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十三話 罠の裏側

 ノイスを見失ったミレイユとユミナは、人気のない中庭のはずれにいた。


 周囲に人影がないことを確認してから、

 ミレイユは苛立たしげにゴミ箱を蹴飛ばす。


「マジで、どこ行ったんだよ!

 陰キャメガネ!」


「ノイピ、逃げてばっかだし……

 なんか、つまんなーい」


 ユミナは退屈そうに空を見上げる。


「こっちはさ、あいつが好きそうな清楚キャラまで演じてやってんのに……」


 ミレイユは腕を組み、舌打ちした。


「どんだけ奥手なんだよ!」


「まあまあ、落ち着きなって。

 でもさ、ミレイユの『ノイスくぅん……』ってやつ、正直無理ありすぎっしょ」


 ユミナが誇張して真似をすると、

 腹を抱えて吹き出した。


「……おい、うるせぇよ、ユミナ」


 ミレイユは鋭く睨む。


「こんなんじゃ、先輩になんて言われるか……」


「それなー。

 先輩の顔思い出すだけで、胃が痛いっしょ……」


 ――そのやり取りを、物陰からロウが聞いていた。


「……やっぱりな。こんなことだろうと思ったぜ」


 低く、吐き捨てるように呟く。


「あいつら猫かぶってやがったな。

 ノイスに変なちょっかい出しやがって……」


 ミレイユとユミナは、苛立っているせいか、

 周囲を警戒する様子もなく歩き出した。


「とりあえず、先輩に報告しに行くわよ」


「はぁ……。

 マジで憂鬱なんだけど」


(あいつら、

 やっぱり裏で誰かと繋がってやがる……)


 少し迷ったあと、ロウは歯を食いしばる。


「……放っとけるかよ」


 ロウは距離をとりながら、二人の後を追った。



◇◇◇◇◇

 


(……やけに、薄暗いな)


 ロウが辿り着いたのは、

 学園から少し離れた場所にある、打ち捨てられた廃墟のような建物だった。


 崩れた外壁。

 割れた窓。

 吹き抜ける風が、どこかを軋ませている。


 人の気配はない。


 ――それなのに。


 妙に、空気だけが重い。

 魔素の流れが淀んでいるような、不快な圧迫感があった。


 ロウは壁の陰に身を寄せ、息を潜める。


「ブラムさん。

 今日もあいつを誘いましたが……途中で見失いました」


「あいつ、なかなか手強いっしょ」


 いつもとは違う、張り詰めた声色。


 建物の奥で、ミレイユとユミナが、

 一人の男の前で小さく身を縮めていた。


 そこにいたのは、体格の良い坊主頭の男だった。


(あいつ……二年のブラム・ガンフォレじゃねぇか)


 アスカナティア魔法学園2-C。

 上級生の中でも、腕っぷしと荒い気性で知られる生徒だ。


「……ミレイユ、ユミナ」


 ブラムは、どっしりと構えたまま二人を見下ろしていた。


 動かずとも、そこにいるだけで空間が沈むような威圧がある。


「何のために、

 お前らがいると思ってる?」


 淡々とした問い。


 感情の起伏はない。

 だからこそ、冷たい。


「そ、それは……」


 ミレイユが一瞬、言葉に詰まる。

 床についた拳が、わずかに震えた。


 やがて、絞り出すように答える。


「あいつを……

 ノイス・ノーチラスを、退学させるためです」


(……ノイスを、退学させる?)


 ロウの背中に、冷たいものが走る。


 冗談じゃない。

 悪ふざけでもない。


(なんでノイスを狙うんだ)


 ロウは歯を食いしばり、

 影の中で、三人のやり取りをじっと見つめ続けた。


「そうだ」


 ブラムは低く頷く。


「学園内では、下手に手を出せない。

 だから退学させ、外へ追い出す。

 “MCR”からの依頼はそれだけだ」


(MCR……? なんだ、その名前)


