二十八話 魔道具の行き着く先
翌日の放課後。
ノイスは、いつもより少し重い足取りで魔道具作成部へ向かっていた。
昨夜から胸の奥に残り続けている違和感。
ミリアの魔道具に書き込まれていた、過剰な出力調整。
そして、戦うための力を求めるような、あの赤い修正線。
(……先輩は、何を見せるつもりなんだ。
考えすぎならいいんだけど)
そう思いながら、部室の扉を開ける。
「ノイス君」
名前を呼ばれ、ノイスは視線を向けた。
部室の奥。
棚の影に立っていたミリアが、こちらを見ていた。
いつものような大げさな手振りも、からかうような笑みもない。
「こっちだよ」
いつになく落ち着いた声。
ノイスは小さく眉をひそめた。
「昨日のお返しに、僕の自慢の魔道具を見せてあげる」
ミリアは部室の奥へ進む。
搬入口として使われている、裏手の扉。
彼女が小さな鍵を差し込むと、
かちり、と乾いた音がした。
重たい扉が、ゆっくりと内側へ開く。
奥には、薄暗い通路が続いていた。
「こんな場所、あったんですね」
「えへへ。部員でも知らない人は多いよ。
僕は、先生に特別に許可をもらってるから」
軽い口調だった。
だが、その足取りに迷いはない。
ミリアの後を追って薄暗い通路を抜けると、
その先には部品や機械が雑然と積まれた倉庫が広がっていた。
その中央――
簡易照明に照らされるように、巨大な布で覆われた“何か”が置かれている。
「……これが?」
「うん」
ミリアが布の端を掴む。
「僕の自慢の魔道具……」
そう言って、ミリアは布を一気に引き剥がした。
露わになったのは、鈍く光を返す金属の巨体。
黒と銀を基調にした鋼の装甲。
大きく発達した両腕部。
くの字に折れた、バネのような脚部。
そして背部には、魔石制御ユニット。
それは、人型の外骨格――
「《装備型魔道具》。
僕が作った中で、一番の傑作さ」
低く、誇らしげな声。
ノイスは黙って、それを見上げた。
「ある程度は予想していましたが……ここまでとは」
「うんうん。
すごいでしょ?」
ミリアが嬉しそうに頷く。
「使用者の魔素を駆動力に変え、身体能力と魔法威力を底上げする――僕の相棒!」
装甲を撫でるその手は、優しい。
「この子があれば、僕は誰とでも戦える」
一瞬、声に熱が宿る。
「そこに《自立型魔道具》が加われば……
きっと、あの怪物も倒せる」
その言葉に、わずかな殺気が混じる。
ノイスの嫌な予感は、的中していた。
「……先輩」
静かに口を開く。
「これは、魔道具の領域をはみ出ています」
視線を装甲へ向けたまま続ける。
「もはや――“兵器”です」
ミリアは一瞬だけ黙り、そして笑った。
「あはは!
ノイス君は、何もわかってないよ」
ミリアはゆっくりと、装甲に身体を預けた。
ほっとしたように息を吐き、
火照った頬を冷たい装甲へそっと押し当てる。
指先が、なぞるように滑る。
愛おしむように。
「……魔道具の行き着く先は、兵器だよ」
囁く声は低く、甘く。
「僕は違うと思います」
即答だった。
「魔道具は、もっとくだらなくていいというか……
生活を楽にするとか、無駄を減らすとか」
「ノイス君!」
声が強くなる。
「いい加減、現実と向き合いなよ!」
地下の空間に、声が反響する。
「昨日も思ったんだ。あれだけの技術があるのに、実用的な兵器が一つもないなんておかしいよ」
拳を握る。
「それじゃ、宝の持ち腐れだよ」
沈黙。
(……やっぱり、こうなる)
ノイスは、ミリアと魔道具に向き合う時間が好きだった。
アイディアを出し合い、失敗して、笑って、また挑戦する。
独りよがりだったノイスの趣味は、ミリアという理解者を得て広がった。
――そう思っていた。
だが。
最初から感じていた小さな違和感。
戦闘への執着。
過剰な出力。
危険を顧みない設計。
その小さな綻びは、今やはっきりと形を持ち始めている。
