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三十話 暴走の真相

 部室の空気が、凍りついていた。


 ノイスが向けた指の先には、設計図を握ったまま立つ青年。


 フロスト。


 穏やかで、几帳面で、部長として部を支えていた先輩。

 少なくとも、ノイスにはそう見えていた人物だった。


「フロスト部長。あなたですね」


 静かな声だった。


 だが、その静けさがかえって、部室全体を重く沈ませる。


 集まる視線。

 誰も言葉を発しない。


 沈黙だけが、ゆっくりと広がっていく。


 その沈黙を破ったのは、フィオラだった。


「待ちなさい、ノイス君」


 低く、しかし強い声。


「フロスト君がそんなことをするはずがないわ」


 部室の奥で、フロストは静かに目を伏せている。


 ミリアも立ち上がる。


「そうだよ、ノイス君」


 驚きで声は震えている。


「いくらなんでも、無理矢理じゃないかな?」


 フロストがようやく顔を上げる。


「……そうだよ。

 言いがかりはやめてくれよ、ノイス君」


 静かな声。


「自分の設計ミスを私のせいにされたんじゃ、たまったものじゃないよ」


 ミリアの視線が、ノイスへ向く。


「……なにか証拠があるの?」


 信じたい気持ちと、疑念の狭間。


 その瞳が、わずかに揺れている。


 静まり返った部室。


 ノイスは、崩れた《自立型魔道具オートマタ》を見下ろした。


「もし、ミリア先輩が一人で作っていた頃の設計なら、

 装甲はもっと単純な固定構造だったはずです」


 ゆっくりと顔を上げる。


「ですが、これは僕と先輩の共作です」


 指先で装甲の継ぎ目をなぞる。


「安全対策として、簡単に開けられないように、二重固定と特殊なロックを組み込みました」


 フィオラが眉をひそめる。


「特殊なロック……?」


「正しい手順で装甲を外さなければ、継手や留め具に負荷がかかる構造です」


 ミリアがはっと息を呑む。


「……そういえば、ノイス君いつも開けるの時間かかってたよね」


「ええ」


 淡々と頷く。


「暴走した《自立型魔道具オートマタ》を止めるために装甲を外した時、継手や留め具が損傷していました」


 視線が静かに奥へ向く。


「装甲は必要以上に硬い。

 それは先輩が防御力を重視した設計をしたからです」


 一歩、前に出る。


「その硬い装甲を手順も知らずに、無理やりこじ開けたのなら――」


 わずかな間。


「使用した工具も、無事では済まないはずです」


 部室の空気が凍る。


 ノイスは、まっすぐフロストを見据えた。


「フロスト部長。工具を見せてもらえますか?」


 フロストの肩が、わずかに揺れた。


「……馬鹿らしい」


 低く吐き捨てる。


「工具が傷んでいたとしても、それは長く使っているからだ」


 視線は逸らさない。


「工具なんて消耗品だろう?」


 フィオラが口を挟む。


「いえ……フロスト君は几帳面。

 刃先が少しでも欠けたら、すぐに買い替えているタイプじゃない」


 フロストの目が鋭くなる。


「先生まで、私を疑うのですか!」


 声が荒れる。


「ちょうど買い替えようと思っていたところです!

 それだけですよ!」


 言葉が早い。


 弁明が過剰。


 ノイスは瞬き一つせず、見つめている。


「それに――」


 フロストは続ける。


「装甲がボロボロなのは、暴走したからだろう?

 きっと暴れてどこかにぶつけたんだ!

 無理やり装甲を外したせいとは限らない!」


「それに、外せたとしても魔石の位置があんなに奥じゃ、

 術式を書き換えるのは無理だろう?」


 沈黙。


 空気が止まる。


 全員の視線が、フロストへ向いた。


「な、なんだよ……」


 ミリアが、ゆっくりと顔を上げる。


「……フロスト」


 震える声。


「《自立型魔道具オートマタ》の魔石の位置なんて、作ってる僕とノイス君しか知らないはずだよ」


 フロストの喉が鳴る。


「そ、それは……

 この間、ミリアが部室で言っていたからで――」


「そんなこと言ってないよ、僕!」


 即答。


 ノイスが静かに補足する。


「もし話を聞いていたとしても、ちょうど前回の改修で、魔石の位置は変更しました。

 装甲にあまり近いと、衝撃で魔石が傷つく可能性があったので」


 フロストの顔から血の気が引く。


「ち、違う! 私じゃない!」


 ミリアの目に、怒りが灯る。


「どうしてよ、フロスト!」


 一歩、踏み出す。


「僕の魔道具に……どうしてこんなことしたの!?」


 部室の空気が、完全に崩れた。


 フィオラがゆっくりと近づき、フロストの肩に手を置く。


「……話してくれるわね?」


 静かな声だった。


 しばらくの沈黙。


 そして。


「……全部、お前が悪いんだ」


 低く、絞り出すような声。


 視線がゆっくりとノイスへ向く。


「ノイス……お前が来てからだ」


 拳が震えている。


「ミリアは……私の隣にいたはずなんだ」


 歯を食いしばる。


「なのに、お前は突然現れて、全部持っていった」


 設計図を握る手が白くなる。


「才能も、技術も、魔道具の知識も……」


 一度、声が詰まる。


「それに、ミリアから向けられる笑顔も」


 空気が重く沈む。


「私は……全部、横取りされたんだよ」


 一瞬の沈黙。


 そして。


「だから、《自立型魔道具オートマタ》も失敗すればいい……そう思ってた。

 暴走して怪我人でも出れば、作成は中止になる――」


「ふざけないでっ!」


 ミリアの声が、部室に響いた。


「“横取りされた”って何?」


 一歩、踏み出す。


「僕は誰の物でもない」


 怒りで震えながらも、その瞳はまっすぐだった。


「いつから僕は、フロストの所有物になったの?」


「そ……それは……」


 言葉が続かない。


「なんの権限があって、

 僕の夢の邪魔をするんだよ!!」


 激しい怒りに視線が揺れる。


 部室に重い沈黙が落ちる。


 フィオラが掴みかかりそうなミリアの前に一歩出た。


「……これは、遊びで済む話じゃないわ」


 静かな声。


 だが、その奥にははっきりとした怒りがあった。


「怪我人が出たら、ミリアがこれからどんな目で見られるか……

 想像できなかったの?」


 フィオラは、フロストをまっすぐ見据えた。


「……」


「ミリアのことを本当に想っていたのなら、

 こんな幼稚な真似、できるはずがないわ」


 一拍置いて、冷たく告げる。


「フロスト君。職員室まで来てもらうわよ」


 その声音に、拒否の余地はなかった。

 

 フロストは唇を噛み、俯いたまま項垂れる。


 フィオラに連れられ、フロストは部室を後にした。


 扉が閉まる音だけが、やけに大きく響いた。


 あとに残ったのは、誰もすぐには言葉にできない重い静寂だった。

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