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十八話 MCR

 廃墟を包み込んだ雷光が、ブラムたち三人の体を容赦なく弾き飛ばした。


「きゃああああっ!」


 衝撃に叩きつけられ、地面を転がる。


 咄嗟に身を庇ったことで直撃こそ免れたが、

 雷光の余波だけで全身が痺れ、視界が大きく揺れた。

 

 瓦礫が降り注ぎ、粉塵が舞い上がる。


 耳鳴りが、しばらく消えない。


 やがて――


 煙と土煙が、ゆっくりと晴れていく。


 その先に、影があった。


 ひとつではない。


 複数。


 深々と黒ローブのフードを被り、顔は闇の奥に沈んでいる。

 

 ただそこにいるだけで、空気が重く、息苦しかった。


「なによ……こいつら」


 ミレイユの喉が、ひくりと鳴った。


「……っ」


 ユミナは、言葉を失ったまま固まっている。


 黒ローブの影たちは周囲をゆっくりと見回しながら、音もなく降りてくる。


「……いきなり、何すんのよ」


 強がるミレイユの声は震えていた。


 黒ローブの一人が、感情のない声音で告げた。


「目標を発見。殲滅する」


 その言葉に、地面に倒れたままのブラムが、薄く目を開く。


「……“MCR”……だな」


 かすれた声。


「こ、こいつらが……!?」


 ユミナが叫ぶ。


「それなら、勘違いっしょ!

 あーしたちは敵じゃない……

 ノイス・ノーチラスは、ここにはもういないし!」


「そ、そうよ!

 あいつは、もう学園に戻ったわ!」


 必死の弁解。


 だが――


 返答はない。


 黒ローブたちは、ただ静かに魔素を高めていた。


「貴様らは任務に失敗した。

 情報漏洩の危険性を考慮し、ここで処分する」


「待って……待ってよ!」


 ミレイユが必死に首を振る。


「あたしたちが、何したっていうのよ!」


「そうっしょ! あーしたちは関係ないじゃん!

 用があるのは先輩だけっしょ!」


 ユミナも叫ぶ。


 その声を聞いて、ふらつきながらもブラムは立ち上がった。


「……そ、そうだ……

 この二人は関係ない……」


 背に庇うように立つ。


「やるなら……俺だけにしろ……」


「ブラムさん……」

「先輩……」


 黒ローブの一人が、淡々と告げる。


「……処理を開始する」


 複数の黒ローブたちは、構わず三人へと杖を向ける。


「……やめろ」


 ブラムは歯を食いしばって立ちはだかる。


「え……?

 これマジのやつ?」


 ミレイユは無意識にユミナの手を掴む。


「いやいや……話せばわかるっしょ」

 

 ユミナも、震える指で握り返す。


 しかし、黒ローブたちは詠唱をはじめる。


「正義の名の下に、我らは放つ。

 神より下されし雷光の衝撃――」


 先ほどとは比べ物にならない魔素の奔流。

 

 あれを受けてしまえば終わりだと、本能が理解してしまう。


「……やだ。

 助けて……」


 ミレイユの目に、涙が滲む。


「あーしたち、ちょっとした遊びでやってただけっしょ……

 お願い……なんでもするから……!」


 ユミナは泣きながら、深く頭を下げた。


 ブラムは体を引きずりながらも、二人の前へと進む。


 しかし、黒ローブたちに一切の揺らぎはない。


「――《ジャッジメント・ボルト》」


 ――ズギャァァン!!


 詠唱の終わりと同時に、空間が裂ける。


 白い雷光が遥か上空から一直線に走り、

 三人を確実に呑み込んだ――かに見えた。


 ――ドォゴン!!


 しかし視界は一変し、黒い影に覆われる。


 ミレイユは異変に気付き、ゆっくりと目を開けた。


「なにが……起きたの?」


 雷光に呑まれたはずなのに、視界は暗い。


「あーしにも……わからないっしょ」


 ユミナも恐る恐る目を開ける。


 ミレイユは、何度も瞬きをした。


「もしかして……これが死って……やつ?」


 暗闇に目が慣れてくると、

 巨大な何かが、自分たちを覆っているのがわかった。


 それは、地面から隆起した土塊だった。


 巨大な盾のように三人を囲み、

 雷光から守るように聳え立っている。


 ブラムも、ミレイユも、ユミナも――


 誰一人として、傷を負っていなかった。

 

「助かった……の?

 あたしたち、本当に……?」


 ミレイユが、震える声で呟く。


 雷の余韻が、まだ空気を震わせている。


 その向こう側で――


 コツコツ、っと軽い足音。


「なんか、強い魔素を感じると思ったら……」


 穏やかで、落ち着いた声。


 そこには緊張も怒気もない。


「あんたたち……誰?」


 黒ローブを深く被った集団が、

 同時にその声の主へと視線を向ける。


 ゴゴゴ、と重い音を立てて、


 役目を終えた土盾が崩れ落ちた。


 その向こうに立っていたのは――


 ノイスだった。


「ノ……ノイピ……?」


 ユミナの声が震える。


 ミレイユは言葉を失い、

 ただ呆然と、ノイスを見つめていた。


 沈黙する黒ローブの集団の代わりに、ブラムが答えた。


「……そいつらは、“MCR”だ」


 ノイスは視線を一度だけ向け、三人の無事を確認する。


 それからゆっくりと、

 黒ローブの集団へ視線を戻した。


「“MCR”……?」


 穏やかな口調のまま、続ける。


「聞いたことないけど、有名な人たち?」


 黒ローブたちは、わずかに顔を見合わせる。


 やがて一人が、低く告げた。


「ノイス・ノーチラス……

 その力。噂は本当のようだな」


「噂……?