静かに、しかし確実に。
二人の間に、亀裂が生まれつつあった。
「ノイス君」
ミリアが、真っ直ぐにこちらを見る。
「僕のパートナーになってほしいんだ」
一歩、近づく。
「君となら、最高の兵器が作れる。
そして僕の願いは、現実になる」
差し出される手。
昨日、無邪気に笑っていたその手とは、少し違って見えた。
「……先輩は、どうしてそんなに戦う力を求めるんですか」
ノイスは胸の奥に溜まっていた疑問を、そのままぶつける。
ミリアは一瞬、目を伏せた。
「そういえば、ちゃんと話してなかったね」
静かな声。
「僕にはね……どうしても殺さなきゃいけない怪物がいるの」
空気が、凍る。
「殺さなきゃいけない……怪物?」
その物騒な言葉に、ノイスの体がわずかに強張る。
勘付いていたが、ミリアからそんな言葉を聞きたくはなかった。
「そう。僕の大事な人を、目の前で奪っていった……」
声が震える。
「あの頃の僕は、まだ実力が足りなかった。
だから、守れなかった」
拳を握る。
「あの日から、ずっと……
ずっと弱い自分が許せなくて」
視線が鋭くなる。
「でも僕の魔法の実力じゃ、あの怪物に到底及ばない。
それで行き着いたのが――魔道具なんだ」
(先輩の……大事な人)
胸の奥がざわつく。
「どうしても殺したい怪物。そいつはね――」
――バンッ!!
「ミリア!! それにノイス君まで……
大変なことになってるわ」
扉が勢いよく開く。
息を切らしながら、入ってきたのは魔道具作成部顧問のフィオラだった。
「《自立型魔道具》が――!」
言葉が最後まで届く前に、ノイスは走り出していた。
「ノ、ノイス君!?」
ノイスは風魔法を足元に纏い、通路を一気に駆け抜ける。
靴底が床を擦る音すら置き去りにする速度。
(なんとなくわかる。
たぶん、想定していた最悪の事態が起きた)
階段を滑るように降りる。
集中し、《自立型魔道具》の魔石から漏れる微かな魔素を辿る。
――パンッ!
耳に届く乾いた衝撃音。
弾ける魔素の振動。
ノイスの感覚が研ぎ澄まされる。
(もし、《自立型魔道具》が誰かを傷つけてしまったら……)
脳裏に浮かぶのは、ミリアの横顔。
装甲に頬を寄せた姿。
“殺さなきゃいけない怪物”と呟いた声。
(ミリア先輩は、もう戻れなくなる)
廊下へ飛び出す。
そこにいたのは、四脚を展開した《自立型魔道具》。
目標認識用の魔石が赤く点滅している。
逃げ惑う生徒たち。
壁に刻まれた焦げ跡。
次の照準が、生徒へと向けられる。
「起動している……!
どうして!」
ノイスは詠唱もなく土壁を展開し、
逃げる生徒たちを守る。
砲撃が直撃し、土壁が砕け散る。
「魔素を送っても止まらない……制御系が遮断されてる。
なら、破壊するしか――」
ノイスが手を向けた瞬間、ミリアの顔が脳裏をよぎる。
放課後、肩を並べて笑いながら作った時間。
初起動の成功。
あの『ありがとう』。
(だめだ……僕には壊せない)
躊躇している間に、《自立型魔道具》が再び照準を合わせる。
――パンッ!!
ノイスは空中で身体を捻り、生徒の前へ割り込んだ。
――バチィィン!!
展開した魔素障壁で直撃を受け止める。
衝撃が床を砕き、亀裂が走る。
だがノイスは退かない。
「……絶対に」
歯を食いしばる。
「誰も傷つけさせない」
赤く点滅する魔石を睨みつける。
その時――
「何の騒ぎだ!?
……って、ノイスか!」
「ノイスくん、どうしてここにいるんですか!?」
そこへ駆けつけてきたのは、ロウとルーシーだった。
息を切らしながら、状況を見て目を見開く。
(ロウとルーシーがいれば――)
ノイスは一瞬だけ振り返る。
「あはは……ちょっと、色々あってさ」
余裕のない笑み。
「手を貸してくれないかな。説明してる時間はないんだ」
《自立型魔道具》の魔石が赤く明滅する。
再び砲撃が、周りの生徒たちへと向けられていた。




