二十話 強制入部
模擬試験の結果が返ってきた。
「おい! 見てくれよ、ノイス!
赤点、一つもなかったぜ!」
ロウが答案用紙を掲げながら、得意げに駆け寄ってくる。
「すごいじゃないか、ロウ」
ノイスは答案用紙に目を落とした。
全教科、赤点はない。
ただし、どれも赤点のすぐ上をかすめるような点数だった。
「もう、ロウくん。
その点数で自慢しないでください」
ルーシーが呆れたように、小さくため息をつく。
「そういうルーシーちゃんは、さぞかし優秀なんでしょう?」
ミレイユが、横からひょいとルーシーの答案用紙を抜き取った。
「ちょ、ちょっと勝手に――」
ルーシーが慌てて手を伸ばす。
けれど、答案用紙はすでにミレイユとユミナの前に晒されていた。
そこには、どの教科にも高い点数がずらりと並んでいる。
「ルーたん、さすがすぎっしょ!
あーしも今度はルーたんに教えてもらお!」
ユミナが目を輝かせ、そのままルーシーに抱きつく。
「ユ、ユミナさん……や、やめ――」
「ああ、ルーたん……
いい匂いするぅ」
頬をすり寄せるユミナに、ルーシーの顔がみるみる赤くなる。
「もう!
嗅がないでください!」
「ほら、離れなさいよ、ユミナ。
ルーシーちゃんが困ってるでしょ」
ミレイユがユミナの襟首を掴み、ぐいっと引き剥がした。
「えー、ちょっとくらいいいじゃん!」
「よくありません!」
ルーシーが珍しく声を強める。
そんなやり取りを眺めながら、ノイスは苦笑した。
ミレイユとユミナが会話に混ざるようになってから、
ただでさえ賑やかだった昼休みは、さらに騒がしくなった気がする。
「それで、ノイスくんはどうでしたか?」
ルーシーが、少し気を取り直すように尋ねる。
「あはは……
僕もロウと似たようなものだよ」
ノイスは自分の答案用紙をひらりと見せる。
ロウよりは少し上。
けれど、胸を張れるほどの点数ではない。
(前日に、いろいろあったしね……)
そう思いながら答案用紙をしまおうとした、その時だった。
――バンッ!
勢いよく、教室の扉が開いた。
「ノイス・ノーチラス君!」
魔道具の授業担任である女教師、フィオラだった。
長い栗色の髪はわずかに乱れ、肩で息をしている。
その手には、何枚もの解析資料らしき紙が握られていた。
いつもの上品な落ち着きはなく、どこか焦ったような様子で教室を見回していた。
クラス中の視線が、一斉にノイスへ集まった。
「ぼ、僕ですか?」
「ちょっと来なさい!」
有無を言わせぬ勢いで、手を引かれる。
「え、ちょ、先生……!」
そのまま教室の外へ連れ出されるノイス。
ざわざわ、と教室が騒がしくなる。
「あいつ、なんかやらかしたんじゃないか?」
「フィオラ先生があんなに慌てるなんて……」
「う、羨ましい! あのフィオラ先生に呼び出しされるなんて!」
「しかも、手を引かれてたぞ!」
ロウが眉をひそめる。
「どうなってんだ?
ノイスの成績はそんなに悪くなかったはずだぞ」
ルーシーも、不安そうに胸元で手を握る。
「ノイスくん……また変なトラブルに巻き込まれていなければいいのですが……」
廊下を早足で進みながら、フィオラは一度も振り返らない。
「せ、先生?