 僕のこと知ってるの――」


 その背後で、別の黒ローブが小さく詠唱を終えていた。


「《サンダー・スピア》!」


 鋭い雷槍が、ブラムたちへ向かって一直線に走る。


 ノイスの足元に風が渦巻き、小さな炎が弾けた。


 その勢いのまま三人の前へ滑り込み、

 同時に地面を隆起させる。


 ――ドォン!!


 土盾が、雷槍を弾き散らした。


「まったく、危ないじゃないか……

 なにが目的?」


 ノイスは、少しだけ眉をひそめる。


「なぜ、君がその者たちを庇う?」


 黒ローブの一人が、静かに問う。


 ノイスは小さく肩をすくめた。


「僕の質問にも答えて欲しいんだけどな……」


 少し考えるように唸り、


「そうだな……

 強いて言うなら、ミレイユにはお弁当をご馳走になったし、ユミナにはクッキーをもらったからね。

 その分くらいは返さないと」


「ノイス……くん……」


「ノイピ……」


 ノイスのいつもと変わらない落ち着いた声に、ミレイユとユミナの張り詰めていた緊張がふっと緩む。

 

 二人はその場に崩れるように座り込んだ。


 目の前にいるMCRへの恐怖は消えないが、それよりも前に立ち塞がっているノイスの頼もしさと、生き延びた安堵が一気に押し寄せていた。


 ノイスは三人の前に立ったまま、

 静かに黒ローブたちを見据えていた。


「次はそっちが答えてね。

 なにしに来たの?」


 軽い口調。


 だが、視線は一切ぶれない。


 黒ローブの一人が、わずかに間を置いて答える。


「ノイス・ノーチラス……

 この場での交戦は想定外だ」


「君と本気で対峙するには、準備が足りない」


 感情のない声音。


「我らだけでは戦力不足だ……退くぞ」


「……え?」


 ノイスは首を傾げた。


「本当になにも教えてくれないの?」


 一瞬の沈黙。


「……いずれ、あいまみえるだろう」


 それを最後の言葉に――


 黒ローブの集団の輪郭が、ゆらりと揺らいだ。


 霧が風に溶けるように、

 その姿は音もなく掻き消えていく。


 跡形もなく。


 そこに残ったのは――


 崩れかけた廃墟と、

 砕け散った瓦礫と、

 張り詰めたままの冷え切った沈黙だけだった。


「……霧?

 これは水魔法の類いかな」


 ノイスは、ほんの少し目を細める。


「まあ、いいか」


 軽く肩をすくめると、

 本当に興味を失ったかのように、学園へ戻ろうとする。


「……おい」


 かすれた声が、背後から呼び止める。


 ブラムだった。


「どうして……わざわざここに戻ってきた。

 なぜ、俺らを助けた?」


 ノイスは足を止め、

 一瞬だけ考える。


 そして、いつもの調子で答えた。


「さっき言ったでしょ?

 お弁当とクッキーのお返し」


 少しだけ視線をブラムに向ける。


「ああ……先輩は……うーん、なんでだろ?」


 少し悩むように首を傾げてから、ノイスはブラムに向き直った。


「先輩は……そんな悪い人には見えなかったから……かな?」


 あまりにも気の抜けた答えだった。


 ブラムは、ゆっくりと目を伏せる。


「俺たちは……お前をはめようとしたんだぞ」


「うん、知ってるよ」


 あっさりとした返事。


 怒りも、皮肉もない。


「ああ。でもさっきの薬は、もう使わないほうがいいよ。

 体への負荷が大きすぎる」


 淡々と。

 ただ事実を告げる口調だった。


 ブラムは、それ以上言葉を返せなかった。


 重い沈黙が、再び落ちる。


 その空気に耐えきれなくなったのか、

 ユミナが、無理やり明るい声を出した。


「ノイピぃ!!」


 ずいっと身を乗り出した。


「あーしたち助けに戻ってきたってことはさぁ!

 もしかして……本当はらぶなの!?」


 両手でハートを作り、にやりと笑う。


「いや、違うよ」


 即答。


「えー!?

 即否定!? ひどっ!」


 ユミナが大袈裟に肩を落とす。


 その横で、ミレイユが小さく笑った。


「でも……助けてくれたのは事実よね。

 ありがとう」


 それは今までの作った声ではなく――


 まっすぐで、素直な声音だった。


 ノイスは、少しだけ視線を逸らした。


「まあ、うん。

 別にいいよ」


 照れたというより、返し方に困っているようだった。

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