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二十二話 出逢い

 ノイスは、普段なら立ち寄らない西棟一階の奥――

 魔道具作成部の部室の前に立っていた。


(……ついに来ちゃったな)


 扉の向こうからは、賑やかな話し声と、工具が触れ合う金属音が聞こえてくる。


 少しだけ入りづらい。


 ノイスは小さく息を吐き、意を決して扉を叩いた。


 ――コンコン。


「いいわよ。入りなさい」


 弾んだフィオラの声が返ってきた。


 扉を開けた瞬間、金属と魔素が混じった独特の匂いが流れ出る。


 棚には完成された魔道具。

 机の上には、様々な素材や工具。


 部室というより、小さな研究室のようだった。


 入口付近にいたフィオラが、ぱん、と手を叩く。


「ちょっといいかしら。

 みんなに紹介するわ。

 この間、入部した新入部員のノイス君よ」


 フィオラが誇らしげに振り向く。


 部員たちの視線が、一斉にノイスへ集まった。


 ばらばらと拍手が起こる中、部室の奥で、ひとり黙々と作業を続けている少女がいた。


「こら、ミリア。

 挨拶くらいちゃんとしなさい」


 フィオラに言われ、少女はようやく手を止める。


 面倒くさそうに顔を上げた。


 濃い青髪のショートカット。

 澄んだ藍色の瞳。

 活発そうな雰囲気をまとっているが、顔立ちは整っていて、年相応の可愛らしさもあった。


 その視線が――ピタリと止まった。


「……えっ?」


 かすれた、小さな声。


 ノイスも、声につられるようにそちらを見る。


 目が合う。


「う、うそ……」


 少女の指先から、工具が滑り落ちる。


 ――カコン。


 乾いた金属音が、不自然なほど大きく響いた。


「……ユーリス?」


 少女から無意識にこぼれた名。


 その瞬間――

 部室のざわめきが、すっと引いた。


「ど、どうしたの? ミリア」


 フィオラが怪訝そうに振り返る。


 だが、ミリアは何も答えない。


 目を見開いたまま、ノイスをじっと見つめている。


 瞬きもせずに。


 ノイスは首を傾げた。


「あの……ユーリスって、なんですか?

 僕はノイスですけど……」


 問いかけても、その視線は外れない。


 まるで、顔の奥まで覗き込まれているようだった。


(……綺麗な目をした人だな)


 瞳は藍色に澄んでいて、視線が合った数秒が、やけに長く感じられた。


 そして――


「あ、あっはは! ごめんごめん。人違い!」


 ぱっと空気が弾ける。


 明るく弾む声。


 勢いよくしゃがみ込み、落とした工具を拾い上げる。


 さっきまでの緊張が、嘘のように消えていた。


「君が、先生の言ってた新入部員の子かな?」


 何事もなかったように、軽い調子で話す。


「……あ、はい。

 ノイスっていいます」


 その切り替わりの早さに、少しだけ戸惑う。


「……そう。僕はミリア。

 2-Aのミリア・マイラン。よろしくね、ノイス君!」


 こちらに歩み寄り、にこっと笑って手を差し出してくる。


 ノイスは一瞬迷いながらも、その手を取った。


「こちらこそ、よろしく……お願いします」


 握手。


 ほんのわずかな接触。


 温かく、しっかりとした手だった。


 その手は綺麗というより――

 よく道具を握ってきたような、少しだけ硬さのある手。


「いやー、ごめんね。

 いきなり取り乱しちゃって」


 ミリアは、ふっと力を抜くように手を離した。


「僕が知ってる子に、ちょっとだけ似てたんだ」


 藍色の瞳が、ノイスの顔をもう一度だけ静かに見つめた。


「……でも、違った」


 ぽつりと零れた声は、さっきまでより少しだけ弱い。


「君みたいに落ち着いた子じゃなかったから」


 ほんの一瞬、ミリアの目に寂しさが滲む。


 それを誤魔化すように、くるりと身を翻した。

 

 ひらりとスカートが舞い、短い青髪がさらりと揺れた。


 フィオラが小さく咳払いをした。


「急にごめんね、ノイス君。

 ミリアはいつもそそっかしいの」


 困ったように頬へ手を当て、やれやれと微笑む。


「でも、魔道具の発明と扱いに関しては天才よ」


「天才だなんて、やだなぁ。

 大袈裟だって、先生!」


 ミリアは笑いながら、遠慮なくフィオラの背中をぽんぽんと叩いた。


「もう。女の子なんだから、少しは落ち着きなさい」


「はいはーい」


 軽い返事。


 そして、何事もなかったかのようにミリアは作業へ戻った。


「まったくもう……」


 フィオラは小さく息をつくと、改めて他の部員たちへ視線を向けた。


「さて、気を取り直して……

 他の部員も紹介するわね」


 フィオラは、近くの作業台にいた青年へ視線を向けた。


「紹介するわ。部長のフロスト君よ」


 薄い水色の短髪。

 穏やかな目つきで、いかにも人が良さそうな青年だった。

 制服の袖はきっちりと折られ、机の上の工具も整然と並べられている。


「ノイス君だったね。

 フィオラ先生から、勧誘にずいぶん苦労したと聞いているよ。よろしく頼む」


 柔らかな笑みとともに、手を差し出す。


「どうも……」


 ノイスも軽く握り返した。


 握力は強くない。だが、指先はしなやかで、いかにも細かな作業に慣れていそうだった。


「フロスト君の作る魔道具も、なかなかの物よ。

 堅実で完成度は高いわ。……少し発想が無難だけれど」


「先生、それはミリアの作る魔道具が特殊なだけですよ」


 フロストが苦笑する。


「確かにね……あの天才肌とは比べてはいけないわ」


 フィオラは小さくため息をついた。


「そんなにミリア先輩の魔道具はすごいんですか?」


 ノイスがそう尋ねると、フィオラは少し得意げに胸を張った。


「ええ。ミリアの魔道具はある意味で規格外すぎて、素材も部室もいくらあっても足りないのよ。

 この前なんて、そこの壁を一枚持っていかれたわ」


 フィオラの視線を追うと、部室の一角だけ色の違う、つぎはぎの壁が目に入る。


「先生、何言ってるんですか! あれは壁の老朽化です。

 僕が最後のきっかけになっただけですよ」


 頬を膨らませて振り返るミリア。


「あの時も、ちょっとだけ魔素が吹き出して……ほんの少し爆発しただけじゃないですか」


「何がほんの少しよ……

 毎回始末書を書くこっちの身にもなりなさい」


「いいじゃないですか。

 これは未来への“挑戦”なんです!

 その代償にしては壁なんて安いもんでしょ?」


「挑戦は大いに結構。

 でもまずは制御と常識を覚えなさい」


 腕を組むフィオラ。


 そのやり取りに、周囲の部員たちからくすりと笑いが漏れた。


 部室の空気はどこか温かかった。


(……思ったよりいい雰囲気の部だな)


 ノイスは室内を見渡す。


 棚には大小様々な魔石。

 分解された魔道具。

 机の上には書きかけの設計図。


 綺麗な場所とは言えないけれど、

 研究室みたいな雑然さが、妙にわくわくする。


 その中でも一枚の魔道具の設計図が目についた。

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