僕、なにかしましたか?」
「いいから、ついてきなさい」
普段は穏やかな声音なのに、今日は妙に熱がこもっている。
連れてこられたのは――魔道具実習室。
机の上には、見覚えのある魔道具が置かれていた。
「……あ、それは」
《空気・調和機十五号》
授業で作成したものの、動かなかった魔道具だ。
フィオラは、ゆっくりと振り返る。
「ノイスくん。
これ……間違いなくあなたが作ったのよね?」
「はい。あの時、先生が動かないって――」
「違ったの」
ぴしゃりと遮られる。
「詳しく調べてみたら、配線は完璧。魔法陣も合理的。
魔石の配置も、理論上は最適解」
フィオラは机に置かれた魔道具を、そっと撫でる。
「それだけではないわ。
見たこともない術式や技術が使われているの」
一瞬の沈黙。
「……そうなんですか?」
フィオラの瞳が、きらりと光る。
「ただね。
動かすために必要な魔素制御の精度が高すぎるの。
よほど魔法に長けた人でなければ扱えない代物だわ」
(ああ……そういえば、ルーシーにも似たようなことを言われたっけ)
自分で使うつもりで作ったせいで、
微妙な魔素の調節が、作成者以外にはできないのだろう。
「端的に言うと――
これ、魔道具史に残ってもおかしくない代物よ」
ノイスは首をかしげる。
「え、そうなんですか?」
「そうなんですか、じゃないわよ!!」
ばん、と机を叩く。
珍しく、フィオラ先生が取り乱している。
「ノイスくん。
あなた、今すぐ魔道具作成部に入りなさい」
「……はい?」
「あなたなら、間違いなく頂点を取れるわ」
その声音は冗談ではない。
「全国魔導技術競技会の魔道具作成部門。
私は何年も、そこで優勝を狙っているの」
ぐっと距離を詰められる。
「いや、僕はただの趣味で――」
「ダメよ。勿体ないわ! 強制入部よ!」
「きょ、強制!?」
「安心しなさい。授業成績にも加点されるわ」
(そこは、ちょっと魅力的だな……)
にっこりと微笑むフィオラ先生。
「さあ、ノイスくん。
一緒に――魔道具の頂点を取りましょう」
「お断りします」
あっさり。
そのまま背を向けるノイス。
「え!?」
「“大会で優勝”とか“頂点を取る”とか、
そういう目立つの苦手なんで……他を当たってください」
手首を、掴まれる。
「逃がさないわよ」
にこり、と笑顔のまま。
「入部するまで、この手を離さないわ」
「……それが、教師のやることですか」
「これは、魔法の未来のためよ」
(物は言いようだな……)
フィオラは掴んだ手を離そうとしない。
(仕方ないか)
掴まれた手首に、そよ風が巻きつく。
柔らかな風が、指の隙間に入り込み――
するり。
拘束は、抵抗なく解けた。
「それでは、先生。失礼します」
振り返ることもなく、歩き出す。
「……今のは……魔法?」
フィオラは、自分の手を見下ろす。
掴んでいたはずの感触が、もうない。
「こんな間近で見ていても……
詠唱も、構築も感じ取れなかった」
胸の奥が、ざわりと震える。
「いったい彼は……」
ノイスの背中が、廊下の向こうへ消えていく。
フィオラは、その規格外の実力を、はっきりと思い知らされた。
――そして。
フィオラの口元に、抑えきれない笑みが浮かんだ。
「余計に、欲しくなるじゃない……」
低く、熱を帯びた声。
「何としても、入部させなければ」
――その日を境に、フィオラ先生の勧誘は本格化した。
◇◇◇◇◇
「ノイス君! あなたは魔法の未来そのものよ!」
「……やめてください、先生。
みんな見てます」
廊下のど真ん中で叫ぶフィオラ。
他の生徒の視線が痛い。
◇◇◇◇◇
――別の日。
「君は成績があまりよくないと聞きました。
なぜ全力を尽くさないのですか!」
「……そういう熱血みたいなの、一番苦手なんです。
これでも十分、全力でやってますから」
◇◇◇◇◇
――また別の日。
「絶詠の魔女の弟子だそうじゃない。
やっぱりその技術は絶詠の魔女譲りなのですか!?」
「……魔道具は僕の趣味です。
師匠は関係ありません」
ぴしゃり、と遮る。
◇◇◇◇◇
――そして、極めつけ。
校内放送が鳴り響いた。
『1-Aノイス・ノーチラス君。
至急、魔道具作成部に入部してください』
(ちょっと、先生。
校内放送で何を言ってるんですか)
教室がざわめく。
ノイスの平穏は、確実に削られていた。
◇◇◇◇◇
――そうでなくとも。
「絶詠の魔女の弟子、最近ちょっと調子乗ってない?」
「いつも可愛い子たちに囲まれてると思ったら、今度はフィオラ先生まで! 羨ましすぎだろ」
「ああ見えて、かなりの女好きらしいぞ」
「え、なにそれ怖い」
「クレイン・オルドゥストの退学にも関わってるって噂だぞ」
「2年一番の不良、ブラムとも繋がってるらしい」
「あのウィンディ家の令嬢にまで手を出したって本当か?」
「命知らずだな……」
(うわ……なんかすごいことになってる)
日に日にノイスを見る他の生徒の目が厳しくなっていた。
嫌な汗が伝う。
(まずい。非常にまずい。
僕の“静かに過ごすはずだった”学園生活が……)
音を立てて、崩れ始めている。
このままでは、平穏どころではない。
(……フィオラ先生をどうにかするしかないか)
ノイスはフィオラがいる魔道具実習室まで足を運んだ。




