二十九話 暴走する魔道具
赤く明滅する魔石が、再び生徒たちへ砲口を向ける。
(この《自立型魔道具》で、怪我人を出すわけにはいかない)
ノイスは即座に前へ出た。
「ロウ! あれの動き、止められる?」
「いきなりでよくわからねぇが、任せろ!」
ロウは懐から杖を取り出し、ノイスの隣へ踏み出す。
「――緑炎の縄よ。
絡みつき、逃がすな!
《ファイヤー・ロープ・プラント》!」
放たれた緑炎は帯のように伸び、暴走する《自立型魔道具》の四脚へ絡みついた。
炎でありながら、蔦のようにしなり、関節部を締め上げていく。
――ギギギギッ……
金属の脚が床を削り、不快な音を立てた。
「ノイス、これでいいのか!?」
「そのまま抑えて!」
《自立型魔道具》の砲口が、拘束しているロウへ向く。
「ルーシー! 砲口を抑えられる?」
「はい!
任せてください!」
澄んだフルートの音色が、廊下に響いた。
軽やかな旋律に合わせて、足元から水が溢れ出す。
「――《ウォーター・キャット》!」
水獣が床を蹴り、砲口の前へ飛び込んだ。
――パンッ!
放たれた魔法弾を、水獣が真正面から受け止める。
――バシャァッ!!
水が弾け、白い蒸気が廊下に広がった。
「次、来ます!」
ルーシーの声と同時に、水獣は再び形を整える。
砲口の動きに合わせて廊下を駆け、盾のように《自立型魔道具》の前へ回り込んだ。
(さすが、二人とも判断が早い)
ノイスは迷わず駆け出した。
ロウが脚を止め、ルーシーが砲撃を逸らしている。
そのわずかな隙に――
ノイスは《自立型魔道具》の懐へ飛び込んだ。
狙うのは中枢。
魔素供給用の主魔石。
位置は把握している。
ノイスが距離を詰めるが、同時に砲口が向く。
しかし、すぐに水獣が割り込んだ。
「ノイスくん、砲撃は私に任せてください」
「ありがとう。
これで、解体に集中できる」
「こっちも限界近いぞ!」
緑炎が軋みを上げる。
ノイスは《自立型魔道具》の装甲の継ぎ目に工具を差し込んだ。
だが、装甲はすぐには開かない。
(やっぱり、外側から無理に触られている。
固定術式が歪んでる……!)
赤く明滅する魔石が、再び光を強める。
「ノイス! まだか!?」
ロウが叫ぶ。
「あと少し……!」
ノイスは息を殺し、歪んだ術式の隙間へ魔素を流し込む。
無理に剥がせば、内部の魔石まで傷つき、爆発してしまうかもしれない。
だが、時間をかけすぎれば次の砲撃が来る。
細く、早く、正確に。
固定術式をなぞるように断ち、外装を外していく。
――パキン。
内部の主魔石が露出する。
赤く脈打つ供給魔石。
ノイスは配線に細身の刻印具を当て、魔素の流れを描き変え、断ち切る。
そして、主魔石を引き抜いた。
――ガクン。
《自立型魔道具》の光が消える。
四脚が力を失い、その場に沈み込んだ。
蒸気と焦げた匂いだけが残る。
ロウが肩で息をする。
「……止まったのか?」
ルーシーも胸を押さえた。
「もうノイスくん。
あんまり無理言わないでください……」
ノイスは抜き取った魔石を静かに見つめる。
(自然に暴走するような構造ではなかったはず)
回路にわずかな歪み。
外部から干渉された痕跡。
(……ああ。
壊さなくて良かった。これで見当がつく)
ノイスは抜き取った主魔石を布で包む。
「ここは目立つ。
部室に運ぼう。詳しい話はそこで」
「おう。重てぇな、これ」
ロウとノイスで《自立型魔道具》を運ぶ。
「放課後、ノイスくんが忙しそうにしていると思ったら……
こんな魔道具を作っていたんですね」
ルーシーは小さく呟き、倒れた《自立型魔道具》へ視線を落とす。
驚きと、ほんの少しの寂しさが混じった声だった。
「……まあ、僕ひとりで作ったわけじゃないんだけどね」
ノイスは淡々と答えた。
◇◇◇◇◇
部室の扉を開けると、フィオラとミリアが待っていた。
「ノイス君!」
ミリアが駆け寄る。
ロウの腕から降ろされた《自立型魔道具》を見るなり、息を呑む。
「なんでこんなことに……
でも、壊れてないんだね。よかった」
そっと膝をつき、装甲に触れる。
傷の具合を確かめる指先。
そして――
額をそっと装甲へ寄せる。
それは、傷ついた我が子を労わるような優しい仕草だった。
「無事で……本当に、よかった」
だが、すぐに眉が寄る。
「でも、どうして暴走なんて……」
ミリアの声は、まだ震えている。
ノイスは布に包んだ主魔石を差し出した。
「《自立型魔道具》を止めるために魔素供給用の主魔石を外しました」
ゆっくりと布をほどく。
赤い魔石の表面に、微細な刻印の歪みが浮かび上がる。
「そして――明らかに外部から干渉されていました」
部室の空気が、わずかに張り詰める。
「外部から……?」
ミリアが顔を上げる。
「本来、《自立型魔道具》はミリア先輩の魔素でしか起動しません」
ノイスは落ち着いた声で続ける。
「ですが、この魔石は術式が書き換えられていました。
強制的に共鳴状態へと移行させられ、起動したわけです」
フィオラの目が鋭くなる。
「ちょっと待ってよ……いつもの暴走じゃないの?」
「違います」
即答だった。
「少なくとも、僕と先輩が作った構造に、自然暴走を起こすようなミスはありません」
視線をゆっくりと巡らせる。
「そして、魔法陣の書き換えが出来る人間は限られます」
誰も口を開かない。
空気が重く沈む。
「《自立型魔道具》の構造を理解していて、魔石刻印に慣れていること。
前回の起動実験を見ていて、この部室に自由に出入りできること」
一歩、前に出る。
「そして何より――この、必要以上に丁寧な術式の書き方。
この癖を、僕は知っています」
誰かが息を呑んだ。
ノイスの視線が、部室の奥へ向く。
設計図を握ったまま立つ青年。
ノイスは、静かに指を向けた。
「フロスト部長。あなたですね」
――その場の空気が凍りついた。




