二十六話 自立型魔道具
それから、ノイスとミリアの魔道具作りは、驚くほどの速さで成果を見せ始めた。
ミリアの発想力。
ノイスの知識と制御技術。
二つが噛み合うたびに、設計図は書き換えられ、試作品は改良されていく。
失敗もあった。
何度も爆発し、何度も素材を無駄にした。
それでも二人は止まらなかった。
そして――数日後。
魔道具作成部の部室には、部員たちが集められていた。
顧問のフィオラ。
部長のフロスト。
そして、他の部員たち。
全員が、部室の中央に置かれたそれを固唾を飲んで見守っている。
《自立型魔道具》――試作一号機。
「……いけると思う?」
珍しく、ミリアの声は静かだった。
「構造上の問題はありません」
ノイスは術式の最終確認を終え、頷く。
「共鳴回路も安定しています。――いつも通りで」
「いつも通りね。了解」
ミリアが深く息を吸う。
「……起動」
ほんのわずかなミリアの魔素が流れ込む。
――グポォン。
内部の魔石が淡く発光する。
畳まれていた四脚が滑らかに展開し、金属の機体がゆっくりと立ち上がった。
「第一起動……成功です」
ノイスの淡々とした報告。
「次、いくよ」
ミリアが手をかざす。
《自立型魔道具》はその動きに呼応するように、滑らかに移動した。
目標――壁際の金属板。
照準。
――パンッ。
乾いた衝撃音。
金属板には、確かな焦げ跡が刻まれている。
暴走なし。遅延なし。
「……や、やった」
誰かが息を吐いた。
「できた……」
ミリアの声が震える。
「できたよ、ノイス君!」
満面の笑み。
無邪気な、子供みたいな顔。
(よし。
安定している。命中精度も誤差は小さい)
ノイスは静かに告げる。
「自立起動、遠隔制御、持続稼働――すべて正常です」
ノイスは、《自立型魔道具》に異常がないか念入りに確認する。
「これは……成功と言っていいでしょう」
「やった!」
ミリアが勢いよくノイスの両手を掴む。
「僕たち、やったよ!」
「分かってますから、そんなに腕を振らないでください」
「いいじゃん!
今僕は、とても興奮してるんだよ!」
笑い声が弾む。
部室の空気が、ふっと軽くなる。
緊張していた部員たちからも、拍手が起こった。
「すごい……本当に自立して動いてたぞ」
「遠隔であの精度って、どういう構造なんだ?」
「魔道具の進化系だ……」
部員たちにざわめきが広がる。
部室の奥で、フィオラが小さく頷いた。
「本当に形にしてしまうなんて……
なんてすごい子たちなのかしら!」
その声には、教師としての誇りが滲んでいる。
フロストは設計図を握りしめたまま、呟いた。
「完成度が、高すぎる……。
私では、この次元には到底届かない……」
賞賛の言葉のはずなのに、その声にはわずかな苦さが混じっていた。
《自立型魔道具》はミリアの制御から解かれ、再び脚を折り畳み、静かに待機状態へと移行する。
まるで主の命令を待つ、忠実な獣のように。
ミリアはゆっくりと歩み寄り、その装甲にそっと触れた。
「……ありがとう。君もいい子だね」
指先は優しい。
まるで我が子を撫でる母親のような、柔らかな表情だった。
ノイスはその横顔を見つめる。
(ミリア先輩……こんな顔もするんだな)
いつもの冗談も、強がりもない。
穏やかで、柔らかな表情だった。
「ノイス君」
ミリアが振り向く。
「君がいなかったら、僕はここまでの魔道具を作れなかった……ありがとう!」
次の瞬間には、無邪気な子供のような笑顔に戻っている。
「いえ、これは先輩の力です。
おめでとうございます」
ころころと表情を変えるミリアに、ノイスの胸の奥がわずかにざわついた。
二人は並んで、《自立型魔道具》を見つめる。
静かに待機する、小さな機体。
まだ未完成で、どこか頼りない。
それでも――
二人にとっては、確かな第一歩だった。
◇◇◇◇◇
《自立型魔道具》の起動試験成功から数日。
ノイスとミリアは、試作一号機の前で頭を悩ませていた。
このままでも、十分すぎる性能ではあった。
だが、二人ともそこで満足する気はなかった。
より良くするには、どこを改修すべきか。
設計図の上には、赤と青の修正線が入り乱れていた。
「うーん……ノイス君、どう思う?」
「このままだと安定性に欠けます。まずは操作精度の向上を優先すべきかと」
どれだけ優秀な魔道具でも、誤作動があれば意味がない。
ましてや《自立型魔道具》は戦闘用。暴走すれば取り返しがつかない。
「でもさ、なんか物足りないんだよね」
「物足りない……ですか?」
ミリアは腕を組み、視線を図面に落とす。
「……うん」
声が、わずかに低くなる。
「強い相手と戦うのなら、攻撃が単調じゃダメだし。
やっぱり火力も、もっと欲しい」
ペンをくるくると回す仕草。
だが、その目は笑っていない。
ノイスは、ミリアの“戦うための魔道具”へのこだわりに、わずかな違和感を覚えていた。
学生の研究にしては、踏み込み方が深すぎる。
まるで――誰かを倒すための力を、本気で求めているみたいだった。
沈黙が落ちる。
やがてミリアが、ふっと顔を上げた。
「ねえ」
「はい」
「ノイス君が今まで作った魔道具、見せてよ」
「……僕のですか?」
「うん。方向性のヒントになるかもしれない」
「別に、参考になるような物は――」
「えー、勿体ぶらないでよ!」
食い気味に詰め寄る。
「ノイス君ほどの魔道具師なんだもん。見たい!」
(魔道具師って、何なんだ……)
「ノイス君の思考回路。
僕は……もっと知りたいな」
無邪気な笑顔。
けれど、その瞳は真剣だ。
「今度、部室に持ってきます」
「今度? 悠長だなぁ。アイディアは鮮度が命だよ?」
「ダメです。寮の部屋にありますから」
一拍。
ミリアの目が、きらりと光る。
「じゃあさ……
今から行っちゃおうか……」
「……は?」
「善は急げ、だよ!」
「女の人が男子寮に入るのは――」
「大丈夫大丈夫! 同じ部活だし。
バレなきゃ平気だから!」
「平気じゃないです。
規則以前の問題です」
ぐい、と手首を掴まれる。
「ちょ、待ってください」
「《自立型魔道具》改修のためだよ?
魔法界の未来のためだよ?」
「そんな雑な理屈で……」
ミリアに半ば引きずられる形で、部室を出る。
廊下を歩きながら、ノイスは小さく息を吐いた。
(……どうしてこうなる)
隣では、ミリアが楽しそうに笑っている。
「僕、男の子の部屋って初めて入るかも」
「……本当に何もありませんよ」
「まあまあ、それは僕が判断するから」
夕陽が廊下を赤く染める。
人の気配を避けるように、二人はひっそりと男子寮へ足を踏み入れていった。




