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二十四話 魔道具という希望

 翌日の放課後。


 ノイスは、普段使っている刻印具や細工用の工具を収めた小さな工具箱を、教室に持ち込んでいた。


「ノイスくん……それは、何でしょうか?」


 ルーシーが、そっと工具箱を覗き込む。


「ああ、これ?

 魔道具作成部に持っていくんだ」


 ノイスは工具箱を軽く持ち上げる。


「昨日、部活の先輩と道具持ってくる約束しててさ」


「……そう、なんですね」


 ルーシーが小さく頷く。


「それじゃ、もう行くね」


 短くそう言うと、ノイスは少し足早に教室を出ていった。


「お、ノイスのやつ。

 部活しっかりやる気じゃねぇか」


 ロウが腕を組み、去っていく背中を目で追う。


 ルーシーは、少しだけその背中を見つめたまま――


「……そう、ですね」


 どこか寂しそうに小さく呟いた。


 廊下に出たノイスは、歩調を緩める。


 魔道具作成部の扉の前で立ち止まり、ノイスは小さく深呼吸をした。


 ――コンコン。


 軽くノックする。


「はい! どうぞー!」


 中から、やけに弾んだ声が返ってきた。


 扉を開けると、昨日の焦げ臭さはまだわずかに残っていた。

 けれど、散らばっていた工具や素材は片付けられ、部室は思ったよりも綺麗に整えられている。


 その中心――

 先生の椅子に堂々と腰掛けていたミリアが、にかっと笑った。


「ノイス君は、もう魔道具作成部の一員なんだからさ。

 いちいちノックなんてしなくていいのに!」


「先輩、早いですね……」


「そりゃあね! 昨日ノイス君と話してから、アイディアが溢れちゃってさ!

 授業が終わる前に飛んできた!」


 机の上には、設計図が広がっている。


(終わる前って……大丈夫なのかな)


「でも、ノイス君も早く来てくれたんだ。

 ありがとね」


 自然な笑顔。


 初対面の変なぎこちなさは、消えている。


「僕の工具、持ってきました」


 小さな工具箱を軽く持ち上げる。


「あ! ほんとに持ってきてくれたんだ!」


 ミリアの目がきらりと輝く。


 椅子を引いて手招きする。


「持ってこないと、先輩が寮の部屋まで来そうだったので」


「えー? 全然行くのに!」


「いや、来ないでください」


「とか言って、本当は少し期待してたんじゃないの?

 まったく、思春期なんだから!」


 ミリアは得意げに片目をつむった。


 ――つもりだった。


 けれど、その仕草はどうしようもなくぎこちない。

 ウィンクというより、片目を無理やり閉じただけだった。


「……」


 ノイスは少しも反応せず、じっと見つめている。


「……あはは。

 そんな冷めた目で見ないでよ。

 少しくらい動揺してくれてもいいのに」


 ミリアは照れ隠しのように、鼻の頭を掻いた。


「なんだかノイス君を見てると、

 ついからかいたくなっちゃうんだよね」


 そう言って、すぐに机の上の設計図へ手を伸ばした。


「それよりもさ、これ見てよ!」


 ミリアは設計図を手に取り、勢いよく身を乗り出した。


 ノイスが目を向けると、そこには昨日のものとは思えないほど、細かな術式や注釈がびっしりと書き込まれていた。


「驚きました。

 あの設計図を、一日でここまで詰めたんですか」


「えへへ、すごいでしょ?

 一晩かけて書き込んだんだ」


「……え?

 寝てないんですか?」


「大丈夫大丈夫!

 授業中に寝るから!」


 ミリアはなぜか誇らしげに胸を張った。

 

(それでいいのか……?)


「まあ、それはいいとして。

 ノイス君的にはどうかな?」


 ミリアは少しだけ真剣な顔になった。


 ノイスは設計図に目を落とす。


 細かく見れば、まだ粗い部分はある。

 だが、昨日よりも術式は洗練されていて、魔素の動線の無駄も減っていた。


 何より――

 発想の大胆さと、魔道具へのこだわりが伝わってくる。


「……昨日より、格段に現実味が出ましたね。

 正直、ここまで詰めてくるとは思いませんでした」


「えっへん!

 伊達に魔道具作成部やってないぜ」


 ミリアは誇らしげに腕を組んだ。


「それでさ、見せてよ。

 ノイス君の工具」


 ミリアが期待に満ちた目を向ける。


 ノイスは小さな工具箱を開けると、

 中から革袋を取り出した。


 さらにその中から、一本の細身の刻印具を抜き出す。


 握りやすいよう細く整えられた形状。

 だが、本来あるはずの刃先はどこにもない。


「これに魔素を流します」


 ノイスがゆっくりと魔素を流す。


 すると、刃先のない先端から、

 細い緑色の光がすっと伸びた。


 まるで、魔素そのものが刃になったような光だった。


「うわ……綺麗」


 ミリアは細い緑の光に見惚れたまま、ぽつりと呟く。


「表面に細かい術式を描くには、既製品だと扱いづらかったので、自分で作りました」


「工具まで自作しちゃうなんて、ほんとすごいね」


「魔道具を作るのが趣味なので。

 師匠には“ガラクタ作り”なんて言われますけど」


「何それ!

