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二十五話 名コンビ誕生

 ミリアによる魔石への刻印は、想像以上に難航していた。


 ほんのわずかな線のズレ。

 刃先に込める力の加減。

 そして、流し込む魔素の量と性質。


 どれか一つでも誤れば、魔石はすぐに反応を乱す。


 ――ボンッ!


 またひとつ、小さな爆発音が部室に響いた。


 白い煙がふわりと上がり、机の上に置かれていた魔石が、ぱきりと割れる。


「……また割れた」


 ミリアが、煤けた頬のまま呟く。


 焦げた匂いが漂い、机の上には割れた魔石の欠片がいくつも転がっていた。


「やっぱり僕がやりましょうか……?」


 その言葉にミリアがふと真面目な顔になった。


「ありがたいけどさ……

 刻印をノイス君にやってもらったら、

 それもう僕が作ったって言えないよね」


 視線は魔石に落ちたまま。


「やっぱり、これは僕がやらないとダメな気がする」


 ミリアの決意は固く、その真剣な眼差しに迷いはなかった。


「……わかりました」


 ノイスは素直に頷く。


「僕はフォローに徹します」


 その言葉に、ミリアの顔がぱっと明るくなった。


「ありがとう、ノイス君!」


 元気よくノイスの肩に手を乗せる。


「僕は良い助手を持ったよ!」


(……いつの間にか助手扱いになってるな)


 ノイスは小さく息をつく。


 けれど、ミリアの笑顔を見ていると悪い気はしなかった。

 

「では、いいですか?」


 刻印具を持つミリアの手元を見る。


「魔石に術式を描くときは、

 削るんじゃなくて――表面一枚をなぞる感覚です。

 そして、押し込まないで優しく滑らせる」


「こ、こうかな……」


 慎重に、刃先が魔石の表面を走る。


 今度は爆ぜない。


 淡い光が、静かに線を描いていく。


「上手いです。その調子で」


「むむむ……ほんと加減が難しいよぉ」


 額に汗をにじませながらも、

 ミリアは刻印具を止めなかった。


 刃先が魔石の表面をなぞるたび、

 淡い光の線が、少しずつ形を成していく。


 いつもの軽口は消えていた。


 瞬きすら忘れたように、

 ミリアはただ目の前の魔石だけを見つめている。


「……ふう」


 ゆっくりと手を離す。


「ど、どうかな?」


 ノイスは慎重に魔石を手に取り、照明に透かして細部を確認する。


「魔法陣の構成も合っています」


 ノイスが静かに頷く。


「これなら、遠隔で起動できるはずです」


「ほんとに?

 じゃあ、早速やってみよう」


 ミリアは小さく息を吐き、机に置いた魔石から一歩離れた。


「いくよ……」


 そして、ほんのわずかな魔素を流した。


 ほんの少しの間。


 魔石が鋭い光を放つ。


「……」


 光を確認してから、流していた魔素をすっと引く。


 魔石の光がすっと弱まり、赤色の光だけが残る。


 爆発はしない。


「……できた」


 一拍遅れて、ミリアが顔を上げる。


「できたよ、ノイス君!」


 ぱっと、花が咲くような笑顔が浮かぶ。


「ちゃんと遠隔で起動してるし、

 魔素も暴れてない!」


 魔石は、ミリアの言葉に応えるように、

 静かに淡い光を脈打たせていた。


 ノイスは、その光をじっと見つめる。


(……先輩は少し危なっかしいけど)


 刻印の線は、細く正確に走っている。

 魔素の流れにも、淀みはない。

 遠隔起動も安定している。

 

(初めてでここまでできるなんて……

 やっぱり、ミリア先輩は天才なのかもしれない)


 穏やかな光は、確かな鼓動のように、

 魔石の内側で静かに揺れていた。


 離れたところで見ていたフィオラが、

 腕を組みながら目を細める。


「あの二人、最初はどうなることかと思ったけど……」


 フィオラは口元を緩め、

 部長のフロストへ視線を向けた。

 

「意外と噛み合ってるわね」


「え……ええ」


 フロストは目を逸らしながら、静かに頷いた。


「二人とも、魔道具に対する好奇心と知識の深さが桁違いですよ」


 フロストの視線は、机の上で静かに脈打つ魔石へと向けられる。


「遠隔での安定制御……もしこれが完成すれば、魔道具の在り方そのものが変わります」


 手に力が入り、持っていた設計図がくしゃりと音を立てる。


「私たちは――」


 フィオラが小さく息を吐く。


「歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれないわね」


 夕陽が差し込み、魔石の光が淡く揺れる。


 まだ小さな成功。


 だが、その先に広がる未来は――決して小さくはなかった。



◇◇◇◇◇

 


 二人の魔道具作成は、いつしか日課のようになっていた。


 放課後。授業が終わってから夕陽が沈みきるまで。


 時には、校舎に灯る魔導灯の下でさえ。


「ノイス君。

 ここの魔法の発動、もう少しスムーズにならないかな?」


 ミリアが設計図の一点を指で叩く。


「魔石から魔素を引き出す構造なので、どうしても初動に遅延が出ますね」


 ノイスは静かに分析する。


「魔法自体を簡略化すれば、発動は早くなりますけど」


「うーん……」


 ミリアは腕を組む。


「僕的には、これ以上魔法の“質”を落とすのは嫌なんだよね」


「ってことは、威力を維持したまま高速化したい、と」


「そう!」


 即答。


 ノイスは設計図を覗き込み、数秒だけ思案する。


「……なら魔法陣の補助線を削りましょう」


「え? 補助線?」


「僕も最近知ったんですけど、魔法陣には発動に直接関係しない補助線が混ざっているんです」


 設計図の一部を指でなぞる。


「安定性を高めるための保険みたいなものですね。

 そこを削れば、発動速度は上がるはずです」


 ミリアの目がきらりと光る。


「えっ、そうなの?

 僕、ずっと習った通りに書いてたよ」


 ぱちん、と自分の頬を軽く叩く。


「ああ、やっぱり先入観ってよくないな!

 新しい発明するなら、もっと頭を空っぽにしないと!」


「制御面で少し不安は残りますが……」


 ノイスは静かに続ける。


「先輩の刻印した魔石なら、

 魔素を制御できると思います」


 ミリアが一瞬、きょとんとする。


 そして――


「いやー、ノイス君に褒められるなんて!」


 にやりと笑う。


「僕もまだまだ捨てたもんじゃないね!」


 勢いよく設計図を書き直していく。


 無駄な線が消え、構造が洗練されていく。


「あのさ」


 ミリアがふいに、ペンを止めた。


「僕たちって、けっこういいコンビだと思わない?」


 いたずらっぽく微笑みながら、横目でノイスを見上げる。


「……否定はしません」


 いつも通り、淡々と返したつもりだった。


 けれど、わずかに口元が緩んでいたのかもしれない。


 ミリアが小さく笑う。


「素直じゃないなあ、ノイス君は」


 楽しそうに笑うミリアに、ノイスは何も言い返せなかった。


 そのまま二人は肩を並べ、再び設計図へと視線を落とした。


 意見をぶつけ合い、何度も線を引き直す。

 試しては失敗し、失敗してはまた別の方法を考える。


 紙の上を走るペンの音と、工具の小さな金属音。

 そして、ときおり響くミリアの楽しそうな声。


 いつの間にか、二人は周りのことを忘れていた。


 時間を忘れ、夢中になって、魔道具を作り続けた。


 それは、ノイスが求めていた“平穏”とは少し違う。


 けれど――


 この騒がしい放課後を、

 ノイスは少しだけ、大事にしたいと思っていた。

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