十四話 ロウの実力
物陰から、ロウはゆっくりと姿を現した。
「お、お前は……」
ミレイユが目を見開く。
「補修常連の……アホのロウ!」
「誰がアホだ!」
ロウは前へと踏み出す。
視線は逸らさない。
「今の話、聞いちまったんでな」
胸の奥で怒りが燃え上がる。
「ノイスをハメる?
退学に追い込む?
ふざけるのも――いい加減にしろよ」
空気が張り詰める。
それでも、ロウは一歩も引かない。
ブラムはしばし無言でロウを見つめ――
やがて、わずかに口角を上げた。
「……ほう」
その一言で、空気の重さが増す。
「盗み聞きとは、いい度胸だ」
腕を組み、値踏みするように視線を向ける。
ミレイユが前に出た。
「……くそ、話を聞かれた。
これじゃ計画が台無し。やるしかないわね」
指先に、ぱちぱちと電気が走る。
「大丈夫だよ、ミレイユ。
補修常連の劣等生が一人で出てきたところで、どうにでもなるっしょ。
先輩、ここはあーしたちに任せてくださいよ」
ユミナが肩を回し、笑う。
ロウは杖を構えた。
「確かに、俺は頭が悪いかもしんねぇ」
低く、吐き出す。
「でもな……
実戦じゃ、お前たちなんかに負ける気はしねぇ!」
踏み込みと同時に、叫ぶ。
「《炎色反応》!」
七色の炎が、ロウの周囲に一斉に展開された。
色ごとに性質を変える、ロウだけの炎。
通常の炎とは明らかに異なる色彩。
熱が、空気そのものを歪ませる。
「きゃははは!
何その派手な炎!」
ユミナが高く笑った。
「しかも炎魔法なら、あーしと相性最悪っしょ!」
ユミナは勢いよく杖を突き出す。
「駆け抜ける爽風よ――
あーしの意思によって、軌道を変えよ!
《サイクロン・フィスト》!」
圧縮された風が渦を巻き、
拳の形となってロウへ叩きつけられる。
――ブォオオオン!
ロウの展開する七色の炎が激しく揺れる。
「……確かにな」
ロウが唸る。
「炎は、風にかき消される。
頭悪い俺でもわかる」
「何を当たり前のこと言ってるっしょ!」
ユミナが笑い飛ばす。
「だが、それはな……
“火が弱え時”の話だ」
ロウの視線が鋭く光る。
「本気で燃えてる俺の炎に風なんか送ったら――
どうなると思う?」
揺れていた炎が、内側から爆ぜる。
「余計に、燃え上がるに決まってんだろ!!」
七色の炎が膨れ上がる。
風は炎を消すどころか、さらに燃え上がらせる追い風となった。
風に反応するように炎が拡散し、
熱波が地面を焼き、空気を焦がす。
「俺は……手加減なんて、できねぇからな」
ロウは腕を引き、魔素を一点に集中させる。
「業火の大炎よ――
敵を撃ち抜け!」
「《ファイヤー・ボール》!!」
膨らんだ炎が凝縮され、轟音とともに放たれた。
空気を引き裂き、一直線に突き進む。
「大気を震わす雷よ!
あたしたちの盾となれ!」
ミレイユの詠唱と同時に、
ばちばちと火花を散らす雷の壁が展開される。
「《ライトニング・ウォール》!」
雷壁が、迫り来る火球を正面から受け止めた。
——だが。
「そんなもんじゃ、俺の炎は止められねぇ!」
ロウの咆哮とともに、炎弾がさらに熱を増す。
風に煽られた炎は雷壁を押し潰すように食い込んでいった。
「なっ……!?」
ミレイユの顔から、余裕が消える。
「こ、こいつ……!
