四十三話 灯し続けてきた光
あの時からルーシーは、与えられた役割を演じる人形のように。
静かに怯え、従うだけになった。
「そうだ……」
現在へと意識を戻したルキウスの声は、低く震えていた。
白光が荒れ狂い、薄暗い隠し部屋の壁を照らす。
「あの時、絶詠の魔女が現れなければ……!」
光杖 《ルミナス・レガリア》が振り下ろされる。
ノイスは風を纏い、飛び退くように閃光を受け流した。
「今頃ルーシーは、私のこの手の中にあったはずだ!!」
「さっきから……」
ノイスは降り注ぐ光をいなしながら、少し首を傾げる。
「いったい何の話をしてるんですか」
ルキウスの瞳が、さらに険しくなる。
「黙れ」
杖の先端に、幾筋もの光が集束していく。
「これも全部……
絶詠の魔女と、その弟子である君のせいだ。
閃光よ、収束し、乱れ撃て――」
白い魔素が、弾丸のように空間へ散った。
「《フォトン・レーザー》」
無数の閃光が、ノイスへ向かって一斉に放たれる。
炎で衝撃を相殺し、風で軌道をずらし、土の壁に余熱と魔素を逃がす。
放たれた閃光は、ノイスへ届く前に勢いを失っていく。
「何者なんだ、君は……
そんな滅茶苦茶な魔法が、あってたまるか!」
ルキウスの呼吸が荒くなる。
「血も背負わず! 責任も負わず!」
杖に光が集中する。
「期待に応えるために、私がどれだけ努力してきたか……
君のような怪異に、わかるものか!!」
光柱が落ちる。
ノイスは両腕でそれを受け止めた。
白光が両腕を包み、微かな痛みだけが走る。
「怪異、ですか」
ノイスは静かに呟いた。
「でも、わかりますよ」
静かな声だった。
「何がだ!」
怒鳴りつけるルキウス。
「ルキウスさんがどれだけ今まで努力してきたか」
一瞬の間。
「わかったようなことを言うなっ!」
「だって、ルキウスさんの光魔法はすごく綺麗だから」
「……私の……光魔法が……?」
「はい。ルキウスさんの光魔法には一切の無駄がありません。
魔素の込め方。圧縮の仕方。放つまでの速さ。
どれも、何度も何度も繰り返して磨いた人の魔法です」
ルキウスの瞳が、わずかに揺れた。
「才能や魔素量で押し切る雑な魔法じゃない。
限られた魔素を、極限まで効率よく使うために研ぎ澄まされた魔法です」
「君に言われても……嬉しくなんてない!」
ルキウスが叫ぶ。
怒りに任せて放たれた光の波が、ノイスへ襲いかかる。
掌に炎と風を纏い、包み込むように白光の勢いを殺す。
次の瞬間、光の波は無数の粒子となって宙へ散った。
「私の……光が……!」
ルキウスの声が震える。
怒りなのか、動揺なのか、自分でも分からないような声だった。
ノイスは視線を逸らさない。
「ただでさえ実体が見えず、扱いの難しい光魔法。
ここまで磨き上げるのに、何度も失敗したはずです」
一歩、さらに踏み込む。
「何度も暴発して、そのたびに手を焼いて。
それでも少しも怠らず、磨き続けた」
静かに言い切る。
「だから、ルキウスさんの光はこんなにも美しい」
「やめろ……」
ルキウスの光が揺らぐ。
「天才? 血筋?
そんな簡単な言葉で片づけられる魔法じゃないですよ」
声が震える。
「もうやめてくれ……
君が、私の努力を肯定するな」
杖を握る手に、もはや力は入らない。
「誰がなんと言おうと――
ルキウスさんの放つ光は、血の滲むような努力でしか成し得ません」
その言葉に、ルキウスの視界がわずかに滲んだ。
目の奥が、熱い。
それは、ずっと欲しかった言葉だった。
誰も気づいてくれなかった。
いや、誰も気づこうとしなかった。
血筋でも、才能でもなく――
“自分の努力”を見てほしかった。
そして、不意に思い出す。
あの日、ルーシーにかけられた言葉を。
「……今さら、君に言われるなんてな」
自嘲にも似た、掠れた声。
ルキウスの膝が、ついに折れた。
すでに身体は限界を超えていた。
ノイスの爆炎で壁へ叩きつけられた衝撃。
杖の暴発で吹き飛ばされ、隠し部屋の壁へ激突した痛み。
その傷を抱えたままの、魔法の乱発。
光は薄れ、魔素はもう底をついていた。
それでもなお立とうとしたが――
支えを失った身体は、ゆっくりと前へ崩れ落ちた。
「ルキウス様……!」
倒れるルキウスへ、ルーシーが駆け寄る。
今まで向けられてきた言葉も、されてきたことも、消えたわけではない。
ルキウスのことが怖くなかったと言えば、嘘になる。
それでも。
全力で戦った一人の魔法使いを、見て見ぬふりはできなかった。
「……笑うがいいさ」
ルキウスが、掠れた声で呟く。
「無様な私の姿を」
ルーシーはそっとその手を取った。
傷だらけでボロボロの指先。
何度も光魔法を扱い、何度も焼き、いつだって努力を怠らなかった手。
その手を見て、ルーシーは静かに首を横に振る。
「笑いません」
ぎゅっと、手を握る。
「理由がどうであれ……あれほどの魔法を見せられたのです。笑ったりなんてしません」
ルキウスの指先が、わずかに震える。
「私は……」
声が詰まった。
「君を、悲しませることしかできなかった」
掠れた声だった。
「自分は、ファンフォルド家の次期当主ではなく、
ただのルキウスとして見てほしいと願っていたくせに……」
息が乱れる。
「君には、ファンフォルド家の婚約者としての役割を押し付けた」
静かな告白だった。
「君自身をちゃんと見ようともせず、君が本当に大切にしていたものを、私は何度も踏みにじった」
ルキウスは、顔を歪める。
「……私は、醜くて……カッコ悪い男だ」
ルーシーは、すぐには答えられなかった。
否定できない言葉もあった。
傷ついたことも、怖かったことも、なかったことにはできない。
それでも――
「ルキウス様の手……」
ルーシーは、そっとその指先を包み込む。
「昔から変わらず、ボロボロで」
震える声で、けれど確かに告げる。
「努力を怠っていない……カッコいい手です」
その言葉が、深く刺さった。
視界がじわりと滲む。
頬を伝い、横へと流れていく温かい感触。
それが涙だと、自覚するまでに少し時間がかかった。
「……っ」
ルキウスの喉が震えた。
堪えようと、奥歯を噛みしめる。
だが、無理だった。
頬を伝った涙が、床へ落ちる。
「ごめん……ルーシー」
掠れた声。
「ごめん……っ」
一度こぼれた感情は、もう止まらなかった。
肩が震える。
呼吸が乱れる。
そして――
「うわあああっ……!」
まるで子どものように、ルキウスは声を上げて泣いた。
手で目を拭っても、涙は次から次へと溢れてくる。
「ご、ごめ、ん……! ルーシー……!」
それは、今まで押し殺してきたものが、ようやく声になった瞬間だった。




