三十七話 二度目の呼び出し
大講堂は、異様な静けさに包まれていた。
数百人の生徒が集まっているはずなのに、ざわめきはほとんどない。
壇上には学園長と数名の教師。
その中央に立っていたのは、
魔法協会との連絡役を任された生徒代表だった。
堂々とした振る舞い。
――ルキウス・ファンフォルド
彼が一歩、前に出る。
「皆、突然の招集ですまない」
よく通る声が、講堂全体に響く。
「貴重な学びの時間を割いてもらったことに感謝する。
ほとんどの者が、なぜ集会を開いたのか察しているとは思うが……」
空気が、ぴんと張り詰める。
「昨日、広場の掲示板に張り出されていた、
魔法協会第七研究施設襲撃の通達についてだ」
ざわり、と波が走る。
「学園側で事実確認を行ったところ、
施設が襲撃を受けたことは、紛れもない事実だった」
淡々とした報告。
そこに感情は混じらない。
「そして――
追放された魔女、アリス・ノーチラス」
講堂がどよめく。
「通称、“絶詠の魔女”が現場付近で目撃されている」
視線が、一斉に動く。
ノイスへと。
だがルキウスは、あえてそこを見ない。
「協会の魔法使いが絶詠の魔女への出頭を命じたが、彼女はこれを拒否し、その場から逃走。
魔法協会はこれを“明確な反逆行為”と断定した」
冷静な口調。
「現在、追跡および拘束命令が出ている」
ノイスの胸が、静かに軋む。
ルキウスは続ける。
「皆も知っての通り、本学園は魔法協会と深い関係にある。よって、この件についても協力体制を取ることになった。何か情報を知っている者は、学園へ報告してほしい」
ゆっくりと視線が動く。
今度は、はっきりとノイスを見る。
「そして、皆も気にしている件についてだ。
知っている者も多いと思うが、反逆者アリス・ノーチラスの弟子であるとされる生徒が、本学園に在籍している」
ざわめきが広がる。
「その生徒――ノイス・ノーチラスだ」
大講堂が一気に騒がしくなる。
「しかし!」
ルキウスが手を上げると、再び静寂が落ちた。
「現時点では、彼本人の関与が確認されたわけではない」
穏やかな微笑。
「彼に関しては、学園側で事情聴取と事実確認を行う。
その上で、適切な対応を取る」
周囲をゆっくり見渡す。
「間違っても、この件を理由に本人への差別や暴言は許さない」
静かな声が講堂に響く。
「皆、いいな?」
重たい沈黙が落ちる。
そして――
パチ、パチ、と誰かが手を叩いた。
それが、波のように広がっていく。
やがて大講堂は拍手に包まれた。
「なんてお優しい方なんだ……」
「さすがルキウス様だ」
称賛の声が、次々と上がる。
「普通なら学園追放だろ……」
「それを“差別は認めない”って……」
「やっぱり次期魔法協会幹部は違うな」
拍手は止まらない。
ルキウスは困ったように微笑み、軽く手を振る。
「ありがとう。ただ、過剰な評価はやめてくれ」
謙虚な仕草。
「私はただ、学園の秩序を守りたいだけだ」
その一言で、拍手はさらに大きくなった。
絶詠の魔女の反逆を断定され、名指しで事情聴取の対象にされ、さらに公の場で“庇われた”。
その結果、周囲の視線は、まるで腫れ物を見るようなものへと変わっていく。
ノイスには、それがはっきりと分かった。
(……まいったな)
庇われたはずなのに、居場所が少しずつ削られていく。
拍手は、しばらく鳴り止まなかった。
大講堂を満たす称賛の音。
その中心にいるのは、壇上で穏やかに微笑むルキウス・ファンフォルド。
そして、その拍手の中で名前を出されたノイスは、まるで自分だけが別の場所にいるような感覚に襲われていた。
「では、緊急集会は以上とする」
学園長の低い声が、講堂に響く。
「各自、教室へ戻りなさい。不要な噂話や軽率な行動は慎むように」
生徒たちが立ち上がる。
椅子の音。
重なる足音。
抑えた声で交わされる囁き。
「反逆者の弟子なんて怖いな……」
「大丈夫だ。何があってもルキウス様がいる」
「ルキウス様がいてくださるなら、何も心配いらないわ」
ノイスは小さく息を吐き、周囲の流れに合わせて出口へ向かった。
その時だった。
「……ノイス君」
低く、静かな声が届く。
振り返ると、講堂の出口脇に学園長が立っていた。
壇上にいた時の厳かな雰囲気とは違い、その表情はどこか柔らかい。
だが、声は周囲に届かないほど抑えられていた。
「少し、時間をもらえるかな」
「……はい」
学園長は小さく頷く。
「さあ、こちらへ」
人の流れから外れるように、学園長は講堂脇の扉へ向かった。
ノイスは一度だけ振り返る。
ミレイユとユミナが、心配そうにこちらを見ていた。
少し離れた場所では、ロウも険しい顔でノイスを見つめている。
ルーシーは何か言いたげな表情を浮かべていた。
ノイスは何も言わず、学園長の後を追う。
講堂脇の扉を抜けると、そこには生徒が普段使うことのない裏の回廊が続いていた。
人の声が、遠ざかっていく。
先ほどまでの拍手も、ざわめきも、嘘のように薄れていく。
回廊の先にある重厚な扉。
その奥が、学園長室だった。
重たい扉が閉まり、外のざわめきが遠のいた。
「まず、言っておこう」
学園長は静かにノイスを見つめる。
「――アリス君は無事じゃ」
ノイスの瞳が、大きく揺れた。
「師匠の居場所を知っているんですか!」
思わず声が上ずる。
「わしにも立場というものがある。
申し訳ないが、詳しいことは話せん」
ノイスは唇を噛み、息を整えた。
「……そうですか」
「いい子じゃ」
穏やかな声音。
「そして今後、何があっても、
君が知っているアリス君を信じなさい」
その言葉が、静かに胸に落ちた。
だが、学園長の表情がわずかに引き締まる。
「じゃがな。今はどうしても、学園内の混乱を抑えねばならん」
穏やかだった声に、学園長としての重みが戻る。
「申し訳ないが、君には一週間の謹慎処分を受けてもらう」
静かな宣告だった。
「……処分、ですか」
ノイスの声が、わずかに沈む。
「表向きはな」
学園長は小さく苦笑した。
「これは、お主を守るためでもある」
ノイスは黙って聞いていた。
「何も処分を下さなければ、生徒たちは納得せん。
不満は溜まり、やがて別の形で噴き出すじゃろう」
学園長の言葉は、重かった。
「だが、時間は熱を冷ます」
静かな声。
「今は耐えておくれ。
その間に、わしらもできる限りの手を打つ」
優しく、それでいて揺るがない声だった。
ノイスはしばらく俯いていた。
納得できたわけではない。
けれど、学園長が自分を切り捨てようとしているわけではないことは分かった。
「……わかりました」
ゆっくりと頷く。
「一週間、謹慎します」
その返事に、学園長は静かに目を細めた。




