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三十一話 先輩の復讐相手

 フィオラがフロストを連れて出ていったあと、

 部室には、重たい沈黙だけが残っていた。


「……なんか、とんでもない場面に立ち会っちまったな」


 ロウが気まずそうに小さく呟いた。


 ルーシーも、まだ言葉を失っている。


 ミリアはしばらく扉を見つめていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「ノイス君」


 ミリアがゆっくりと振り向く。


「色々と……迷惑かけちゃってごめんね」


 少しだけ力の抜けた笑顔。


「いえ……大丈夫ですよ」


 ノイスは首を振る。


「それよりも、さっきは話の途中で――」


「ああ!」


 ミリアが、わざと明るく声を上げる。


「それはまた今度でいいよ!」


 いつもの調子を装うように、ミリアは笑った。


「それにしても、ノイス君すごいね。

 魔法で飛び出していったと思ったら、暴走する自立型魔道具オートマタをほぼ無傷で持ち帰ってきちゃうんだもん」


「たまたまですよ。

 この二人がいてくれたおかげです」


 ノイスは横に立つ二人を示す。


「紹介します。

 クラスメイトで友達のロウとルーシーです」


「どうも」


 ロウが軽く手を上げる。


「挨拶が遅れました。

 ルーシー・ウィンディと申します」


 丁寧に一礼。


「よろしくね、二人とも!」


 ミリアがぱっと笑う。


「こんな可愛い子と知り合いなんて、

 ノイス君も隅に置けないね!」


「そ、そんな……可愛いだなんて……」


 ルーシーが頬を赤らめる。


「……じゃ、俺たちはこの辺で退散するわ」


 ロウが扉へと手をかける。


 ルーシーがノイスをちらりと見る。


「でも、あの非常事態であそこまで冷静に動けるなんて……

 さすが“絶詠の魔女”様の弟子ですね」


 ――静寂。


「……え?」


 ミリアの声が、かすれた。


 ノイスの視線が止まる。


「今……なんて?

 絶詠の魔女の……弟子って、どういうこと……?」


 問いは、ゆっくりだった。


「……ああ。

 僕、絶詠の魔女に魔法を教わっているんです」


 ノイスは淡々と答える。


「隠していたわけではないんですが、あまり公言しないようにしていて」


「あ……ご、ごめんなさい。

 ノイスくんが言わないようにしてたのに」


 ルーシーが慌てて口元を押さえる。


「別にいいよ、ルーシー。

 ミリア先輩になら、知られても構わないから」


 ミリアは、下を向いたままだった。


 指先が、わずかに震えている。


「あれ……先輩?」


 ノイスが一歩近づく。


「どうかしましたか?」


 返事がない。


 ゆっくりと、ミリアが顔を上げる。


 その瞳からは、さっきまでの優しさが消えていた。


 冷たい瞳。


 唇を噛み締め、その目には涙が浮かんでいた。


「……僕を、騙してたんだ」


 低い声。


「そんなつもりは――」


 言い終わる前に。


 ――パァンッ!