 その師匠、全然わかってないよ!」


 即答だった。


「魔道具は、希望そのものだよ!」


 ミリアの瞳が、まっすぐに光る。


「……希望、ですか?」


「うん」


 ミリアは小さく頷いた。


「僕はね……

 魔道具が、もっと世の中に広まればいいと思ってる」


 そう言って、大きく手を広げる。


「そうすれば、力のない人でも。

 魔法の適性が高くない人でも。

 魔法を扱えるでしょ?」


 いつもの明るい声。


 けれど、その奥にある熱だけは、本物だった。


「そしたら……

 大事な人だって、きっと守れる」


 その言葉だけは、ひどく静かだった。


「……目の前で何もできないなんて、

 僕はもう嫌だから」


 部室に、静かな空気が落ちた。

 

 冗談を言っていたときのミリアとは、まるで別人の真面目な横顔。


 ノイスは、何も言えなかった。


 胸の奥に、説明のつかない重さが残る。


 数秒の沈黙。


 ふっと、ミリアが顔を上げた。


「あっ、ごめん!」


 さっきまでの影を振り払うように、

 ぱっと明るい笑顔に戻る。


「なんだか、よくわからない話しちゃったね!」


 ばしん、と自分の頬を軽く叩く。


「よし!

 切り替え! 切り替え!」


 ぐっと拳を握ると、ミリアはいつもの調子で笑った。


「ノイス君もさ!

 未来の発明のために、命を燃やそう!」


 びしっと指を突き上げる。


「今日から君も同志だ!」


「……同志?」


「そう! 魔道具革命の同志!」


 満面の笑み。


 ノイスは、ほんのわずかに口元を緩めた。


「革命はともかく……魔道具作りは、嫌いじゃないです」


「よし来た!」


 ミリアが机を叩く。


「じゃあ、早速これ手伝ってもらうよ!」



◇◇◇◇◇

 


 ――数十分後。


「まずは、魔石に術式を描き込みましょうか」


 二人は机に向かい、魔石と刻印具を並べていた。


「ねえ! 僕やっていい?

 ノイス君の刻印具貸してよ!」


「いいですけど……

 使い慣れてないと難しいと思いますよ」


「大丈夫大丈夫! 僕のスキルは《魔道具適性》なんだ。

 大抵の魔道具は、触れば分かるんだ!」


 言うが早いか、ミリアはノイスの手から刻印具をすっと取った。


 そして、色々な角度から食い入るように眺め始める。


「なるほどね。

 こうなってて……こういう感じか!」


 ミリアはそっと刻印具に魔素を流す。


 淡い緑色の刃が静かに伸びた。


「ほらね! 言ったでしょ?」


 光の刃は揺らぐことなく、細く安定している。

 初めて扱う道具とは思えないほど、制御は滑らかだった。


「……まさか本当に、説明もなしに使えるなんて」


 ノイスは小さく目を見開いた。


 ミリアは得意げに刻印具を掲げる。


「よし!

 じゃあ早速、魔石に術式を描き込んで――」


 勢いよく、光の刃を魔石へ近づける。


「あっ、そんな勢いで入れたら――」


 ノイスが止めるより早く、刻印具の先端が魔石に触れた。


 ――ドバン!!


 小さな爆発音とともに、白い煙が上がる。


「あはは!

 早く言ってよー」


「先輩が話を聞かないだけじゃないですか」



◇◇◇◇◇

 


 ――今度は、ノイスが新しい魔石を手に取る。


「まずは、僕がお手本を見せます。

 よく見ていてください」


「お手本だって?

 なんかそれ、ムカつくよ。

 ねえ、僕の方が先輩なんだけど!」


 ミリアが頬を膨らませる。


「工具の扱いに、先輩か後輩かは関係ないですから」


 淡々と返しながら、ノイスはゆっくりと魔石に術式を描き込んでいく。


 光の刃先が静かになぞり、

 細い線が正確に描かれていく。


「へぇ……

 ノイス君、手先器用なんだね」


 顔が近い。


 大きな藍色の瞳が隣で揺れている。


 近い。

 いや、近すぎる。


 ふわりと短い青髪が揺れ、かすかに甘い匂いがする。

 息遣いまで感じてしまい、どうにも落ち着かない。


「あの……すみません。

 集中してるので、少し離れてもらってもいいですか?」


「なにさー。

 見ててって偉そうに言った割に、見られるの恥ずかしいんだ?」


「いや、そういうわけじゃ……」


 ミリアが、にやりと笑う。


「えいっ」


 ノイスの脇腹を、指先でつついた。


「ちょ、ほんとにやめ――」


 ――バキンッ!!


 机が大きく揺れる。


 鈍い衝撃音とともに魔石が真っ二つに割れ、

 内側に溜まっていた魔素が噴き出した。


 ぼふっ、と黒い煙が上がる。


「……割れました」


 ノイスの顔が、黒く煤けていた。

 

「あっはっは!

 ノイス君ってくすぐり弱いんだ」


 ミリアは悪びれずに、次の魔石を取り出した。


「次いこ! 次!」

 

(……この人、真面目なんだか不真面目なんだか分からない)


 そう思いながらも、ノイスは再び工具を握り直した。


 ミリアとの魔道具作りは、まだまだ続きそうだった。

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