 聞き慣れない言葉に、ロウは眉をひそめた。


 ブラムは懐から、小さな薬瓶を取り出す。


 中で揺れる液体が、

 淡く脈打つように光を放っていた。


 ミレイユとユミナの視線が、薬瓶へ吸い寄せられる。


「……それ、本当に成功したら貰えるんですよね?」


 ユミナが、探るように視線を上げた。


「“魔素増幅剤ブースター”だ」


 ブラムは薬瓶を指先で軽く振る。

 中の液体が、どろりと揺れた。


「これがあれば、魔素は一時的に跳ね上がる。

 この学園で上を目指すことも、難しくない」


 薄く笑い、二人を見下ろす。


「成績も家柄も中途半端なお前らが、

 ここでのし上がるには……それくらい必要だろう?」


「……っ」


 ミレイユが悔しげに唇を噛む。


「成功すれば、約束通り分けてやる」


 間を置かぬ即答。


「その代わり――やるべきことを果たせ」


「勉強の邪魔はしてるんですけど……

 あいつ、なかなかこっちに乗ってこなくて」


 ミレイユが即座に答える。


「言い訳するな」


 ブラムの声が、さらに低く沈んだ。


「……考えはあります。

 まずは、あいつに気を持たせる。

 それから、密室に誘う」


「で、手を出してきたところを――

 証拠を押さえて、学園に突き出す」


 二人は顔を見合わせ、くすりと笑う。


「完璧なプランっしょ?」


 その言葉を聞いた瞬間――

 ロウの胸の奥で、何かが軋む音がした。


(なんだよ、それ……ふざけやがって)


 勉強の邪魔。

 色仕掛け。

 退学。

 そして、ノイスを餌にした取引。


(許せねえ)


 ロウは拳を強く握りしめる。

 爪が掌に食い込むほどに。


(俺は、ノイスと一緒に卒業しようって約束したんだ)


 だが、今は飛び出せない。


 荒れかけた呼吸を、必死に押し殺す。


「……しかし、やはりお前ら程度では、

 簡単にはなびかんか」


 ブラムが、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「いえ。そんなこと!」


 ミレイユが食い下がる。


「ノイス・ノーチラスの近くには、

 あのウィンディ家の令嬢――ルーシー・ウィンディがいる」


 ブラムは淡々と続けた。


「一年の中でも可愛いと評判の娘だ。

 お前ら程度で簡単に靡くわけがない」


 一度、間を置く。


「……もっとも、あれに下手に手を出そうとする馬鹿も、

 この学園にはいないだろうがな」


(……ルーシーに手を出すやつはいない?)


 ロウは眉をひそめる。


(どういう意味なんだ……?)

 

「あーしたちが見劣りしてるって言いたいんですか?」


 ユミナの声に、わずかな棘が混じる。


「客観的に見ればな。

 そして、結果がそれを証明している」


 ミレイユが悔しげに睨むが、

 その視線はすぐに逸らされた。


「もう少し時間があれば、確実に落とせます。

 あんな陰キャラは!」


 苛立ちを隠さず言い放つ。


「最悪さ――そういう空気さえ作っちゃえば、

 証言なんて後からどうにでもなるっしょ」


 ユミナが肩をすくめ、軽く笑う。


「あれだけ周りに見せつけてたら、

 “勘違いして手を出した”って話、みんな信じますって。

 あいつに味方するやつなんて、いないっしょ?」


 二人は顔を見合わせ、にやりと笑った。


 その笑みが、薄暗い廃墟に滲む。


 ロウの奥歯が、ぎり、と鳴る。


(そんなこと、させるかよ……)


 拳を握り締めた、その瞬間――


 踏み締めた足元の瓦礫が、ぱきりと乾いた音を立てて砕けた。


(しまっ――)


 静寂。


「……誰か、そこにいるな」


 ブラムの声が、低く落ちる。


「出てこい」


 ロウはゆっくりと物陰から姿を現す。


「誰だ……お前は」


 ブラムが、値踏みするように視線を向ける。


 ロウは、その視線を真正面から受け止めた。


 逸らさない。


 ――ここで引けば、終わりだ。


(ノイスは……あいつは、俺の“友達”だ)


 張り詰めた空気が、わずかに震える。


 戦いが、始まろうとしていた。

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