二十三話 書きかけの設計図
魔道具作成部の部室を見渡していたノイスだが、一枚の書きかけの設計図に、ふと視線が止まった。
「これ……」
無意識に歩み寄る。
魔素循環型の自立制御術式。
構造は荒削りだが、魔道具としての発想は鋭く面白い。
「それ……気になる?」
ミリアが立ち上がり、ノイスの隣にちょこっと並ぶ。
「その設計図はね。僕が書いたんだ。
まだ未完成だけどね。
使用者から独立して作動する魔道具」
「……へえ」
ノイスは設計図をじっと見つめる。
「魔石が魔素を蓄える性質を利用して、
事前に溜め込んでおく仕組みなんですね」
「そう! 見ただけでよくわかったね!
魔素を先に補充しておけば、理論上手放しで扱えると思ったんだけどさ」
楽しそうに語るミリア。
「でも、魔石って放出制御が難しくてさ。
遠隔で扱おうとすると、魔素を全部吐き出しちゃうか反応しないかどっちかなんだよ」
腕を組んで首を傾げるミリア。
「ああ……それなら魔素の共鳴を使えば、
いけるかもしれませんね」
ノイスがぽつりと呟く。
ミリアの動きが止まる。
「魔素の共鳴?」
「はい。完全遠隔ではなくなりますが、使用者の少量の魔素をトリガーにして作動させるんです。
魔石側に特定の魔素にだけ反応する回路を作れば――」
「僕もそれは考えたよ。
でも、その構造だと無理があるんだ。
使用者本人の魔素にだけ反応させるなんて不可能だよ」
(……理論上は、難しくないけどな)
ノイスは設計図の一角を指差す。
「ここに組み込む魔石そのものに、術式を描き込めばいいんじゃないですか?」
「……へ?」
「魔石に直接、魔法陣を組み込むんです」
ミリアが目を見開く。
「魔石に直接? だめだよ。魔石は繊細なんだ。
魔法陣なんて刻めないよ」
「刻む必要はないです。
魔石の性質を理解すれば、魔素で“描けます”」
ノイスの発言に部室中が静まる。
(あれ……? なんか変なこと言ったかな?)
フィオラが思わず身を乗り出して割り込む。
「魔石に……魔素で……?
そんなこと聞いたことがないわ」
ミリアはノイスをじっと見つめていた。
軽さは消え、純粋な探究心だけが残る。
「……なにそれ、面白そう」
にやり、と笑う。
「ノイス君の言う通り、魔石側で直接出力調整できれば、
遠隔制御も現実味を帯びる……」
作業台上にある魔道具を雑に脇へどかし、引き出しから魔石を取り出す。
「魔石に直接“描く”の、やってみたい!」
ミリアは魔石を作業台に固定し、工具の先へ魔素を流す。
「ノイス君……そんなことが簡単にできるの?」
フィオラがミリアの手元を覗き込む。
「簡単ではありませんが、魔石ごとの反応を見ながら調整すれば――」
言い終えるより早く、部室内が淡い光に包まれた。
「……あ」
魔素が込められた工具が魔石に触れ、不穏に震え出す。
その光が、一気に膨れ上がった。
「……やばっ」
ミリアは反射的に身を引こうとするが、間に合わない。
――ドバァァン!!
爆音とともに、部室が爆風に包まれた。
衝撃が床を揺らし、粉塵が舞い上がる。
しかし、爆風が届くより早く、
ノイスは咄嗟にミリアの腰を引き寄せていた。
同時に、爆風を巻き取るような風の盾が生まれ、二人を直撃から守る。
つい先ほどまでミリアがいた場所には、焦げ跡が残っていた。
「ケホッ、ケホッ……みんな大丈夫?」
フィオラが煙の向こうから声を上げる。
「はい……こちらは問題ありません」
フロストが周囲を見渡しながら、冷静に応じた。
粉塵が、ゆっくりと落ちていく。
「え……? ちょ、ちょっと……
ノ、ノイス君?」
ミリアは、自分が抱き寄せられていることに気づき、ぴたりと体を強張らせた。
腰に回された腕。
爆風から庇うように、彼女を抱え込む体勢。
落ち着いた呼吸。
「……大丈夫ですか、先輩」
ノイスの声は、驚くほど静かだった。
「い、いやー……あはは。
ちょっと失敗しちゃったよ」
ミリアは慌ててノイスの腕から離れる。
ほんの一瞬だけ、視線が合う。
「魔石に描き込むときは、魔石の性質に合わせて、
魔素の質と流す量を細かく調整しないといけないんです」
ノイスは静かに続ける。
「……それを言い忘れてました。
これは、僕のミスです」
「いやいや、勝手に試したのは僕だよ。
ノイス君のせいじゃないって」
ミリアは慌てて手を振った。
だが、その声はいつもより少しだけ小さかった。
フィオラはその一連の動きを、静かに見ていた。
爆発の直撃を受けたはずなのに、
二人の周囲だけ、爆風が不自然に逸れていた。
(……今のは風魔法? 詠唱もなく、あの一瞬で)
不可解ではあるが、そこを議論している場合ではない。
代わりに、ぱん、と手を叩いた。
「はい! 今日はここまでね!」
部室内がぴたりと静まる。
「ただでさえ、壁を破壊した件で注意を受けているのよ?
これ以上、学園に目を付けられたら――予算が削られるわ!」
びしっと指を立てる。
「今日はもう爆発の片付けだけね。
反論は受け付けません!」
「えー!」
ミリアが不満げに声を上げる。
「先生、あと一回だけ!
次は成功しそうな気がする!」
「ミリア。あなたの髪も爆発でボサボサになってるわよ。
女の子なんだから、少しは気にしなさい」
「そんなの別にいいですよ、先生。
誰も僕を“女の子”なんて思ってませんから!」
明るく笑って膨れるミリア。
煤で少し汚れた頬と、無邪気な笑顔。
妙にまっすぐで、眩しかった。
フロストが苦笑しながら倒れた机を起こす。
「まったく……いつも片付けをする身にもなってくれよ」
「あはは。ごめん、フロスト!
いつもありがと!」
結局、ノイスも含めて全員で後片付けをすることになり、気づけば放課後はそれで終わっていた。
夕陽が部室を橙色に染める。
ノイスはバッグを肩にかけた。
「……明日、僕の工具を持ってきますよ」
「ノイス君の工具?」
「魔石に直接術式を描くなら、僕が使っているものの方が使いやすいと思うので」
ミリアの目がきらりと光る。
「ノイス君の工具……既製品じゃないんだ。
見たい! 今すぐ見たい!」
「明日持ってきますから。
それまで待ってください」
「えー、待てないよ。
どこにあるの?」
「僕の寮の部屋です」
「じゃあ、ノイス君の部屋まで行くよ!」
「いや、男子寮ですよ。
入れるわけないじゃないですか」
ミリアは一瞬言葉に詰まり、それからふっと笑った。
「あははは! 冗談だよ!
思春期のノイス君には刺激が強かったかな?」
「いや、別に……」
窓から差し込む夕陽が、つぎはぎの壁を照らしている。
壊れた机、焦げた床。
入部初日から爆発騒ぎ。
それでも――
(……なんか悪くないかも)
ノイスは、ほんの少しだけそう思った。




