスさんなら、きっとうまくやるだろう)
ノイスはそう思い、あまり気にしないことにした。