 乾いた音が、部室に響いた。


 ノイスの顔が横に弾かれる。


 遅れて、じん、と頬が熱を持つ。


 ロウが目を見開く。


「おい……!」


 ルーシーも息を呑む。


 頬を叩いた手が、震えている。


「……絶詠の魔女の弟子」


 低く、掠れた声。


「人殺しの魔女……」


 視線が揺れる。


「その弟子と仲良く魔道具作ってたなんてね……」


 唇を噛む。


 笑いそうで、笑えない顔。


「本当に僕は馬鹿だよ……」


 目が赤くなる。


「せ、先輩……これは――」


 頬を押さえるノイス。


 痛みよりも、急な出来事に思考が追いつかない。


 ミリアは、ゆっくりと息を吸った。


「今日、途中になっちゃった話……してあげるね」


 その声は、不思議なくらい落ち着いていた。


「僕にはね、僕のことを本当の姉みたいに慕ってくれた男の子がいたんだ」


 一瞬、目が遠くを見る。


「名前は、ユーリス……」


 その名前を口にした瞬間、空気が変わる。


「僕の故郷、ガーナウス地方で出会った。

 気弱で、魔法もろくに使えなくて……でも、すごく優しい男の子だった」


「ガーナウス地方……」


 ルーシーが小さく繰り返す。

 何かを思い出そうとするように。


「ユーリスはね、すごくいい子だった」


 唇が震える。


「“ミリア姉ちゃん”って、こんな僕を慕ってくれて……

 弱っちいのに、ミリア姉ちゃんを守るって」


 ミリアの声が詰まる


「でも――」


 声が低くなる。


「ユーリスは、魔女に殺された」


 部室の空気が凍りつく。


「し、師匠が……?」


 ノイスの声がかすれる。


 信じられないという顔。


 ミリアの瞳が、ゆっくりとノイスを射抜いた。


「そうだよ」


 はっきりと。


「ガーナウス攻防戦……知ってるでしょ?」


「……いや、聞いたことないです」


「弟子なのに、どうしてそんなことも知らないの!?」


 ミリアが声を荒げる。


 固まるノイスの代わりに、ルーシーがゆっくりと話し始めた。


「ガーナウス攻防戦……

 魔族が大量侵攻したとされる戦いです」


 落ち着いた声。


「絶詠の魔女様が前線に立ち、被害を最小限に抑えたと伝えられている戦いです。

 そして――追放前、最後の大きな戦果です」


 ミリアはゆっくりと頷く。


「そう」


 その冷たい視線はノイスへ。


「争いをいち早くに止めるために、魔法協会が“最強の魔女”を派遣した。

 本来なら、すぐに終わるはずだった」


 指先が震える。


「でも魔法協会の見通しは甘く、戦いは長引いた」


「そして魔女は、魔族を一掃するために強力な範囲魔法を使ったの。

 ……ユーリスが巻き込まれるほど近い場所で」


 空気が重くなる。


「狂素病って知ってる?」


 ノイスは首を振る。


「魔法に耐性のない人間が、強すぎる魔素に晒されると――

 体内の魔素が暴走する病」


 ミリアの声が低く落ちる。


「発症したら、ほとんど助からない」


 唇を強く噛む。


「ユーリスは、魔女の強い魔法の影響でその場で倒れた」


 ノイスを睨みつける。


 誰も言葉を発せない。


「そ、それは……!」


 ルーシーが震える声で口を開く。


「街を守るために、絶詠の魔女様が――」


「うるさいっ!」


 ミリアの叫びが部室を震わせる。


「想定外だったのかもしれない!

 守るためだったのかもしれない!」


 拳が震える。


「でも僕は見たんだ」


 目が揺れる。


「狂素病で倒れたユーリスを――」


 一瞬、言葉が詰まる。


「隠蔽するために、魔女はユーリスを消した」


 静寂。


「そんな……」


 ルーシーが後ずさる。


「絶詠の魔女様が、そんなことするわけ――」


「いいや」


 ミリアの声が、静かにそれを遮る。


「あの魔女は、自分のミスをなかったことにするために、

 ユーリスの存在ごと消したんだ……」


 一瞬、苦笑のようなものが浮かぶ。


「絶詠の魔女にとっては、よくあるただの隠蔽だったのかもしれない」


 視線が揺れる。


「でも、ユーリスは……

 僕にとっては大事な弟みたいな子だったんだ」


 その言葉に、誰も何も言えなかった。


「きっと、そんなことばかりしていたから、

 魔法界を追放されたんじゃないの?」


 ノイスは何も言えなかった。


 否定する言葉も、擁護する言葉も――見つからない。


 ミリアの瞳が、ゆっくりと揺れる。


「……出て行って」


 静かな声。


 怒鳴り声じゃない落ち着いた声。


「今は、顔も見たくない」


 ノイスの胸が、強く締め付けられる。


「少しでも君にユーリスを重ねてた自分が――」


 一瞬、目を伏せる。


「許せない。……本当に、最低な気分だよ」


 言い終えると、ミリアは背を向けた。


 震えているのは、怒りか、涙か。


 わからない。


 ノイスは、その場から動けなかった。


 やがてロウが、静かに肩に手を置く。


「……行こうぜ」


 ゆっくりと部室の扉が閉まる。


 その音が、やけに大きく響いた。

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