劣等生の分際で……!!」
雷壁は悲鳴を上げるように軋み、砕け散った。
抑えきれなかった熱風が、
炎と共に二人を包み込む。
「きゃああああ!!」
悲鳴が、廃墟に響き渡った。
爆炎に吹き飛ばされるミレイユとユミナ。
「――緑炎の縄よ。
絡みつき、逃がすな!」
ロウは、その隙を逃さずに詠唱する。
「《ファイヤー・ロープ・プラント》!」
放たれた緑炎が形を変え、
蛇のようにうねりながら二人の手首へと巻き付いた。
「っ……!?」
「……あつ……くない……?」
ユミナが、戸惑った声を漏らす。
「緑炎は、持続の炎だ」
ロウは息を整えながら、淡々と言った。
「燃やすためじゃない。
縛って、逃がさないための炎だ」
「そ、そんな炎魔法……!」
ミレイユが、信じられないものを見る目で叫ぶ。
「聞いたことない……!」
縄のように締まる緑炎が、
うつ伏せになった二人の自由を、確実に奪っていった。
「俺の田舎はさ、未だに魔族が出るんだ。
だから、こういうのは魔族相手に散々試してきた」
杖を構え直す。
「なんでノイスを退学にしたいのかは知らねぇ。
けどな……残念だったな」
一歩、前に出る。
「これに懲りたら、もう手出しするな」
その言葉を聞いて――
ブラムは俯いたまま、くつくつと笑い始めた。
「……その程度の実力で、威張れるとは。
随分とおめでたいな」
顔を上げずに、続ける。
「それに、ミレイユ、ユミナ……
お前たちには、失望したぞ」
「ブラムさん……すいません」
ミレイユが、かすれた声で頭を下げる。
「こんなやつに負けるなんて……
悔しいっしょ……」
ユミナは歯を食いしばり、視線を逸らした。
「……お前らには、最初から期待していなかった。
だから、謝る必要もない」
淡々と告げ、ブラムは視線をロウへ向けた。
「それよりも貴様――ロウ、と言ったな。
まだまだ未熟だが、筋がいい」
口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「どうだ。
俺の仲間にならないか?」
「生憎だな」
ロウは即答した。
「お前らみたいなやつは――
大っ嫌いなんだ」
「……そうか」
ブラムは、わずかに肩をすくめた。
「ならば――帰すわけにはいかないな」
冷たい魔素が、周囲の空気を一変させた。
熱を奪われる。
息が白く染まる。
「絶対零度の氷よ。形作れ」
低く、静かな詠唱。
「《ブリザード・パイプ》」
ブラムの手に、氷でできた無骨な棒が生成される。
それは、ただの氷ではない。
触れれば、命まで凍りつかせそうな冷気を放っていた。
「っけ!
そんな氷の棒っ切れで、俺の炎に勝てるかよ!」
ロウは杖を構え、叫ぶ。
「業火の炎よ!
敵を撃ち抜け!」
「《ファイヤー・ボール》!」
轟音とともに放たれた炎弾。
だが――
ブラムの振り払う氷棒に触れた瞬間、
炎の熱は瞬時に奪われ、白い霧へと変わった。
「なっ……!?
俺の炎が……!」
「くだらん」
ブラムは一瞥するだけだった。
「まるで、子供の火遊びだ」
「……なら、これならどうだ!」
ロウは歯を食いしばり、
炎に込める魔素の性質を変える。
「蒼炎よ!
敵を撃ち抜け!」
「《ファイヤー・ボール・サファイア》!」
空気を歪めるほどの蒼炎が、一直線に奔る。
ブラムは氷棒で、はたき落とすように振り下ろした。
――ジュウウン!
蒼炎はわずかに氷棒を削るが、またも白い霧へと変わる。
「なるほど。火力だけはあるようだな」
(蒼炎だぞ……?
鉄すら溶かす、俺の蒼炎が……)
それを、あの氷棒は軽々と消した。
(なんなんだよ、あれは……!)
ロウの思考が止まった、その一瞬。
ブラムは氷棒を振りかぶり、迷わず懐へと踏み込んでくる。
――速い。
(なんて踏み込みの速さだ)
それは、魔法使い同士の戦闘にしてはあまりに近い距離。
完全に、殴り合いの距離だった。
「業火の――」
(詠唱が――間に合わねぇ!)
ロウは咄嗟に氷棒を両腕で受け止めた。
まともに受ければ無事でいられない。
そう判断し、少しでも衝撃を逃がすために自ら後ろへ跳ぶ。
だが――重い。
「ぐっ……!?」
到底受け流しきれない。
ロウの足が地面を削り、体ごと吹き飛ばされた。
「ぐはっ……!」
地面を転がり、石片が舞う。
肺から空気が抜ける。
「あの場で衝撃を受け流すとは、良い判断だ。
しかし――」
ロウは次に備え、杖を構えようとする。
「……っ!?
腕が――」
両腕に、冷たい感覚が走る。
「なんだ、これは……!?」
氷棒に触れた両腕から、氷が少しずつ這い上がっていく。
「お前の負けだ……ロウ」
ブラムはゆっくりとロウに歩み寄った。




